街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

「グリコ」——開けた窓の外から 鈴木ジェロニモの「耳の音」Vol. 03

 

 起きたら昼を過ぎていた。iPhoneのデジタルな表示がそう言っていて、理解するより先に時間という事実がそこに存在することを外圧として感じる。その時間が本当であること体に教えたくなって窓を開ける。近所にある小学校から、小学生が帰り終わっている声がする。

「グーリーコ!」。おおグリコ。懐かしい。じゃんけんをして勝った方が歩みを進める遊び。グーがグリコ、チョキがチョコレート、パーがパイナップル。チョコレートを「チヨコレイト」、パイナップルを「パイナツプル」と6文字わざとらしく発音する。1文字発音すると同時にバレエダンサーが湖を跨ぐように伸びやかな一歩を進める。3文字と6文字とで明らかに歩数に差ができるからチョキかパーだけ出せばいいんじゃないかと一旦思う。しかしそう思って出すチョキが、それを読まれたグーに負ける。悔しい。だからなんだかんだゲームバランスが保たれる。

 今の小学生もやってるんだ。グーリーコ。グーリーコ。その声をしばらく聞きたくなって、開けた窓を網戸でしめる。太陽があきれた角度で部屋に差す。網戸の向こうで会話が続く。

「なに出したー!」。こちらに近い小学生の声。でも、ん? グリコの会話で、なに出したー、ってあり得るのだろうか。一瞬考える。ええと……。ああ、そういうことか。2人のグリコは終盤。それぞれの家に向かってそれぞれ十分に歩を進めている。そのため2人の間の物理的距離は相当離れている。けれどまだ声が届くから、お互いグリコをやめないでいる。グリコの合図で相手が何を出したのか、もう見えない。言い合うことで伝え合う。いくらでもズルし放題。もはや相手とのゲームではなく自分とのゲームだ。2人は一体どうするのだろう。向こうの友達の声は私の部屋には届かない。こちらに近い彼の声を網戸のこちら側で待つ。

「進んでいいよー!」。近いところの彼が言う。こんなにズルができるのに、負けて相手を進ませる。見えない彼と見えない友達の物理的距離が、今きっと数歩遠くなる。

「グーリーコ!」。見えるかどうかって、本当のところでは関係ない。見えないものを見せてくれて、もう大丈夫、と思う気持ちが私に窓をやわらかく閉めさせた。

早い桜
遅い桜

【次回更新は4月26日(土)】

【過去の記事を読む】鈴木ジェロニモの「耳の音」 記事一覧

 
鈴木ジェロニモ
芸人、歌人

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

 

連載の詳細はこちら

 

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
鈴木ジェロニモの「耳の音」
商品の詳細をみる

芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)

2025年4月30日まで全編無料公開 ※以降は一部有料

初回記事を見る〈無料〉
「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生
ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。