「WIRED CAFE」「SUS -Shibuya Underpass Society-」「246 CAFE<>BOOK」など、手がけるカフェを次々に成功に導いてきたカフェ・カンパニー代表楠本修二郎氏。新刊「おいしい経済」の中で、少子高齢化に突き進む日本を再び活性させるのは“食”であると豪語する。しかし今、日本の食文化が高齢化やコロナの影響で人知れず消えていく“サイレントデス”の危機にあるという。
その食文化を守るため、楠本氏は今年1月にNTTドコモとともに食のコミュニティ型EC『GOOD EAT CLUB』のβ版を立ち上げ、7月にグランドオープンさせた。『GOOD EAT CLUB』立ち上げの経緯や活動内容、そして楠本氏の描く未来へのビジョンを聞いた。
文=川岸 徹 写真=松橋晶子
課題は食産業の横の連携を増やすこと
――NTTドコモと組んで食のコミュニティ型EC『GOOD EAT CLUB』を立ち上げられました。どのような狙いがあるのでしょうか。
楠本:構想は10年前に遡ります。
2011年に東日本大震災が発生し、東北地方は大きな打撃を受けました。僕にできることはなにかと考え、オイシックス・ラ・大地株式会社代表取締役社長の高島宏平さんと共に「東の食の会」を設立しました。復興支援をするだけでなく、生産者や飲食店のみならずメーカーや物流、そして、消費者をも巻き込み、食産業全体のコミュニティ化を図ろうと考えました。豊かな食の恵が育まれてきた東北から、もう一度、新たな食文化を創造して世界に向けて発信をしていこうとする組織です。
同じ頃、2010年から内閣府、経済産業省、農林水産省等に民間委員として参画を、「日本の次の経済戦略は『食』である」という議論もしていました。そんな暗中模索の時期に、コロナ禍が訪れたんです。
コロナで感じた絆の必要性と飲食業界の危機
――大きく社会が変化する中、どんなことを考え、実践したのですか。
楠本:大きく2つ。コミュニティの創出と食文化への支援が必要だと感じました。
東日本大震災の時も日本全体が絆の大切さを共有したように、コロナ禍でも同じく絆やコミュニティの重要性をみんなが実感しました。もちろんコロナ禍は望まないものでしたし、飲食業は大打撃を受けました。
しかし、「ネガティブなことこそポジティブに変換し、未来へ食文化をつないでいくための行動が、今必要である」という強い意志のもと、2020年4月7日の緊急事態宣言発布とともにそれまで構想してきた「GOOD EAT CLUB」の立ち上げに向けて動き出しました。
これは、全国の生産者、加工業、メーカー、物流、小売、外食に至るまで、食産業に携わる全ての業界の横の連携を図るオーケストレーターとして機能しながらコミュニティを創造し、そこにテクノロジーとクリエイティブを活用して日本から食のイノベーションを起こすというもの。この構想にNTTドコモさんもご賛同いただき、グッドイートカンパニーを設立。第1弾のサービスとして、2021年1月に「食のコミュニティ型EC『GOOD EAT CLUB』」を始動させました。
――「GOOD EAT CLUB」のコンセプトを教えてください。
楠本:「愛すべき食を、未来へつなぐ」というビジョンを掲げていますです。今まさに、日本の食産業はサイレントデスの危機。以前より後継者不足の課題などもありましたが、コロナ禍の影響で売り上げが減少し、残念ながら閉店に追い込まれてしまう店舗も続出しています。それにより、地域の生産者、食品加工の匠の技をもった工場、地域の隠れた名店など日本の資産である「おいしい」が人知れずなくなろうとしているのです。
食産業の横軸での連携が可能となり、さらに、生活者をも巻き込んでそれを支えて応援するコミュニティができたら、この苦しい状況の中でも活性化できるはず。“つなぐ”という言葉にそんな思いを込めました。「あの店、絶対に復活させよう」などと、みんなでワアワアと声を上げて、食産業を盛り上げていけたらいいなと。
食のプロに厳選された究極の「おいしい」が集う場所
――食をテーマにしたECサイトは他にもあります。どんな差別化が図られているのでしょうか。
楠本:最大の特色は、Tabebito(食べ人)システムの実装です。食ジャーナリストとして年間600食以上を食べ歩き、「味の手帖」取締役編集顧問を務めるマッキー牧元さん、食のセレクトショップ「グランドフードホール」を設立するなど多彩な活動を見せるスマイルサークル代表の岩城紀子さん、餃子愛ゆえに10年勤めた企業を退職し餃子愛好家へ転身したオガサワラガクさん、各界著名人の信頼も厚くグルメ通としても知られるDJ・プロデューサーの田中知之さん(FPM)など。現在、30組以上の方々に参画していただいています。
Tabebitoが自らの記憶に残る体験をもとに、飲食店や生産者、食品加工業者などの、商品を愛を持って推薦し、熱量の高いレコメンデーションをする。それに共感してくださる生活者が商品の購入はもちろん、応援コメントやチップを直接店舗へ送ることもできる。そんなファンコミュニティを創出していきます。また、飲食店や生産者とコラボレーションし、彼らが持つレシピを元にECでも販売ができる商品の開発も手がけています。
――Tabebitoの人選は?
