街を歩いていると、不意に耳に入ってくる言葉がある。誰かの会話、カフェのBGM、看板の文字。芸人・鈴木ジェロニモが、日常の中で出会った“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせます。

ライブがあるので新宿に行く。歌舞伎町の手前。西武新宿駅が北口と正面口から伸ばした両腕でがばっと抱えてくれるような、マクドナルドと大久保公園を両端とする誰も治安を意識しない区域。お笑いライブでよく使用するライブハウスがそのあたりに密集していて、そこの一つに向かう。何があってもいいようにと急いだ結果何もなかったので時間が白く空く。
ルノアールに行く。ぎりぎり満席になる手前で入店できて、2人掛けの禁煙席に案内される。衣裳と小道具でぱんぱんの大きいリュックを自分のように座らせてそれと向かい合う。隣の4人掛けの席に4人が座っている。テーブルを花びらのように囲んだ椅子に、花のように4人。意識の隅に見切れる声や色からなんとなく、職業はそれぞれ異なるけれど何かしらで一緒になってそのまま喫茶店に来た女性4人組、と認識する。それぞれが最近の悩みや不満を、あるようでない順番通りに話していく。1人が、おそらく交際相手の仕事への向き合い方について話し始める。もっと熱意を持ってほしい。現実的に言えばもっと稼げるようになってほしい。交際相手を下げるような言い方はどこか諧謔的でもあってそこに愛があることを同席の3人は分かっていそうだったし隣の私も分かったつもりになる。話し出しから高かった熱が水位のように上昇する。
「お店にお客さん来て欲しかったら自分で連絡するしかないじゃん。でもめんどくせーとか言ってやんないの」。えーそれはよくないね。「じゃあ私が代わりにやろうか?とか思うよ。だってお客さんに連絡するだけでしょ、スマホでいつでもできんじゃん」。いやいやまあまあ確かにね。「もうさー」。うんうんうん。
「親指で金作れんなら使えよ」。その人が言う。瞬間、あああーっと3人それぞれ驚嘆する。いやっはっはは。音楽が自分の期待を超えて展開した喜びのような、笑うしかないですね、といった心地よさ。コストの低い業務ですら迅速に行わない交際相手の態度を洗い立てのボールのように殴り飛ばす。聞いている私たちとしてはさすがに交際相手へ申し訳ないと思わなくもないけれど、ここまで振り切ってくれたら相手ももはや気持ちよかろう、と言葉になる前の意識で合意する。ちがう顔をしていること。ちがう服を着ていること。それよりもっと真ん中のところで私たちは透明な綱に凭れ合って迷ったり休んだりしているのだと思った。


【次回更新は5月3日(土)】

プロダクション人力舎所属。R-1グランプリ2023、ABCお笑いグランプリ2024で準決勝進出。第4回・第5回笹井宏之賞、第65回短歌研究新人賞で最終選考。第1回粘菌歌会賞を受賞。YouTubeに投稿した「説明」の動画が注目され、2024年に初著書『水道水の味を説明する』(ナナロク社)を刊行。文芸誌でエッセイ掲載、ラジオ番組ナビゲーター、舞台出演など、多岐にわたり活躍。>>詳細

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芸人・鈴木ジェロニモが、“ちょっと気になる言葉”に耳をすませて、思考を巡らせるエッセイ連載。(毎週土曜 昼12時更新)
2025年4月30日まで全編無料公開 ※以降は一部有料
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「渋谷はね、もう全部ありすぎて、ない。」——駅ですれ違った高校生 |
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