コロナ禍をきっかけに、免疫力や環境問題について考えるようになり、以前から興味があったオーガニックを本格的に生活に取り入れていきたいと思っているライター齊藤。エビデンスのあるオーガニック情報を発信している専門家のレムケなつこさんに学ぶ講座第2回は、オーガニックが良い理由を科学的根拠とともにお伝えします。
文=齊藤美穂子
ドイツ法人オーガニックビジネス研究所代表。20代の頃、JICAで途上国の生産者支援に関わった経緯から、オーガニックに目覚める。慶應義塾大学経済学部を卒業後、オーガニックの最先端であるドイツの大学院と食品研究所にて研究開発。2019年にはオーガニックセクターの国連IFOAM欧州本部リーダーシップ研修に日本人初で選抜。オーガニックスクールの運営、企業研修、講演、執筆などで活躍する傍ら、自身でもYouTubeやInstagramなどでオーガニック情報を発信している。
イメージで語られがちなオーガニック
エビデンスのあるオーガニック情報を発信しているレムケさん。エビデンスにこだわる理由は日本のオーガニック市場にあるという。
「私がエビデンスのある情報を伝えていこうと思ったのは、数年前に日本に一時帰国したときに、お会いしたオーガニック業界で働いている方々がふわっとした説明をしていることに違和感・危機感を感じたからです。そもそも私はドイツで学術的にオーガニックの知識を身につけていたので、その説明を受けて“あれ⁉︎”と。スピリチュアルな要素が多かったり、オシャレ感覚で話されていたりして、エビデンスを持って話している方はほぼ皆無だったんです。
このままだと日本では真のオーガニックは伝わりづらく、生産や市場も拡大していかないだろうと感じました。人が何かを決断するときに必要になるのが、“感情”と“理性”と言われているのですが、感情に訴えると同時に、エビデンスのある情報も出すことで、オーガニックの輪を広げられるのではないかと思っています」
コロナ禍の今、オーガニックで免疫力を高める
これまで私は単純に、オーガニックは無農薬だから体にいいと思っていましたが、実際の健康効果はどんなものがあるんでしょうか?
「欧州の研究機関で行われた動物実験では、オーガニックを食べて育った動物はその子孫の免疫力まで高めるというデータがあります。
例えばデンマークにあるオーフス大学の研究者は、有機農法で栽培された餌と慣行栽培の餌で育てられたネズミを2つのグループに分け、それぞれのグループの免疫力を比較。その結果、有機の餌で育ったグループのネズミの方が、血中に存在する抗体の量が多くなることがわかりました。
オランダのルイス・ボルク研究所でも、有機の餌とそうではない餌を与えられて育った鳥から生まれた小鳥たちの免疫力を比較する研究を行っているのですが、結果、オーガニックの餌を摂取した親から生まれた鳥は免疫力が高く、病気になっても回復速度が早いという結果が確認されているんです」
実際にコロナ禍において、世界中でオーガニック食品の需要が増えているという報告もあり、その売上高は25%〜100%増にもなるとか。
「オーガニックに特化したグローバルマーケティング調査を行なっている英国のEcovia Intelligence社は、オーガニック小売業界の売上増は今後も継続すると言っています。これは今回のパンデミックにより、全世界的に健康志向が高まっているためなんです」
安い商品に隠された様々なコスト
オーガニックには興味があるけど、どうしても高いから手が出ないという人も多いのではないでしょうか? かく言う私もその中の一人で、手間がかかっているのはわかるけどなぜこんなに高いんだろうと思っていました。しかし、レムケさんの話でその考えは吹っ飛びます。
