起業、独立、複業など「自分軸」に沿った選択をすることで、より理想にフィットした働き方を手に入れようとした女性たちの連載「INDEPENDENT WOMAN!」。24歳で大学院を卒業と同時に、スキルアップのため関西一出産件数の多い病院へ勤務。日々目の当たりにする社会課題を前に、計画を前倒しし27歳で起業。事業を軌道にのせるまでの苦労に迫る後編。

文=小嶋多恵子

株式会社With Midwife 代表取締役助産師 岸畑聖月

きしはた・みづき。1991年生まれ、香川県出身。助産学と経営学を学ぶため京都大学大学院へ進学。卒業後は助産師として、関西最大の産科で臨床を経験。リアルな社会課題に直面し、その課題解決のために2019年株式会社With Midwifeを設立。顧問助産師サービス(TheCARE)助産師検索サイト(Meets The Midwife)子育てオンラインサポート(Wellvic)の運営のほか、性教育ボードゲームなどの商品開発、また「赤ちゃん本舗」をはじめとする各企業コラボ、コンサルティングのほか、大学や自治体との取り組みなど活動範囲は多岐にわたる。現在も社会医療法人愛仁会千船病院で臨床助産師として勤務する傍ら、公益財団法人大阪産業局女性起業家応援プロジェクトのプランニングマネージャーも勤めている。

起業した途端、コロナ禍で資金も激減

 企業に助産師をおく顧問助産師事業をはじめ、各企業とさまざまな取り組みを進めようとする中、2020年1月、世界的に流行し始めた新型コロナウィルスに見舞われる。

「会社を法人化した途端コロナ禍になり、打ち合わせも商談もすべてキャンセル。新規案件の話をしたくても、新しいことをやるような雰囲気ではなく、しばらくは何もできなかったです」

 加えて、会社の運営資金にも頭を抱えてしまう。正社員時代に毎年100万円、3年間で300万円を貯めてつくった起業資金は、コロナ禍で社会が止まる中みるみる目減りしていく。

「起業と同時に従業員をひとり雇っていたのですが、人件費と固定費で月50万ずつ預金が減っていく。4カ月もすると100万円を切ってしまって、もう資金ショート寸前」

 経営の数字を見るたびにため息が出たと岸畑さん。
「でもどうにかなるかって、気持ちだけはポジティブにいこうと(笑)」冷静に、するべきことに思考を巡らせた。

先見の明でオンラインサービスの立ち上げに着手

「オンラインでできることを探しました。自分たちの強みは、やっぱり助産師のネットワーク。これを活かさない手はありません。コロナ禍で両親学級や育児サロン、子育て広場などママ同士のコミュニティがなくなる中、助産師がオンラインでサポートすることが社会にとって必要だと考えました」

 コロナが日本でも蔓延しはじめた2月頃から急ピッチで動き出し、5月には「Meet the Midwife」のリリースにこぎつけた。助産師と助産師を必要としている人をつなぐプラットフォーム。助産師を応援するサポーター企業も参画し、イベントやセミナーなど、出会いの場として機能する。

「やはりニーズはありました。“助かった”っていう声をたくさんいただいて、助産師がサポートするひとつの形ができてよかったなと思いました」

仕事への熱量が大きく運を引き寄せる

「Meets the Midwife」はテレビなどメディアでも注目を集めた。それが功を奏し、止まっていた商談も徐々に動き出す。そんな中、2020年7月に建設大手、竹中工務店グループとの顧問助産師契約が決まった。

「会社が入っているシェアオフィスのビル内に、竹中工務店グループの社員教育をされている人がいて、たまたま立ち話し程度に事業の話をしたら、“竹中工務店グループならすごく合うと思うから、紹介するよ”って言っていただいたんです」

 さっそく竹中工務店のグループ会社のひとつ、福利厚生を担う株式会社クリエイト・ライフへ出向いた岸畑さんは「LED関西」で鍛えたプレゼン力で契約にこぎつける。運に加えて、岸畑さんの熱量が鍵となった。

「竹中工務店さん自身、変わろうという機運がありました。世間的に建設業は男性イメージが強いですが、実際は女性社員も多く、社員を尊重している会社なんです。顧問助産師がきっと役に立てるだろうと確信しました」

顧問助産師サービスThe CARE(https://thecare-biz.jp/)は今では30社以上に導入され、拡大を続けている。

契約数が伸び悩み、事業への自信が揺らぐ

 このことで顧問助産師の知名度は上がり、問い合わせも増えた。しかし、順風満帆とはいかなかった。

「竹中工務店さんの後、新規契約がなかなか取れなかったです。サービスが広まっていかないのを見て、ふと疑問に思えてきて。助産師は社会に必要だと思って事業をやっているけど、それって私が助産師だから価値があると思っているだけで、社会に対しての価値はないのかな、と。ずっと自問自答していました」

