愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば壁があると感じたことはないだろうか。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー力”に焦点を当てた本連載。
 今回は「セックスレス」について。日本の夫婦のセックスレス率は5割を超えて、その数は増え続けているのが現状。社会問題とも言える「セックスレス」は、果たして夫婦間だけの問題なのだろうか? セクシャリティ・ジャーナリストの此花わかさんにお話を伺いました。

取材・文=吉田彰子

此花わかさん
セクシャリティ・ジャーナリスト/リレーションシップコンサルタント

American College of Sexologists International(ACS)認定セックス・エデュケーター。更年期など女性に寄り添うフェムテックカンパニー「TRULY」で性とリレーションシップに関するチャットカウンセリングと執筆を行う。セックスポジティブな社会を目指す「セクポジ・マガジン」を発信中。

 

日本のセックスレスは51.9%

――51.9%。これは日本の婚姻関係にあるカップルのセックスレス※1の実態を示した数字である。(2020年一般社団法人日本家族計画協会家族計画研究センター調べ) つまり、2組に1組以上の夫婦がセックスレスであることを物語っている。

※1日本性科学会(1994 年)が定義したセックスレスとは「特殊な事情が認められないにも拘わらずカップルの合意した性交あるいはセクシュアル・コンタクトが1ヶ月以上なく、その後も長期に亘ることが予想される場合」

 今回お話を聞く此花さんは、セックスレスの夫婦の実態を追い、『FRaU』Webで連載『みんなセックスレス』の執筆を担当。セックスレスに悩む多くの男女の話を聞いてきた。その中には、此花さんにアドバイスを求めてくることもあったそう。

此花わかさん(以下敬称略):取材中に「私、どうすればいいんですか?」と泣いて助けを求められたこともあります。どんなふうに声をかけたらいいか分からず、毎回歯がゆい思いをしてきました。そこで色々調べて、セクソロジー(=性科学)を勉強することにしたんです。

――日本では性について学ぶ機関を探そうとしても、なかなか見つからない。日本より性教育が進んでいるアメリカでさえも、セクソロジーの学部が大学レベルであるのは数校のみだそう。

此花:私はカリフォルニアにいる性科学者エイヴァ・カデル博士が主宰する「性とリレーションシップ」のコーチングのスクールで学びました。そこでは、心理学は勉強しているけれどセックスについては勉強していないという心理カウンセラーや精神科医などの医療従事者がいたり、さまざまなバックグラウンドの人が「性とリレーションシップ」について学んでいました。

そもそもセックスレスって悪いこと?

――日本では、約半数以上の夫婦がセックスレスという結果があるが、そもそもこれは悪いことなのだろうか?

此花:セックスレスでも、カップルがそれでお互いに同意しているのであれば、全く問題ないと思います。しかし、どちらか一方が不満を抱えているのに、話し合って歩み寄る努力ができない場合は大問題。それは「性行為が足りない」というよりも、「一方の不満に付きあえていない、つまり信頼関係を築けていない」ことなんです。

※写真はイメージです PhotoAlto/Frederic Cirou/GettyImages

――日本、アメリカ、イギリスでは、1年間に10回未満、これが継続的に続く場合をセックスレスと定義づけている。またアメリカとイギリスは、これに加えて半年間でセックスの回数が0だったときも含まれる。一方、ジェンダー平等やセクシャリティが世界的に進んでいるスウェーデンでは「セックスレス」という言葉すら使われないそう。

此花:スウェーデンの性科学者マーリン・ドレヴスタム氏に取材した際に、「スウェーデンの性科学界ではセックスレスという言葉を使わず、メディアもセックスレスを報じない」と聞きました。なぜなら、スウェーデンの性科学者は、セックスの定義は人それぞれ、と考えているから。

 日本や多くの国では、セックス=挿入から射精、という男性目線のセックス観があると思います。一方スウェーデンでは、髪をなでたり、肩を抱き寄せたりするのも性的コミュニケーションと考える人もいます。「セックスを一つの形や回数でとらえると単なる“行為”としてしか見られず、そこにある“関係”を育むことが欠落してしまう」とドレヴスタム氏は語っています。

夫婦にとって必要な3つの「親密さ」

――性科学の研究が進んでいる国のセックスセラピストは、セックスのハウツーを教えない。主に「親密さ」を深めるカウンセリングやセラピーを行うそう。「親密さ」の重要性は、WHOが規定する"セクシュアリティ(性のあり方)"にも記されているほど。

此花:「親密さ」には、身体的、感情的、精神的の3種類があります。身体的親密には「非性的スキンシップ」と「性的スキンシップ」の2タイプがあり、非性的スキンシップはプライベートゾーン(水着で隠れる部分や顔)以外の髪を触ったり、肩に触れたり、手をつなぐなどのスキンシップを、性的スキンシップは性的行為のことを指します。
 この2タイプのスキンシップのバランスがとれていないと、カップルの片方は“性的モノ化”されているように感じる、もしくは性的に求められていないと不満を抱えます。

――身体的親密の話だけでも、果たして「性的スキンシップ」と「非正的スキンシップ」のバランスがとれている夫婦は日本にどれだけいるだろう。続いて、感情的、精神的親密さについて伺う。

此花:感情的な親密さは、心を開き、感情を素直に表現している関係。そして精神的な親密さとは、宗教的価値観、道徳観、人生観や知性を共有している親密性を指します。これら3種類の親密さが深まらないと、カップルは深い部分でコネクトできません。

