愛し合い、生涯を共にするパートナーとして誓い合いスタートした結婚生活。しかし仕事や家事、育児に追われる中、気がつけば壁があると感じたことはないだろうか。そんな夫婦の危機をどうすれば乗り越えられるのか、“リカバリー力”に焦点を当てた本連載。
 デリケートな問題だからこそ友達ですら相談しづらい「セックスレス」。後半では、性へのタブー視が強い日本社会から効果的なコミュニケーション法など。引き続き、セックス・エデュケーターの此花わかさんにお話伺います。

取材・文=吉田彰子

此花わかさん
セクシャリティ・ジャーナリスト/リレーションシップコンサルタント

American College of Sexologists International(ACS)認定セックス・エデュケーター。更年期など女性の悩みによりそったフェムテックカンパニー「TRULY」で性とパートナーシップにまつわるチャットカウンセリングと執筆を行う。セックスポジティブな社会を目指す「セクポジ・マガジン」を発信中。


フランスでは不倫よりもセックスレスがタブー?

――日本では多くの夫婦が常態化しているセックスレス。その中では、思い悩んでいる人、全く気に留めていない人、さまざまいるだろう。そのセックスレスについて、此花さんが出会った文献で興味深いものがあるという。

此花:フランスの社会学者ジャニーヌ・モシュ=ラヴォの著書『フランスの性生活』(未邦訳)には、フランスでは不倫よりもセックスレスの方がタブーと捉えられていると記されていたんです。不倫バッシングが一大コンテンツとなっている日本と、まるで逆ですよね。

――此花さんはパリへ飛び、現地で事実婚・法律婚をしているカップルに直接話を聞いた。

此花:取材した多くのカップルが、「パートナーがセックスレスを改善しようとしないなら、不倫してもされてもしょうがない」「セックスは人間の幸せに繋がるから、夫婦にセックスは必要。むしろセックスしない方が恥ずかしい」と答えました。

※写真はイメージです Romilly Lockyer/The Image Bank/GettyImages

――不倫に寛容でセックスレスに批判的なフランスと、セックスレスに寛容で不倫に批判的な日本。大きな違いが見受けられる。

此花:日本は不倫バッシングが激しい割に、どこの駅前にも性風俗店はあるし、『たわわ事件』※2のように女子高生を性対象にした広告やアートがたくさんありますよね。このダブルスタンダードにずっと違和感を感じていたんです。

※2日本経済新聞朝刊に掲載されたコミックス「月曜日のたわわ」(講談社)の全面広告に対して、国連女性機関は「男性が未成年の女性を性的に搾取することを奨励するかのような危険もはらむ」と非難した。

夫婦の会話を阻む性へのタブー視

――誰の目にも入るところで性が商品化されている一方で、性についてのタブー視が強い日本。それは性へのある種の嫌悪感やいやらしさを助長させている。あるとき、此花さんが某編集者に「セクシャリティの企画を提案したい」と話したところ、「うちは“エロ”はダメなんです」と言われたこともあるそう。

此花:セクシャリティとは性のあり方を指す言葉の意味なんですが、それを性やセックス=エロと捉える背景には、「セックス・ネガティブ」の考え方があると思うんです。「アラフォーなのにあんな格好して」とか「性暴力をハニートラップと呼ぶ」とか、日本ではあらゆるところに、年齢や性別で抑圧し差別するセックス・ネガティブな考えがありますよね。

 生殖行為だけを教える性教育にも問題があるかと思いますが、性はいやらしいもの、害のあるもの、のように知らずうちに植え付けられている人が多いのではないでしょうか。だからこそ、夫婦でセックスについてお互いの意見を交わすことも、憚られてしまうのかな、と。

――此花さんが取材した夫婦の中には、妻の「セックスレスを解消したい」という言葉に、怒り出す夫もいたという。

此花:妻からセックスについての不満をぶつけられて、自分の男性性が否定されたと感じて怒り出す夫。また、セックスはいやらしいものというネガティブな刷り込みから、妻に性欲があることを受け入れられない夫もいました。

※写真はイメージですyamasan/iStock/GettyImages


「セックスしたい」はNG。伝えるべきことは、素直な気持ち。

――では、どうやって性的ニーズをパートナーに伝えればいいのだろうか?

此花:前半でお話した性科学者のマーリン・ドレヴスタム氏に取材した際に、「セックスしたい」と伝えるのではなく「セックスによって何を求めているのか」を伝えないとパートナーはセックスの重要性を理解しない、と聞きました。
 「寂しいからもっとあなたとの絆を感じたい」「もっと性の喜びを感じたい」のように、自分が本当に求めていることを伝える必要があるそうです。

 同時に、前半でお話した3種類の親密さを深めるように、カップルはお互いの中身でコミュニケーションをとるように心がけて、一緒に泣いたり笑ったりする感情や、過去や未来への思いを共有することが必要なんです。

