愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば壁があると感じたことはないだろうか。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー力”に焦点を当てた本連載。
後半も引き続き夫婦のズレについて。夫婦は初めからズレているのを前提に、円滑にやっていくにはどうやって対話していくべきか? 臨床心理士・本田りえさんに伺います。
取材・文=吉田彰子
本田りえさん:臨床心理士・公認心理師。武蔵野大学非常勤講師。武蔵野大学心理臨床センター相談員。トラウマケア、被害者学が専門。DV、ハラスメントなど、数多くの夫婦のカウンセリングを行いながら、心のケアに携わる。『モラル・ハラスメントのすべて』(共著)、『モラニゲ』(監修)など
前半では夫婦がぶつかる例として、一方がイライラオーラを出していても相手は気がつかず、結果爆発してしまう件について伺いました。では、具体的にどうやって不満を伝える伝えるべき?
本田さん(以下、敬称略)「頭にきたとしても一旦冷静になって言いたいことを整理しておくこと。『○○の件で話し合いたいから時間がほしい』と伝えて、落ち着いた時に改めて向き合うといいと思います。
タイミングとしては、副交感神経が優位になっている食事中や就寝前は避けて。できれば週末の午後など余裕がある時間帯の中から相手に選んでもらうといいでしょう」
ご作法その1:不満は「私は」を主語にして伝える
相手に伝えたいことがあるとき、心理療法にも取り入れられているアサーション(適切な自己主張)というコミュニケーション方法があるそう。
本田「アサーションとは、相手に配慮しつつ適切な自己主張をするコミュニケーションスキルなのですが、それにはまず、①事実と問題点を客観的にまとめて ②その問題に対する自分の気持ちを伝えます。そして、③具体的に実現可能な提案をしたり要望を伝えます。
そして、『私はこう感じている』『私はこう思っている』と言うように、『私は』という主語を入れて伝えること。『こうされた』のように主語が抜けていると、話のピントがボケてしまうんです。
『あなたがああ言った時、私はこう感じた』のように伝え、もちろん相手の言い分も聞く。あなたがこう考えていることは分かった、では二人の合意点はどこで見つけられるか——そうやって二人の解決策を見つけていきます」
ヒートアップしたまま感情をぶつけるのはNG。「一度出てしまった言葉は、相手を傷つけたりあなたの品格を貶めてしまっても、取り消すことはできません」と本田さん。とはいえ、もちろんその場で言ったほうがいいこともあるそう。
本田「例えば、ゴミの分別が違っていたといったことは、その場で正す方が効果的です。その時に気を付けることは、正してほしい部分だけを言うこと。
『この間もそうだった』『あなたってこういう人だよね』と言われると、とても傷つきます。誰だって『本当にいつもだらしないよね』と言われるよりも、『これ使ったらしまってね』と言われる方がいいですよね」
ご作法その2:普段の会話で指示や不満は3割以下に
仕事や育児に忙しい共働き夫婦の場合、会話は夕食時のみという家庭も多いのでは? 晩ごはんを食べながら、妻や夫についついグチをこぼす風景はどの家庭でもありそうだが——。
本田「1日の夫婦の会話を10としたら、指示や不満、批判や中傷は3割以下を基準にするといいでしょう。直接相手に対するもののみならず、仕事や子どものこと、悪口なども含めて3割以下に。
話したかったことを言い終えたら、「今日どんな日だった?」と相手の話も聞いてみましょう。相手の話に関心を示しながら聞くと、妻や夫が自分の味方なんだ、と思えるようになるんです。話題がないときは、その日のちょっとした出来事でもOKです」
どうしても渦中で困っていること、聞いてほしいことがある場合は、「こんなことで困っていて聞いてほしいんだけど……」と、ひと言前置きがあると良いそう。
ご作法その3:親しき仲にも「ありがとう」のひと言を
家族として暮らしていると、ついつい忘れがちな感謝の言葉。実はこのひと言が夫婦関係にも大きく作用するという。
本田「子育てにも通ずる事ですが、やってほしい行動、増やしてほしい行動については報酬を与えると良いでしょう。報酬、なんて言うと大袈裟に思えますが、心理学では、感謝の言葉や認める、褒めるなども報酬と考えます。報酬があると、人間はまたやろうと思えるんです。相手がしたことや言ったことを増やしてほしいな、と思ったときは感謝のひと言を忘れずに」
してほしい行動に対しては報酬を。ではしてほしくない行動には?