――此花さんが話を聞いたセックスレスのカップルのほとんどが、これら3種類の親密さのどれかが欠けているように感じたそう。

此花:セックスレス、つまり、身体的親密さが欠如している場合、ほかの種類の親密さを深めていくことで身体的親密さを取り戻すことができる場合もある、と先述したドレヴスタム氏はおっしゃっていました。

※写真はイメージです AsiaVision/E+/GettyImages
 

性への無理解が夫婦間のコミュニケーション不足につながる

ーー体のつながりの前に心のつながり。意外とこの点を見過ごしている夫婦は多いように感じる。それに加えて、日本ではある概念が希薄だ、と指摘する。

此花:日本のセックスレスのカップルにインタビューをしている中で、「私は不幸せなんですか?」と聞かれたことがあるんです。セックスレスであることが不幸なのか不幸ではないのか、本来は自分がいちばん分かるもの。そこが不明瞭だということは、自分がされて嫌なこと、つまり「境界線」の概念がないことが気になりました。

――「性的にされて嫌なこと」「身体的にされて嫌なこと」「感情的にされて嫌なこと」この3つの「自分がされて嫌なこと」は、どんなに好きな人でも超えて触れさせてはいけない。自分の幸せのために守らないといけない、と力強く続ける。

此花:この境界線について考え、自分のノーが何であるか、それを言語化することで、誰かに性的同意を求められた時に、初めてイエス/ノーが言えます。

 自分が幸せか不幸かも分からない、自分にとってセックスが何かも分からないと、どんな性的ニーズがあるのか、夫婦間で伝えることもできません。「夫婦だからやらなきゃいけないもの」と思って、夫や妻にノーと言えない。そういった背景がセックスレスに繋がっていくのではないでしょうか。

――映画ジャーナリストとしての顔を持つ此花さんは、この「性的同意」の変容について、ディズニー作品を見るととてもわかりやすい、と話す。

此花: 2014年に公開された『アナと雪の女王』で、クリストフがアナにキスするときに、「キスしていいかい?」と尋ねるシーンができてきます。あれがまさに性的同意ですね。性教育が進んでいる国では、相手のプライベートゾーン(水着で隠れる部分と顔)に触るときは、絶対に同意を求めなければならないと教育しています。「性的同意」の描写を、特に子どもむけのコンテンツでは意識的に盛り込んでいますね。

 本人の意思で性的行為をすることに同意したと認める性的同意年齢についても、いろんな国で15歳や17歳などに切り上げています。フィリピンでも3月に12歳から16歳に上がりました。ところが、日本は明治時代に制定されてから未だ13歳のままですよね。個人的には、低すぎると思っています。

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「○○すべき」という有害なジェンダー観

――セックスレスになる背景に、親密さの欠如、他人にどう扱ってもらいたいか、他者との境界線の概念の薄さが挙げられた。その他に、育ってきた環境も大きく起因するそう。

此花:私たちの親世代は、お互いに「パパ、ママ」「お父さん、お母さん」と呼び合っていましたよね。それを見てきた私たち世代は、結婚したら男と女ではなく、お父さんお母さんになるものだ、というジェンダー観を持ちます。

――日本人にとって子どもの前でスキンシップや愛情表現はご法度、という意識が強い。結婚して子どもが生まれたら、「愛し合う者同士」ではなく、「父と母」だけになるものだと刷り込まれてしまう。さらには、家父長制の影響で、夫婦間に上下関係ができている場合も。

此花:加えて、性教育もほとんど受けていないので、AVや恋愛ドラマ、恋愛映画からセックスを学んでいきます。特にAVは関係を育むところの描写がないため、それをセックスだと思ってしまうと、結婚して“お母さん” になった相手に、性的な感情を抱けない男性は少なくないと思うんです。俗に言う「妻だけED」ですね。もちろん、「妻だけED」は加齢、病気、メンタルヘルス、マンネリなどほかにもたくさんの原因があり、ケースバイケースです。

――「夫は、妻は、こうあるべき」というジェンダー規範に囚われて、性的ニーズをお互いオープンに話せないこと。これは女性だけが被害者なのではなく、男性もまた大きな被害者なのだと思う、と此花さん。

此花:男たるもの外で稼ぎ、女は家のことをする。家父長制で植え付けられたジェンダーロールを持っている男性は、「自分が経済的に一家を養わなければいけない」と思っていることが多いです。これって大きなストレスですよね。ほかにも感情や苦悩を妻に見せられない有害な男らしさ、残業文化、親子いっしょに川の字で寝る文化、住宅事情など、さまざまな要因が「セックスレス」につながっているんだと思います。

※写真はイメージです Rawpixel / iStock /GettyImages

――長年のアメリカ生活を経て、日本で子育てをスタートした此花さんは同調圧力が強い「母親らしさ」に驚いたそう。

此花:まず、お弁当のすごさに驚きました! あと、私立の小学校への送り迎えのお母さんの服装。みんな同じ紺色を着ていて、制服なのかな?と思ったほど。家事育児の負担を女性が多く担うのはわりと世界共通ではあることですが、日本のお母さんたちやることが多すぎて特にしんどいな、と。セックスレス以前に、これでは疲れ果ててしまう。

――考えていくと、根が深い「セックスレス」の要因。後半では、性的なこと=エロいと捉える日本のセックス・ネガティブ文化について伺います。