ここ数年、メディアでたくさん目にするようになった自己肯定感という言葉。ここまで4回にわたり、自己肯定感が低くしんどい日々から回復を果たした2人のエピソードを取り上げました。今回は、そもそも自己肯定感とは? なぜ下がってしまうのか?心理学的な背景を心理カウンセラーであるきいさんに解説していただきました。
文=松倉和華子
武蔵野美術大学を卒業。統合失調症、適応障害の経験から認知療法やアドラー心理学などを独自に学び、抑うつ状態を改善。インスタグラムで発信する心理学の考え方や役に立つ知識が好評を博している。著書に『しんどい心にさようなら 生きやすくなる55の考え方』(KADOKAWA)、『「私は自分が好き」と言うことから始めよう』(大和出版)がある。
自己肯定感とは、どんな自分でも認め、受け入れている感覚
エディター澤田:改めて、自己肯定感って何でしょうか?
きいさん(以下、きい):文字通り「自己を肯定している感覚」であり、「あらゆる自分を認めている感覚」のことです。その逆が自己否定感となり、自分の一部や全部を拒絶したり、否定したり、自分が自分で大丈夫だと思えないことです。
エディター澤田:やはり自己肯定感は高いほうがいいんですか?
きい:自己肯定感の低さによってトラブルや苦しさは多くなりますが、スキルや知識のように「どんどん身につけて、上げていこう!」というものでもありません。自己肯定感は、「自分が自分のままでいい」と思える心の土台。だから足して行くと言うより、余計なものや考えすぎていた事柄を引き算していって、本来の自分に戻ろうということ。私は“回復させる”という言い方をします。
エディター澤田:自己肯定感が低いという自覚がない人もいると思うのですが、“自己肯定感が低い人”にはどんな特徴がありますか?
きい:人によって様々ですが、下記の要素が当てはまる人は自己肯定感が低い傾向があります。
□他者と自分を比べて「人として」の劣等感や、優越感を感じる。
□いつも人の目が気になり、自分主体で行動できない。
□「人が“本当の自分”を知ったらきっと嫌いになるだろう」と思う。
□自ら「~したい」と言うのはわがままだと思う。
□「他の人は耐えているのに自分は弱い人間だ」と思う。
□人からの評価=自分の評価である。
□本当は行きたくない誘いでも断れない。
□他者に頼れずなんでも「自分がやらなければ」と思うし、人に簡単に頼る人に苛立つ。
□頻繁にあちこちで謝っている。
□一緒にいる相手が楽しそうでないと“自分のせいだ”と思う。
□いつも反省会をして自分にダメ出しばかりしてしまう。
□褒められても、その言葉を素直に受け取れない。
幼少期の環境や社会状況、SNSなどによっても自己肯定感は下がる
エディター澤田:私も当てはまるところがあります。
きい:「自己肯定感」と「自信」が混同されやすいのですが、なにかに自信があっても自己肯定感は低い場合もあります。
例えば学生時代にリーダーや部活の部長をしていた人が、卒業してその肩書きがなくなると自己肯定感も一緒に失われてしまったり。それは自分のその部分にだけは自信があったけど、それがなくなったら「自分には価値がない」と思ってしまっているのと同じなのです。
他にも成績がいいから、職場で評価されているから、人より見た目がいいから、結婚しているから、誰かが褒めてくれるから、だから自信があって自分が好きというような他人軸での自己評価は、裏を返せば「それがなくなったら自分は無価値」という自己否定感と紙一重のような状態です。
エディター澤田:なるほど。じゃあなぜ自己肯定感が低くなるんでしょうか?
きい:非常に分かりやすい例を挙げるとすれば、下記です。
・親が乱暴・無関心・兄弟と比べる・完璧主義な傾向にあった。
・親が自分の行動をしきりに管理、指摘、心配して、手出し口出ししていた。
・学校や部活、習い事、職場などで上下関係が厳しかった。
・先輩や上司、恋人などから辛く当たられたり、否定され続ける体験をしたことがある。
・仲間はずれや悪口の標的など、いじめられたことがある。
日常的に我慢したり、自分の感情や価値観、存在自体を否定される環境にいると、「そのままの自分」を認めてもらえなかった心の傷から自己肯定感が下がりやすくなります。
エディター澤田:私はどれも当てはまらない気がするんですが…。
きい:はい。じつは自己肯定感って、「習慣の結果」なんです。考え方や行動、言葉選びの習慣といった日々の積み重ねが作用する。なので、際立った理由がなくても、誰でも下がることはあります。
たとえば、子どもの時から人情深く誰かのために尽くすのが苦にならないという子、優しさから自分以外の人間を喜ばせることに一生懸命になる人、向上心が旺盛で誰よりも上手くできることを目指す人、など。それが自己否定に結びついてしまうと、自己肯定感を下げる要因になります。
エディター澤田:もともとの性格も関係するんですね。
きい:そもそもなぜ自己肯定できず、自己否定してしまうかというと、生存本能なんですよね。大昔、人間は集団から外れたら死んでしまうという環境にいたので、嫌われたらダメ、孤独になってはいけない、という所属欲求が備わっている。そのため「普通はこうあるべき」とか「人のために」という他人軸、世間軸を持ちます。
ただ、それに偏りすぎてしまうと、本来の自分を見失ってしまいます。ほかにも、「女性は結婚して子供を持つべき」とか「男は仕事をして一家の大黒柱になるべき」「我慢は美徳」といったその時々の社会がよしとする価値観やテレビ・雑誌などで発信される情報なども、「当てはまらないから自分はダメだ」「自分は普通ではない=おかしい」と自己肯定感を下げる原因になるんです。
エディター澤田:今はSNSがあって、社会の価値観が見えやすくなっていますもんね。
きい:そうですね。SNSを通して、他者の状況や価値観、持っているものや足りない部分が情報として入ってくる。日常的にそれらを見て人と比べて、優越感や劣等感を感じやすい時代だと言えます。
自己肯定感が低いと「心がしんどい」状態に
エディター澤田:自己肯定感が低いとどうなるんでしょうか?
きい:一言で言うと心がしんどくなります。自分の気持ちがわからない。他者に対して劣等感があるので言いたいことも言えず、弱気になってやりたいことがあっても「結果を出せなかったらどうしよう」「失敗したら馬鹿にされるかも」と思って挑戦できない。
不満を抱えて自分にも他人にも「ない」ところばかり目につき、イライラしたり不安になったりする。最終的には生きている心地がしなくなってしまう。
エディター澤田:聞いただけでもしんどいです。自己肯定感を回復させて、生まれ変わりたいです!
きい:生まれ変わりたいと思いますよね!でも、自己肯定感を回復させるというのは別の自分に生まれ変わるということではなく、本来の自分に戻る感覚です。「自然体で大丈夫、今の自分でもOK」と自分自身が思えること。
自己肯定感が下がる根幹には「素晴らしい人になりたい」、「誰かを喜ばせたい」、「親や他者から好感をもたれて愛されたい」、「みんなと仲間でいたい」というポジティブな気持ちがあります。
それは人間の本能であり、そう思うこと自体は悪くないですよね。前向きに行動できれはいいはずなんです。だからそんな気持ちを否定して押し込めるのではなく、そう思う自分を労い、共感することからはじめましょう。
エディター澤田:なるほど。ぜひその方法を教えてください!