 オンラインサービスの行き詰まりに加え、2020年10月に開かれた世界中のマーケッターが集まるCMOサミットジャパンに登壇したこともきっかけだった。

「一般企業はよくマーケットの話をしますが、そもそも助産師には現在マーケットニーズがない。というかみんな助産師のことを知らない。ここからどう変えていけばいいのか悩みました。自分たちの事業ってマーケットニーズを捉えてないのかな、今の時代には合っていないのではと、サミットに参加している人たちと話すうちにだんだん自信がなくなってしまいました。たしかに、女性活躍推進、女性管理職、男性育休の法制化とキーワードは並んでいても、そこに“助産師”としてのマーケットが広がるのかどうか、と」

最後に助けを求められる存在こそが求める姿

 悶々としたある日、別の企業の社員さんからオンライン相談が入る。それは自殺したいけど死にきれないと話す女性から。女性が最後に助けを求めたのは岸畑さんのオンラインサービスだった。このことが、暗くくすぶっていた心に光を差す。

「その女性はうちに相談を寄せてくれたことで思い留まってくれたんです。ひとつの命を救えたことがとても大きく感じて。数はまだ少ないけど、そういう相談をしたいと思ってもらえる存在になれていたことで自信を取り戻せたというか、原点に戻った気がしました。

 私の事業は、お金がどうとかではなくて、社会に必要なこと、やらなければいけないことだと確信したんです。

 やらなければやらないことを、粛々とする。そうすればマーケットはついてくる。そういえば、当時のCMOサミットのメッセージも『What helps people, helps business.Leo Burnet(1981-1971)』。人々を助けてくれるものがビジネスを助ける、だったことを思い出しました。」

 それを自身では“泥臭さ”と表現する。困っている女性にたちになんとしても届けたい、丁寧に支えたいという思い。岸畑さんはビジネスだけに寄らない方向性へと舵を切った。

一般企業とは一線を画す、アカデミックな展開が必要

「ビジネスとしてどう広げていくとか、どう売上を伸ばすとか考え出すと自分の中の軸がブレてしまう。私が起業したのは資本社会のなかで戦うためじゃない。社会に必要とされるものをつくりたい、質的なところで勝負したいんです。

 なので、マーケットシェアを取りにいくような事業とはわけがちがう。それでいうなら、助産師のマーケットなんて未開拓、というかまだゼロなわけで、今は自分たちがその先駆者なんだという自覚を持っています」

価値を見つめ直した今、視界はクリアだ。

「マーケットをつくるためには、企業や一般社会のなかで助産師のサービスには価値があるということを、きちんとアカデミックに証明することが必要です。

 単に広告を打つとかではなく、こういう人が助けられていますとか、助産師のサポートによって救えたこと、質的な情報をエビデンスとして丁寧に伝えていく。そういった基盤をひとつひとつ積み上げていきたい。

 現在は、経済産業省や東京慈恵会医科大学とともに、企業に助産師が介入する有用性を検証しています。一歩一歩、社会にとって必要とされること、本質的な価値を構築すること、それが武器です」

 

友達でも家族でもなく寄り添える唯一無二の存在になれる

 さいごにこの道を選んでよかったかとたずねると、声を弾ませて返ってきた。

「それはもちろん。やっぱり病院では手が届かなかったところに手が届いたって感じる瞬間があって、その時によかったって思いますね。

 病院の中での関わりだと、どうしても点になってしまう。外来時、入院時など、接点を点で持つことしかができない。

 私たちの関わり方は、ひとつのコミュニティに責任を持って守っていくことを重要視しています。なので、こちらから能動的に声をかけることもできるし、毎日連絡を取ることもできる。病院ではできないケアの形、手を差し伸べられなかった人に手を差し伸べることができます」

日々の中にある心温まる瞬間も話してくれた。

「ユーザーさんとやりとりする中で、“○○さん(With Midwifeの担当助産師)からの返信は泣けてくるので電車の中では読めません”と言われたり、相手の心を揺さぶる瞬間を目にしたりするんです。

 人は誰でも、友達にも家族にも言えないことってたくさんあって、でもその中で唯一話をしてもらえる存在って、すごいことだなと。人の気持ちを揺るがすこともできれば、固めてあげることもできる。これはとても貴重なこと。あらためて仕事の価値、必要性を日々感じさせてくれます」

 社会に身近に寄り添う存在ミッドワイフ。企業だけではなく一人一人の顧問として関係を築くことがスタンダードな世の中になることを願わずにはいられない。

岸畑聖月さんてこんな人! ご本人のリアルに迫る一問一答。

――仕事における座右の銘は?

いいコミュニティには上昇気流がある。
自作です(笑)。でも前から意識していることで、いい人脈、いい人のコミュニティには自分を引き上げてくれる上昇気流があると感じています。なので、そこに身をおけるかどうかで事業成長は全然ちがう。見分けられるのかどうか?それはわかりませんが、何となく匂いでわかります。

――耳を傾けてよかった人からの言葉は?

