起業、独立、複業など「自分軸」に沿った選択をすることで、より理想にフィットした働き方を手に入れようとした女性たちの連載「INDEPENDENT WOMEN!」。いつか自分の店を持ちたいと思い、30歳を機にジェラート留学のためイタリアへ。スウィーツの街・自由が丘で人気のジェラテリア「AmiCono(アミコーノ)」を営む井上舞子さんのストーリーの後編。
文=小嶋多恵子 写真=北浦敦子
みっちり知識を詰め込んだ3か月のジェラート留学
ジェラート留学で訪れたイタリア・フィレンツェ。滞在期間は3カ月だったが、留学費用に加え、東京の家賃も払い続けたため、出費はトータル200万円にもなった。ただその間、みっちりジェラート漬けになれたと井上さん。
「ジェラート留学は1カ月あれば十分と代理店の人から聞いて、とりあえず1カ月申し込みました。観光ビザは3カ月取れるので、残りは自分でなんとかしようと、代理店に紹介された研修先ともうひとつ、現地でジェラート屋さんを見つけて“働かせてください”ってお願いしたんです。プログラムに入っていたイタリア語講座も受けず、その時間もフィレンツェ中のお店を隅から隅まで巡りました。午前と午後と一日中ジェラート屋さんを掛け持ちして働いて、留学というより修行です(笑)」
全力でジェラート作りを経験した井上さん。留学前の「私でもやれるだろうか」と試したかった目標は、「やりたい」という強い希望へと変わっていた。
「ジェラート作りって力仕事だし大変だけど、楽しいなーって思いましたね。それとレシピ作りってどこか理系なんですよ。これとこれを合わせたらどうだろう?って理系の頭を使うところが自分の中でハマりましたね」
イタリアのジェラート作りの環境にも感銘を受けた。
「ふらっと市場にいって好きなフルーツを手に取っては、これでジェラート作ってみようっていうノリというか、そんな感覚も好きでした。それに修行をさせてもらっていた師匠もよく言っていたんですが、ジェラートは季節によっても熟練度によっても作る味わいが変わる。だから常に新しい発見があって面白いんです。仲間同士、情報をシェアし合いながらみんなで成長していけるのも魅力ですね」
開業準備、資金調達のため3年間のおあずけ
ジェラート作りをひと通り学んだ井上さんは帰りの飛行機の中で「帰国したらすぐにジェラート屋さんをオープンしよう」と決心する。と同時に浮かんだのが、「あれ? でもお店ってどうやって開くのかな?」という素朴な疑問。
接客や店長の経験はあっても、開業の仕方がわからなかった井上さんは一旦開店資金を稼ぎながら、お店の開くためのノウハウを知るために声をかけてもらっていた会社、チャヤマクロビに就職する。チャヤマクロビはマクロビオティック(※)をベースに“食べてキレイになる”をコンセプトにしたオーガニックレストラン。有機栽培・特別栽培にこだわり、化学調味料や人工甘味料も一切使用しない。
※穀物や野菜、海藻などを中心とする日本の伝統食をベースとした食事を摂ることにより、自然と調和をとりながら、健康な暮らしを実現する考え方
「社長秘書みたいなポジションでした。その社長に“3年後に私、独立しますけどそれでもいいでしょうか? そのために何でもやらせてもらいます”と直談判しました。そして“私、特にマクロビ派でもないですけど大丈夫ですか?”って(笑)」
そうして始まったものの、これが後の井上さんのジェラート作りの大きなヒントになる。
「これまでいろんな食に携わってきましたが、添加物とかアレルギーに着目したことはなかったんです。マクロビに関しても、雑誌のモデルさんが流行で取り入れるようなどこかファッション性みたいなものを感じていて。でも現実に、アレルギーのある人や添加物が入っていることによって食が制限されている人が多くいることを知ったんです。そこから、添加物に興味を持つようになって、世界基準とか健康に与える影響などをおのずと学ぶようになりました。決して添加物を否定するわけじゃないんです。私もジャンクフードは大好きですし(笑)。ただ、私がお客さんに提供するなら、体に安全でどんな人にも安心して食べてもらえるものがいいなって思ったんです」
今の世の中、情報がきちんと整理されていないとも。
「私が知らなかったように、食の意味を正しく理解できている人って少ないと思うんです。グルテンフリー、有機栽培、ヴィーガン、オーガニックなど、全部ちがうのに、なんとなく一緒くたにされていたり。こういった情報も正しく発信できたらいいなって考えました」
体にやさしい無添加ジェラートが早くも注目の的に
開業すると宣言した3年後の2017年、井上さんは独立を果たす。酸化防止剤、保存料、着色料はもちろん、増粘剤や乳化剤も使用していない無添加ジェラートだ。
「添加物についてもわかっていて食べるのとそうじゃないのとではちがう。このジェラテリアがそういう学びの場になればいいなと。お店を営む上で大切にしたいことは“安心して食べられること”と、“みんなが笑顔になれること”です」
開業時の資金は帰国から3年間で貯めた300万円と銀行から借り入れた1000万円。始めた当初は「勝算なんてない、3年もてばいい」と思っていたという。が、オープンから4年、ジェラテリア「AmiCono」はテレビ取材がくるほど評判の店になる。気づけば銀行からの借入金も完済していた。