楠本:僕を含め「GOOD EAT CLUB」に所属するメンバーから、それぞれが尊敬する食のプロフェッショナルをはじめ、地域コミュニティの核となるような方々に声をかけました。
Tabebitoはいずれも莫大な知識と情報量の持ち主。その強みを生かして、「食べ比べセット」も開発しています。「3種のハンバーグ」「3種の餃子」「3種のチョコアイス」など、異なる店舗の複数の商品をまとめて購入できるサービスです。一般的なモール型ECサイトでは、違う店舗の商品を購入するとそれぞれ送料が発生しますが、『GOOD EAT CLUB』のセット商品では1件分の送料で済むという利点もあります。
「食べる」をとりまく体験を通じて感動を提供する
――『GOOD EAT CLUB』では、オンラインとオフラインの連動にも取り組んでいますね。
楠本:2021年11月10日に東京・代々木上原にオープンした「GOOD EAT VILLAGE」は、「GOOD EAT CLUB」のオフライン拠点となります。「GOOD EAT VILLAGE」は、1F「カフェ『PUBLIC HOUSE Yoyogi Uehara』」とB1F「ファクトリー&シェアキッチン」の2フロアからなる施設で、「カフェ」のメニューには「GOOD EAT CLUB」で販売している一部の商品が使われています。お客様には、オフラインの場でその商品をお試しいただき、その場でECショップから購入できるなど、商品が持つ背景やストーリーまで楽しんでもらえるような場所になっています。
キッチンを完備したB1F「ファクトリー&シェアキッチン」では、「GOOD EAT CLUB」に出店している店舗のポップアップやイベントを行うほか、新商品開発のラボとしての機能も持たせています。ユーザー参加型のイベントを開催したり、クラウドファンディングに参加したり、「楽しい!」「おいしい!」といった感動を生み出すことを目指し、「EC=エモーション・コマース」と掲げています。
また、「どうしたら、おいしい未来をつくれるだろう?」という問いを軸に、日本のおいしい文化・技術・知恵を知的資産として未来につなぐ現代版「寺子屋」のような活動をしていく「おいしい未来研究所」も立ち上げ、ここを起点に活動をしていきます。
「おいしい未来研究所」では、例えば、おいしくて健康にもいい食を探究する「医食同源」、地形とおいしさの関係を探る「地政学ガストロノミー」など、さまざまな企画を予定しています。
世界的な成長産業で日本はトップを走っている
――食産業が活性化すると、日本や世界にとってどんないいことがありますか。
楠本:国連によると世界の人口は2100年頃にピークを迎えると予想されています。このままでは食料問題がより悪化することは疑いようがありません。今以上に食料が求められる時代になります。つまり食は、世界的に重要な産業なのです。
その一方で、日本は少子高齢化が加速。2100年には人口が5000万人を切るという予測も出てきています。食産業の担い手が不足するのは明らかです。
では、そうした食糧不足や人手不足の問題を解消するためには、どうすればいいのか?その答えが日本の「おいしい」だと思っています。日本はミシュランでもトップクラスの掲載軒数を誇るなど、世界から高く評価されています。世界各地にある日本食の店舗はこの10年間で3倍、約15万店に達しています。日本人が思っている以上に、海外では日本の食が大人気なんです。
その強みを生かし、大学や研究機関をはじめ国内外のフードテック企業とも連携し、日本各地にある豊かな食文化を継承しながら、新たな「おいしい」を開発し、そのレシピを知財化していくことを考えています。例えば、昔ながら地域に継承されてきた「おばあちゃんの味」や日本の宝である「調味の技術」など職人の技を解析して知財として登録します。するとその地域に行かなくても味わえるようになり、ビジネスチャンスが拡大しますし、海外へ発信していくことも容易になり、外貨獲得につながります。
このように、食を基軸にして経済を活性化し、そこで生まれた技術によって世界の課題解決に貢献することを目指し、活動していきたいと考えています。
とはいえ、日本のため、世界のため、社会のためと考えすぎると辛くなってしまうこともあると思いますし(笑)、まずは単純に、みなさんそれぞれが身近にある「おいしい」を楽しみ、その体験を伝えていくこと。コミュニティでわいわいと楽しみながら社会がいい方向に進んでいく。そんなプラットフォームを我々が提案したいと思っています。