(写真:千葉 格/アフロ)

(木崎 伸也:スポーツライター)

 いよいよオリンピックが始まった。夢の舞台に向けて、トップアスリートたちは、とてつもない練習を積み重ねてきた。

 あらゆる競技のトップアスリートに話を聞くと、往々にしてそこには「根性練」と呼ばれるものが存在する。

 たとえば高校サッカー部が夏合宿へ行き、朝、午前中、午後の3回、ひたすら砂浜をダッシュするというもの。8〜10人が横になってスタートし、決められた時間に入らなければ、もう1回走らなければならない。

 疲労が溜まるとタイム内に入れなくなり、さらに回数が増えるという蟻地獄にはまるが、最後は速い選手たちが遅い選手の背中を押して間に合わせるという力技で、なんとか終わらせる。

 「人生で一番キツかった」、「地獄だった」。高校時代の根性練を尋ねると、そう答える選手が多い。

 一方で、これまで運動生理学的な観点から根性練は非科学的とされてきた。では脳科学から見るとどう捉えられるのだろう?

 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の小谷泰則助教(研究分野:生理心理学、脳科学)に話を聞いた。

小谷泰則(こたに・やすのり)1966年生まれ、山口県出身。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院 助教。筑波大学大学院体育研究科体育方法学専攻修了後、東京工業大学工学部(当時)に着任。一般教養保健体育の指導に当たる。1998年、東京都立大学理学研究科生物学専攻修了。博士(理学)。著書に『これからの健康とスポーツの科学』(講談社サイエンティフィック・分担執筆)など。

根性を成立させる「報酬」の原理

——根性練には賛否両論があります。脳科学の視点からはどんなことが言えますか?

 脳の研究では、お金を与えるとどうなるかといった報酬の研究が行われています。脳は報酬に対して非常によく反応するからです。

 報酬には短期の報酬と、長期の報酬があります。前者はすぐにもらえるのに対し、後者は行動してしばらく時間が経ってからしかもらえない。

 スポーツにおける『ここで苦しい練習をすると次の大会で勝てるかもしれないぞ』というのは、長期報酬にあたります。

 そのときに一番重要なのは、報酬をもらえる確率、信頼度です。たとえばあの大学に行くと卒業生は何パーセントの割合でプロになっているとか、あの指導者のもとでやると何人が五輪のメダリストになっているかといったこと。

ラグビー日本代表HCのジェイミー・ジョセフ(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 チームの実績、指導者の信頼度が、すごく重要になってくる。

 指導者が『やれ』と言ったときに、指導者の行った通りにするとどれだけの確率で長期報酬を獲得できそうか、人間の脳は無意識に計算している。単に『やれ』と言うだけでは人は動きませんよ。

 疲れてやる気が出ないときに、だけどやりたくなる。それはなぜかというと、長期報酬があって、過去の実績からここで頑張るとこういった報酬がもらえると計算しているから。

 報酬がないことには、根性は成立しない。指導者は『報酬』がなんなのかを理解しなければならない。

——同じ内容の根性練でも、無名校で行うより、卒業生に有名選手がたくさんいる名門校で行なった方が、期待値が上がって効果が出る?

  そういうことになると思います。ただし難しいのは、燃え尽き症候群にもなりかねないこと。

 がんばってがんばって何も報酬がないと、がんばってもダメなんだということが学習されてしまう。そうすると燃え尽き症候群になる。学習性無力感と昔は言った。

 僕自身の考えとしては、大きなゴールを設定しつつ、小さな成功体験を積み重ねていった方が継続性が高まる。

 長期報酬があったうえで、途中途中で小さな成功体験が数多くあると、動機ややる気がより強くなると思います。

——「このつらい練習を乗り越えたら強くなるぞ」と指導者が言うことには、どんな効果がありますか?

 それも指導者に対しての信頼度にかかっていると思います。あとは期間や目標の高さですね。

 どれくらい我慢しなきゃいけないのか。1年間なのか、3年間なのか。目標は県レベルなのか全国レベルなのか。そういった要素が関係してくる。

——つらい経験を1度乗り越えると次に乗り越えやすくなる、ということを支持する実験はありますか?

 ある課題を10回やり、どんな行動をしたらどんな報酬がもらえるかを学習させ、それによって行動がどう変わるかといった研究が行われています。

 報酬と確率を学習すると、その予想から1回外れても、次もそれを選ぶ可能性が高いという結果が出ている。

 もちろん選択には性格が関係しており、ハイリスクハイリターンを好む人もいれば、ローリスクローリターンを好む人もいます。

ハイパフォーマンスを生み出す「自尊心」

——脳科学や心理学の視点に立つと、体が悲鳴あげているのにがんばるという経験で得られることはありますか?