「1000万円なんて大金、もうドキドキしました。早く返さなきゃと(笑)。もちろん日々の苦労はありますよ。当たり前ですがすべて自分でやらないといけない。農家さんとの打ち合わせ、発注、原価計算、仕込み、製造、販売、ECサイト管理、上げたらキリがないくらい。独立してから未経験のことばかりでしたから、毎日必死です」
それでも毎年成長しているなと感じられるのがうれしいと笑顔になる。
「忙しくて大変だけれど、不安はそれほどありません。オーストラリアでのワーホリの経験も生きてますね(笑)。一生懸命やってみる、できることをやって無理と思ったら辞めればいい、そう思って過ごしていたらいつの間にか今に繋がった。20歳の頃からいつかお店をやってみたいと思っていて、10年経ってみて30歳で同じ気持ちがあったわけですから、失敗したらあきらめもつくけどやらない後悔のほうがずっと引きずりますよね」
大好きな仕事だからこそ作業にしたくない
これまでを振り返って「出会った仕事、経験に何ひとつ無駄はない」と井上さん。しいて悩みをあげるとするならオンとオフが曖昧になったことだという。自分で意図的に切り替えないと身がもたない、とも。
「24時間、頭の中がお店のことばかりになっちゃって。自分に余裕がないと人に優しくできないんですよね。なので強引に休みを作って趣味のサーフィンに出かけたり、気分転換をしています。大好きな仕事が作業にならないように、自分が常にベストの仕事をするためにオフは必要なんだって、最近気づきました」
さらに働くことへの価値観が変わったのはスタッフを雇うようになってから。
「パティシエになるためにパリでの留学経験もある子が入ってくれました。彼女が焼き菓子を焼いてくれるおかげで、私もジェラート作りに集中できる。彼女の貴重な時間をうちのお店に捧げてもらっている分、生活してけるようにしてあげたいし、この先いつかお店を持ちたいという彼女のためになるアドバイスをしてあげたいんです。師弟関係とかそういのは好きじゃないんです。上司とか部下という立ち位置じゃなくて、対等な仲間としていたいですね」
人を雇うという責任感を持ちながらも、年齢や経験など、上下関係を気にせず仲間として働きたいという井上さんらしいエピソードも話してくれた。
「先日、農家さんから柿が入ってきてどんなジェラートにしようと考えていたら、彼女が“紅茶で煮るのが流行ってますよ”って。自分には絶対にない発想です。早速作って店頭に出した新作フレーバー“柿&ティー”は大好評、全種類の中で一番に完売したんです。こういうのもチームでやる醍醐味ですよね」
最後に働き方の点数を聞いたら半分くらいとの回答が。
「正直100点がわからないんです(笑)。今の生活はそれなりに自分の理想はかなえられているとは思うのですが、満足してまったらこの先どうなるんだろう?って。でも、開業する時もコロナ禍になってからもすごく親に助けられて、親の愛情をひしひしと感じたんです。なので、いつか自分も親になる人生もアリかなと考えちゃいますね」
忙しいけれどまだまだ余力はあると井上さん。お店が軌道に乗った今だからこそようやくプライベートについて考え始めたところだ。
井上舞子さんてこんな人! ご本人のリアルに迫る一問一答。
――座右の銘は?
終わりよければすべてよし。
笑う門には福来る。
――仕事をする上で譲れないことは?
お客様を大切に。でもお客様と自分とは50:50(フィフティフィフティ)。
――大変な時に助けられた人は?
お客様。
お客様として知り合い、そこから親しいお付き合いになることも。
「経営者をされている方からは、店作りをはじめビジネスのアドバイスをもらうこともあります」
――自分の強みは?
仕事の時は人見知りしない。
――逆に直したいところは?
見切り発車。
考えの詰めが甘いところがあるので、行動する前に一度立ち止まって考えるくせをつけたい。
――ビジネスを始めたことで得た気づきは?
人との繋がりの大切さ。
昔お世話になった人をはじめ、今の自分があるのはたくさんの人のおかげ。自分の周りにいる人を大切にしたいです。
――ストレス解消法は?
サーフィン。
――毎日必ずやることはある?
ひとり反省会。
独立してからは特に大事にしていて、1日1回は時間を取って、スタッフやお客様への対応が適切だったかとか、人から言われたことなどを振り返ります。立場上、叱ってくれる人がいないので、周りの人の声とか態度をしっかり見て考えるようにしています。
――落ち込んだ時の対処法は?
人に話します。
自分らしさを失わないためにも溜め込まない。
――起業したい人へアドバイスするとしたら?
やりたいならやるべき!
――井上さんにとって成功とは?
みんなとハッピーをシェアできること。
独立前と独立後の環境や気持ちの変化をチャートで分析!
もともと仕事が好きな井上さんにとって独立前も後も精神的な充実度は変わらないというが、オーナーという立場ではプレッシャーは倍とも。さらに新しく俯瞰力が備わったことが自身の気づきだったと話す。
「独立してからスタッフやお客さんのことなど人に対して考えることが増えました。独立前は自分のことだけしか考えていませんでしたから(笑)」
自分と関わる人がハッピーであってほしいと、24時間思考を巡らせてしまうそう。サービス精神旺盛な井上さんらしい視点だ。