――素直な自分の気持ちを伝えること、そして気持ちや思いを共有すること。それはセックスレス以前に、夫婦の土台を作る作業である。
 

セックスレスの解消、まずは会話から

ーー一方、きちんと言語化せずに相手に分かってもらおうと思ったり、遠回しに匂わせたりするのは逆効果。相手を思いやりながら、自分の意見・気持ち・欲求をオープンに表現する「アサーティブ・コミュニケーション」が必要、と此花さん。

此花:例えば「先週、手をつないで一緒に散歩したとき、私はすごく嬉しかった。でもね、いまあなたにセックスを断られて、私はかなり傷ついたんだ。心の込もったセックスすることによって、私は愛されていると実感できるし、もっと一緒に幸せを感じたい。子どもが家にいることが気になるなら、どうやったら2人だけの時間を作れるかを話し合いたい。あなたはどう思う?」

 このように、①相手からしてもらったことに感謝し、その後②「私の気持ち」を正直に伝えて解決策を提案し、③最後に相手のフィードバックを求める。これがアサーティブで建設的なコミュニケーションです。
 このときに、「私は嫌だった」「私は傷ついた」と、「私」を主語にすること。そして「あなたはどう思う?」と最後に聞くことで、相手は尊重された気分がします。

※写真はイメージです Rossella De Berti /E+/GettyImages

ーーこのようなコミュニケーションは、まずは毎日実践することで上手になる、と此花さん。日頃からとにかくパートナーと話すことが最も必要だ。

此花:ただし、自分だけがよいコミュニケーションをとってもパートナーからコミュニケーションが返ってこないと、セックスレスは解消できません。だから本当に難しいですよね……。
 

愛や性欲でセックスは語れない

――夫婦がセックスレスになる社会的背景や環境、思想についてはうなずくことばかり。とはいえ、「三大欲求」のひとつと呼ばれている性欲はそんなに簡単になくなってしまうものなのだろうか?

此花:アメリカで性科学を教えるエミリー・ナゴスキ博士は、性欲は三大生理欲求ではないと説いています。なぜなら、食欲と睡眠欲はないと死んでしまいますが、セックスはなくても生きていけるから。性欲は、食欲や睡眠欲よりはるかに複雑なもの。特に、性欲を司るホルモン「テストステロン」が男性の10分の1と言われている女性の性欲は、もっと複雑なんです。

――今まで「セックスをしたくないと思う」原因は、性欲、愛情、身体的機能が大きく関与していると思われてきたが、彼女の著書『COME AS YOU A RE』ではそれを覆す研究結果を発表したそう。

此花:20年以上の研究結果から、性欲には2つの力があって、セックスのアクセル(性欲を加速する要素)と、セックスのブレーキ(性欲を抑制する要素)がある、とナゴスキ博士は説いています。自分のアクセルとブレーキの要素を知ることでバランスを保っていけば、幸せなセックスライフを送れるのではないかというのが彼女の理論です。

 特に女性に多いのが、「性欲を感じないから女としてダメ」「オーガズムを感じないから女性性が傷ついているのではないか」という意見。そんなふうに考えるのではなく、要は「自分が何から性的興奮を感じて、どんな要因が自分の興奮をストップするのか」を知っておくことが重要ということなんです。

――アクセルのスイッチは人によって匂いだったりスキンシップだったり。ブレーキは音が気になる住環境だったり自分の裸が嫌いなどの心理的要素だったりさまざま。それこそ、今までの経験が反映されている、と言う。

此花:言い換えれば、セックスレスに愛や性欲は関係ないという理論。相手や自分の性的興奮スイッチが入らないからと言って、「愛情が足りていないからだ」とか「自分に魅力がないからだ」と思う必要はないんです。ただアクセルとブレーキ、そのバランスの取り方を知らないだけ。

※写真はイメージです irinamunteanu/RooM/GettyImages

――自分自身のアクセルとブレーキを探究するには、これまで好きだったセックスと嫌だったセックスの背景をひとつひとつ探ることが必要、と此花さん。

此花:どんな部屋で、どんなベッド、どんな灯りだったのか。セックス前に何をしたのか。何を食べたのか。何をして・されて、好きだったのか・嫌だったのか。どんな言葉を言われて好きだったのか・嫌いだったのか。

 また、自分の体のどこをどう触られたら喜びを感じるかを知るために、日頃からセルフプレジャーを実践するのも大切。ネガティブなボディイメージはセックスのブレーキとなるので、自分の体をくまなく触って好きなところをたくさん見つけるのが、本来のセルフプレジャーという意味なんです。

――セックスレスは二人で向き合うテーマではあるけれど、話を聞いていくと「根本的に自分を知る」ことに行き着く。

此花:まずは自分を愛する、自分のアイデンティティを確立しないと相手も尊重できないと思うんです。「セルフラブ」ですね。誰だって承認欲求は持っているけど、自分の幸せすべてをパートナーに求めすぎないこと。
 承認欲求は仕事でも友達でも趣味でも、いろんな場所に分散しておく。これが健康的なパートナーシップへの第一歩なのではないでしょうか。

ーー包括的性教育の欠如や夫婦間のコミュニケーション不足など、さまざまな課題も背後に隠れている日本のセックスレス問題。次回は、夫婦間に大きなダメージを残す「不倫」について掘り下げます。