「有機青果流通大手Eosta社が、世界有数の監査法人であるEYやFAO、WHO、IPCCなどの国際機関などの協力を経て作成した資料によると、オーガニック食品とそうではない一般食品を比較した場合、最も大きな価格差が出たのが健康コストでした。健康コストというのは、病気になった場合にかかる通院費や薬代のことです。例えば一般的なリンゴの場合、オーガニックのりんごに比べて1キロあたり約24円健康コストが高くなることがわかっています。つまりそれだけオーガニックのりんごの方が健康への被害が少なく、治療費が抑えられると言う事なんですね。同社はさらに踏み込んだ計算をパートナー企業と行っていて、オーガニックのりんごを食べれば年間27日相当の体調不良を減らすことができると導き出しています。
また、世界トップクラスのコンサルティングファーム、ボストンコンサルティングが作成したレポートでは、ドイツの一般的な農作物にどのような隠れたコストが含まれているのかがまとめられています。結論としては地球温暖化、大気汚染といった環境コストなど、本来消費者が支払うべきものを上乗せすると、オーガニックではない牛肉は現在の5〜6倍の価格になると結論づけています。つまり、安い食材は、それだけ環境破壊や健康への影響を無視した形で生産されているということなんです。」
なんと……。ということは、オーガニックは高いというよりも、そうでない食品に含まれていないコスト(リスク)がたくさんあるということ。私たちはものを買う時に、その将来的なコスト(リスク)まで計算することなく、今その瞬間、目の前にある「価格」という事実だけを見て買っていたのですね。
「国際機関であるFAOは、そのコストは全世界でなんと1年あたり500兆円にもなると推定しています。化学肥料や合成農薬を過剰に使うことで、土壌劣化や水質汚染、気候変動、そしてがんやアレルギーなどさまざまな病気がもたらされています。安い食品に隠されたコストっていうのは自然環境だけでなく、社会や次世代に大きな代償をもたらしているんです。その代償は実際の値札には反映されていないのですが、誰かがいつか支払うことになるんですね。安い食べ物は実は社会や次世代にとってとても高い代償がついてくると言うことがわかると思います」
CO2排出量を100%削減できる有機農法
さらにレムケさんから「実は地球温暖化を助長する最大原因のひとつが、現代の食と農にあることが明らかになってきているんです」というコメントが。
「2011年に国連食糧農業機関が、“地球温暖化の緩和と適応に貢献する食システムはオーガニックである”と言及したことがあります。理由のひとつとして、オーガニックは大気中にある炭素をより多く土壌に固定することが挙げられます。炭素は地球上の様々な場所で多様な形で循環しています。中でも土壌は大気の3倍、植物の2倍もの量の炭素量を貯留できる重要な要素だと考えられており、土地利用の仕方を変えることで温暖化の抑制が可能になると考えられているんです。
地球温暖化の大きな原因となっている二酸化炭素を炭素として土壌に取り込むことで減らしていけるのだという。
スイス有機農業研究所が行なった有機農業と慣行農業を比較した研究で、有機農業が営まれている農地では、より多くの炭素が土壌に貯蔵されていることがわかりました。これは、有機農業では化学肥料の代わりに、緑肥・堆肥・有機質肥料など自然の力を活用した天然の肥料を使用しているからだと言われています。
また「環境再生型有機農業」と呼ばれる、土壌の健康を高めるために工夫が凝らされた有機農業があります。米ロデール研究所が2020年9月に発表した報告書で、全世界のすべての農地と牧草地が「環境再生型有機農業」に転換されれば、人間活動によって引き起こされた二酸化炭素を土に固定し、地球全体のCO2排出量を100%削減することができると結論づけました。つまりこの農法によって気候変動の解決がで可能なんです」
「オーガニックが良い」とされる科学的根拠は存在した
第1回の齊藤同様、興味のある人でさえオーガニックの定義をきちんと説明できないのは、エビデンスのある情報が足りなかったからかもしれません。研究チームの結果や数字を見ると、これまでふわっとしていたものが一気に確信へ変わり、オーガニックが良いとされる理由がよくわかりました。第3回は地球温暖化だけでなく、SDGsとの意外な関係について、レムケさんに詳しく教えてもらいます。