 1つあるとしたら自尊心でしょう。他者と比較する自己愛とは異なり、他者との比較ではなく、自分自身を肯定的に捉える心のことです。

 自尊心が高いと、血中の炎症の物質が少ないという研究がある。

 自尊心が高いと、他人との協調性が良くなって、チームの中でいい効果を発揮する。逆に自尊心が低いと、他人と比較をし始めて、他人を蹴落としたり、ネガティブな発言をしたりするので、チームの中での信頼を失って成功しない。大阪体育大学の土屋裕睦先生がそういう研究をしています。

 自尊心が高いと、血中の炎症物質、ようはストレスが少ないということなので、ストレスに対する耐性が高い。

——自尊心が高いと、疲れづらい体になるわけですね。

 自尊心が高いと、海馬の体積が大きくなるという研究があります。海馬は記憶の中枢と言われている脳の器官です。

 自尊心が高い若者、低い若者、高い高齢者、低い高齢者を比べると、海馬は加齢で小さくなるので、一番海馬が大きいのは自尊心が高い若者です。ただ、自尊心が低い若者と、自尊心が高い高齢者だと、海馬の体積は変わりません。

 自尊心が高い人は、仮に同じ練習量だとしても、得られる効果が変わってくると思います。

——自尊心の高さはどう測る?

 すごく簡単なものだと、4つの質問に答えてその点数を計算します。『人並みに価値がある人間だと思いますか?』、『人並みにうまくできると思いますか?』といった質問です。

 自尊心は性格の一部として獲得されているので、大人になるとなかなか変わらないと言われているんですが、高齢者が運動をして体力が上がったと自覚すると、自尊心が上がることがわかっている。自尊心が上がると、海馬の体積が増える。

 海馬は新陳代謝が激しいので、心の状態を強く受ける。運動すると自尊心が上がり、脳も変わってくるんです。

——よくアスリートが「根性練があったら今の自分がある」と言います。砂浜ダッシュといった根性練には自尊心を高める効果があると思いますか?

 成功している人が言っていて世の中にその声が伝わっているだけで、背後に意味がないよと思っている人もたくさんいるでしょう。

 ただ、私自身、学生のときの根性練が今につながっていると感じる部分があります。

 私は筑波大学の柔道部で、五輪の代表選手と一緒にやっていました。絞め技が決まったら落ちるまで離してもらえないという、まさに根性練の世界です。私は選手として芽が出ませんでしたが、あのときの厳しい練習が研究者として生きていると感じています。

 だけどそう思う反面、もっと合理的な練習をしたら、もっと柔道を好きになれたと思う気持ちもあります。

金メダリストの大野将平は中学からの6年間を「地獄」と表現していた(写真:ロイター/アフロ)

殴られて伸びても「やりたくない」

——自尊心を高める根性練と、合理的練習を融合できたら一番いい?

 なぜ自分がこういう研究しているかというと、自分自身の小学校のときの体験がルーツにあります。

 小学校では、市内の選抜チームでサッカーをやっていました。殴る蹴るで有名な監督で、めちゃくちゃ殴られた。僕は右のMFをやっていたんですが、ロングシュートを打って外れると、『コタニ!』と呼ばれてベンチまで行って、ばかーんと殴られる。

 当時、サッカーが嫌いで嫌いで、毎晩布団の中で泣いていました。けれど、殴られると、恐ろしいほど精度の高いパスを出せるようになったんですよ。

 私は右のウイングにボールを出す係なんですけど、パスが相手守備者の頭を擦るくらいギリギリで通せと監督から言われていた。

 パスが低いと相手に当たるし、高いと対空時間が長くなって相手に戻る時間を与えてしまう。だからジャンプした相手の髪の毛を擦るようなパスを出さなければならない。殴られているうちに、それができるようになった。

 このパスが通ると、相手はジャンプして反応が遅れるから、背後がガラ空きになる。僕たちは全国大会の準決勝まで勝ち上がりました。

 準決勝は、よみうりランドで町田FCとの対戦でした。1対0で勝っていたんですけど、ふわっと浮いたロングキックを、僕たちのGKが掴み損ねて失点してしまった。

 そうしたら、よみうりランドからうぉーって歓声が湧き上がって。当時、地方から出てきたので町田がすぐ近くのクラブだとは知らなかった。そのあとの記憶がないんです。試合が終わったときの記憶もなくて、気づいたら宿舎で監督がひたすら怒鳴っていた。『あと20分もあったんだぞ』と。

 全国4位は素晴らしい成績なんですけど、サッカーは中学でやめて、高校から柔道を始めた。サッカーなんかやりたくないという気持ちになっていたんです。

 高校柔道部の指導者は、自主性を重んじる方で、とても楽しく、毎日自分でベンチプレスしたり、練習後に走ったりして、県で3位くらいまでになれた。でも筑波大学へ行ったら、先ほど言ったように、まったく違う世界があった。

 今でも思うのは、指導者としてはどっちがいいのかなと。

(後編へ続く)