日本シリーズ4連覇をはじめ、ここ数年で圧倒的な結果を残し続けている福岡ソフトバンクホークスには、異色の「デジタル人材」がいる。
GM補佐兼データ分析担当ディレクターの関本塁だ。
関本は愛媛大学卒業後、システムエンジニアとしてシステム会社に就職したが、大学まで打ち込んだ野球の魅力に再び引き寄せられ、データスタジアム株式会社に転職。「一球速報」のシステム開発にも携わった。
その能力と経験が買われ、2012年12月、ホークスに入団。スコアラー業務のIT化を進め、選手たちが気軽にデータにアクセスできるシステムを構築した。球界内では関本らデジタル人材が4連覇の要因のひとつと言われている。
プロ野球界きってのデータのプロに、「根性」について聞いた。
和田毅投手インタビューはこちらhttps://www.synchronous.jp/articles/-/166
(木崎伸也:スポーツライター)
データ分析で明らかになる「偽りの球種」
──まずは変化球について聞かせてください。最近、野球界ではスラッター(スライダーとカットボールの中間のようなボール)やスラーブ(カーブとスライダーの中間的な球種)など新しい変化球が登場してきていますね。分析の立場からどう見ていますか?
いろいろな意味で「難しくなってきている」と感じています。
僕らは選手に伝える立場なので、「細分化するほど」いいものになるわけではありません。伝えやすくするために、まとめなきゃいけない。一方で、それに(まとめることに)よって抜け落ちる情報もある。そこのギャップをどうするかですね。
──関本さんたちは変化球をどう分類していますか?
分けていないんですよね。「分けられていない」という方が正しいかもしれません。
(打者から遠ざかる方向に)曲がる系の球種でいえば、カット、スライダー、カーブが従来のものとしてあり、今はその間みたいなボールがいっぱいありますよね。
ある人が「あの球はスライダーだ」と言っても、打者が「いやカットだったよ」と言うこともある。真っ直ぐ寄りのちょっと曲がるボールをなんと呼ぶ? みたいな問題が生まれるわけです。
逆方向の曲がりで言えば、ツーシームなのか、シュートなのか、シンカーなのか。横曲がりが強かったら、それはツーシームじゃなくてシュートだという議論になる。
であれば「角度が何度」みたいな話の仕方をした方が早いかもしれません。今はバッターとコミュニケーションを取って、意識を合わせています。
ただ確実に言えるのは、投手は明らかにそこを狙っています。
──定義できていない隙間を、投手は狙ってくるわけですね。
そうです。間を狙う人が増えてきています。
──増えてきたのはいつくらいからですか?
2、3年前くらいから始まっていると思うんですけど、顕著になっているのは今年なんじゃないですかね。
どんどん細分化されていて、たとえば「真っスラ」は、真っ直ぐがスライダーしただけで、変化球じゃないという考えもある。
そういうことを言い始めたら、伝え合うときにさらに混乱が生まれやすいですよね。
──これから対応が迫られますか?
もう迫られていると思っています。そういう意味で、これも術中のひとつだなと思います。言語化できない間を狙っているわけですから。
ただ、わざと違う球種を言っている選手は、昔からいたと思います。たとえば元巨人のある投手は、絶対カーブなのにスライダーと言い張り続けていた。確信犯だと思います。
ホークスにいたある投手も、本人はパームだと言い続けていましたが、本当はスライダーなんじゃないかと言われていました。
今は球場に設置された弾道測定器「トラックマン」で回転数や回転軸がわかるので、2、3年後には新たな分類法が生まれているかもしれません。今、それくらいのスピードで変化が起こっていると思います。
まだまだ野球は憶測で語られている
──根性論の視点で見ると、従来のカーブを極めるのではなく、定義の隙間を狙うのはまさに新しいタイプの努力だと思いました。テクノロジーやデータの発展により、「頑張り方」「努力の方向性」が変わってきていると感じますか?
この取材を受けるうえで根性とは何かを、自分なりに考えてみました。古い根性とは、エビデンスなき努力なのかなと思います。効率が良いか悪いかわからないまま、頑張らなければいけない。
そのエビデンスを提供する道具が、データだと思います。たとえば、あるメニューを多くこなした方がいいのか、少ない方がいいのか、答えを出してあげられるのが一番いい。
ただし、自戒を込めて言うと、それだけのエビデンスを出せていないのが現状です。私は選手に「どうなりたいか」をよく聞くんですが、彼らの「現在地」をデータとして表現してあげられていない。だから当然、「目的地」も表現できていない。
たとえば素振りは、振る力が足りていないのなら効果的な練習かもしれないし、技術が足りてないだけだったら10回でもいいかもしれない。素振りで腰を痛めたという選手もいます。素振りにはタイミングの要素が入っていないので、その部分を伸ばしたいなら他のメニューの方がいいかもしれない。
そこを早くジャッジしてあげなきゃいけないのに、まだデータを提供できていない。
投手に関しても、「トラックマン」があるから丸裸というわけではないんですよ。結局ボールの動きを追いかけているだけで、体の動きに関してはわからないんです。なのでホークスはバイオメカニクスの研究者をスタッフに入れ、モーションキャプチャーを使った分析を始めています。やっと「現在地」のデータ化をスタートできたという感じです。
もし新時代の正しい根性があるとしたら、泥臭くて選手がやりたくないと感じていることに対して、データでエビデンスを示し、そこに対してみんなが努力していく、というものなのかなと思います。
──プロ野球界では、まだデータより、経験に基づく指導の方が優先されていると思います。それはどう思いますか?
結局それについても、ジャッジするだけのデータを出せていないんですよ。満足なデータがないから、経験と数字が比較対象にもなっていなくて、だから経験の方が上回っている。
当然ながら、経験に基づく指導が悪いということではありません。データをちゃんと出せるようになれば、その指導の正しさが証明されるでしょう。逆に、その時代だから通用したという面が出てくる可能性もある。いずれにせよ、今は憶測で言っているだけで、誰も証明できていないわけです。
──満足なデータがないのにそればかり見て野球をするのは、逆にデータの理解が足りてないということになりますか?
そうですね。まだまだ足りてないものを信じるというのは、盲目的で危ない。
私のようなデータに関わる人間が、ちゃんとデータを出せるようにしろという話なんですけども。
──まだデータは解を与えるものではないと。
解を出せるはずなんですが、それに値するデータを出せてない。
逆にデータが全部出るようになったら、野球がおもしろくなくなると思います。全部解明されたら絶対におもしろくない。
それでも私のようなデータに関わる人間は、そういう世界をつくらないといけない。野球がおもしろくなくなるくらいまで、データを追求しなければならないと思います。