なぜお前がやるのか?
女性起業家応援プロジェクトを通じて知り合ったメンターさんからのコーチング手法。こたえは自分の中にあるという考え方なんですよね。“なぜお前がやるのか”“なぜお前にしかできないのか”と、徹底的に問われました。問いだけど、それを突き詰めると自分の中で何かを導き出せる。私には力をくれる魔法の言葉です。

――仕事をする上で絶対にゆずれないことは?

自分軸。
なぜこの事業をしようと思ったかという自分の中の軸。そこに込めた自分らしさ、思いもふくめてゆずれないことですね。

――自分の強みは?

バランスのよさ。
ビジネス的思考、アカデミックな視点、助産師という専門性、この3つバランスが保てているところ。

――直したいところは?

甘えベタ(笑)。
ありのままを出し切れない。ちょっと背伸びしちゃうところがあるんです。もっと人に甘えられるようになりたい(笑)。

――独立、起業したことで犠牲にしたことは?

強いてあげるなら臨床経験の時間。でも最善の選択だと思っているので、犠牲はないです。

――悩みの種は?

人的マネージメント。
チームマネージメントともいえますが、今、うちの会社で8人中2人が産休、2人が育休なんですが、正直どう会社を運営していけばいいのかと普通だったら悩みますよね。みんなの居場所は守りたい、でも人手は足りない。

 普段、コンサルティングをおこなう立場ですが、いざ自分事となるとその難しさを身をもって感じました。でも、自分自身が悩んで葛藤したほうが、対クライアント企業への説得力にもなるのでいい経験と捉えています。穴埋め的な採用は、非正規社員を増やすという別の社会課題を作り出してしまうし、女性の働き方って難しい。でもきっと解決策はあるはずです。そこが最近少しずつ見えてきました。

――ビジネスを始めたことで得た気づきは?

事業を立ち上げた時の志。
自分がその事業をやりたい理由、軸をしっかりと持って伝えることができれば、助けてくれる人がたくさんいることに気づきました。事業を始めてから、その当時の志を再確認する経験を多くしています。

――ストレス解消法は?

料理。
大きな野菜をざくざく切るのが好き。よく作るのはおでん。

――毎日必ずすることはある?

ベッドメイキング。
ベッドメイキングすると睡眠の質がよくなるそう。朝起きて、ベッドメイキングをしてカーテンを開け朝の光で体のリズムを整える。これも夜気持ちよく眠るための儀式。寝ることに対して貪欲なんです(笑)。

――自分らしさを失わないために意識していることは?

自分以上に自分を理解してくれている人を周りにおく。
主に同僚ですが、親しい人には自分をさらけ出せるので、そういう人たちが周りにいてくれると自分らしくいられるかな。信頼できる人たちの意見なら素直に聞くこともできます。

――落ち込んでしまったときの対処法は?

寝る。
人が落ち込むときって基本は睡眠不足。寝たらだいたい心は明るくなります。落ち込んでるときは自分を休ませるサインだと考えます。

――起業したい人へのアドバイスは?

もっと不安定なところに踏み込んでみてほしい。
たしかに起業するって不安だらけですよね。でも私は不安な状態はとてもラッキーなことだと捉えているんです。それは何かやりたい、一歩踏み出したいともうすでに片方の足を上げている状態だから不安(=不安定)なんです。

 だからもっと不安定にしてあげると次の一歩につながる。もっとチャレンジングな場所に顔を出してみるとか、新しいことにエントリーするとか。その不安を次のステップへの推進力に変えていくんです。

――どんな世の中になってほしい?

すべての人に助産師が寄り添える社会。
老若男女、いろんな人のさまざまなステージで助産師が寄り添うような世の中、未来になってほしいです。

――岸畑さんにとって成功とは?

取り組むべきことがずっとあること。
成功の定義って何だろう、難しい(笑)。私にとっての成功は、逆に成功しないこと。成功=満足というイメージがあって、それとはちがう。満足してしまう人生じゃつまらない、ずっと常にハングリーでいたいんですよね。

 取り組めることがあること、頑張ってる状況が持続できることが、私にとっての幸福度は高いです。

 

独立前と独立後の環境や気持ちの変化をチャートで分析!

 

 ストレスは本来、人にとってはいい状態なんですよね。高ストレス値すぎると幸福度が下がりますが、ストレスがなさすぎてもまた幸福度は低くなるという研究があるんです。つまり一定のストレスをコーピング(=うまく対処しようとすること)することが大切なんですね。

 そういう意味では、独立した今は自己肯定感も高く、ストレスもほどほどにあってまさにベストな状態といえそうです(笑)。

 ただ恋愛が遠ざかってしまったことはマイナス要因(笑)。以前は恋愛体質な一面もあったんですが、起業したらすっかりそんな時間はなくなってしまい…。最近は、「事業もいいけど、恋愛もしなよ!」って周りから言われることが多くなりました。なので、今後はプライベートな時間も上手く捻出できるようバランスを取っていきたいです。