本田「やってほしくないことをした時は反応を薄くすること。うっかり強く反応してしまいがちなのですが、『どうして靴下、裏返しのままなの?』と非難するより、できた時に『靴下ちゃんと表替えしにしてくれたね、ありがとう』と言う方が効果的です」
ご作法その4:ときには間接法を使って相手を褒めてみる
「ありがとう」以外にも、相手を上げる効果的な方法があると言う。
本田「相手を直接褒める以外に、間接法を使うのもおすすめです。例えば、子どもに「お父(母)さんそのスポーツすごい上手! カッコいいんだよ」と言い、相手を褒める言葉を小耳に挟むように伝えるとすごく上がります」
謙遜のつもりで「うちの夫(妻)なんて〜」と下げて言うシーンはよく目にするが、上げることに効果があったとは——。
本田「例えば相手の実家に行った時に、お義父さんお義母さんに夫や妻のいいところを具体的に褒めます。すると『ああいう事を喜んでくれるのか』と、認められた気持ちになってもっと頑張ろうと思えるかもしれません」
逆に子どもに「そんなことしているとお父(母)さんみたいになっちゃうよ」など悪口を吹き込むのはやめた方がいいようだ。
ご作法その5:子どもを通して自分を見ていることを忘れずに
ほかにも、子どもへの態度が夫婦関係に大いに影響することがある。
本田「夫婦の一方が子どもをコテンパンに叱っているとき、もう一方は子どもを自分の一部のように感じて辛くなります。しつこく長時間説教している、もしくは正論を長々と言っているのは、もちろん教育上も良くないし、それを聞いたり見たりしているパートナーも萎えます」
また相手が子どもを叱っている時、早く終わってほしいから付け足すように自分も叱る。これもやめた方がいい、と指摘する。
本田「子どもにとって自分の味方がいなくなる、見放されるような気持ちになってしまうんですね。いずれにしても冷静になって考えられる時に、『この本には叱るのは60秒以内がいいって書いてあるよ』など著名な教育者の言葉を借りたり、自分はどう思った、など伝えると良いと思います」
ご作法その6:家事分担の不満は耳ではなく目を通して伝える
最後に、夫婦関係の悩みで最も多く挙がった家事分担について考える。
本田「家事の分担についての不満は、話し合っても上手くいかないときは、エクセルで家事の一覧表を作るなど視覚的に分かるようにして、具体的に擦り合わせるのが良いと思います。
例えば、お風呂掃除ひとつとっても、浴槽の中、排水溝のゴミ、床、壁、天井、シャンプーの中身を補充するといった具合に、互いの認識を擦り合わせて出来るだけ細かく項目を作って一目瞭然にするとわかりやすいです」
人は耳からの入力情報よりも目からの入力情報の方が入りやすい、と本田さん。
本田「とはいえ、家事分担において完璧な50:50を目指さないのもひとつの解決策。時には(お金はかかりますが)お掃除や家事のプロに頼んだり、実家に子どもをみてもらったりと第三者の手を借りて頑張りすぎないことも、夫婦が対立しないために必要でしょう。
不公平感に関しては、夫(や妻)に直接ぶつけるよりも、境遇の近いママ友やパパ友に聞いてもらう方が共感してもらえてスッキリします。」
相手の居場所、家にちゃんとある?
二人で住み始めた家に子どもが一人産まれ、二人産まれ、そして育っていくと、気がつくと夫の帰りが遅くなっているような夫婦ってよくいるんです、と本田さん。
本田「もちろん年齢とともに仕事の責任が重くなり、なかなか時間通りに帰宅できなくなるってこともありますが、気がつくと夫の居場所がなくなっている家ってあるんです。そうならないためにも、夫がくつろげるスペースが家の中になくなってないか、立ち止まって考えてあげられるといいと思います。
今は仕事に育児に忙しくて『わざわざ言うのもうんざりする』と思うかもしれないですけど、子育てで忙しいのは人生の一時期です。いつか子どもたちは成長し巣立って行きます。今日明日、不満に思うことがあったとしても、強い絆で繋がっている夫婦になれたらいいですね」
共に生活しているうちに忘れがちではあるけれど、そもそも夫婦とは別の生き物。ちょっと伝え方を変えてみる、ちょっと相手の立場を慮ってみるなど、コミュニケーションの変化が夫婦関係の大きな突破口に。次回は、海外ではスタンダードになりつつある「夫婦カウンセリング」について掘り下げます。