超毒舌のキャリアアドバイザー・来栖嵐(成田凌)とその部下・未谷千晴(小芝風花)——名コンビを生んだドラマ「転職の魔王様」(カンテレ・フジテレビ系、月曜午後10時)。
転職希望者の甘さや自己中心性を叩きのめしながらも必ず転職を成功させていく業界 “爽快” 物語は最終回を迎え、成田の名言「夢を諦めろとは言いません。ただ、夢の形は変わることもある」がSNSでも大きな共感を呼んだ。
そんな名言を生んだ原作は、松本清張賞作家としても知られる額賀澪さんの同タイトル小説(PHP研究所)。シンクロナスで “小説を「書き上げる力」が身につく講義” 「拝啓、小説を書いてみませんか」を配信し、具体的で実践的な小説を書く力が身につくとこちらも話題だ。
果たしてドラマと小説で言葉にはどんな違いが生まれるのか? 「転職の魔王様」がドラマ化するまでの裏話とともに、その差について額賀さんに聞いた。
はじめにタイトルありき
タイトル案は三つありました。「転職ガール」と「転職の女王」と「転職の魔王様」。
ガールは同じようなタイトルの作品が多すぎるし、女王は言葉として強いかもしれないけれど広がる物語が限定的な感じがしました。
最後に残ったのが、いちばんワケのわからない魔王様。これでいこう、となったのですが、実は担当の編集スタッフは社内用の企画書をすでに「女王」でつくって進めていたらしい(笑)。
「転職の魔王様」というタイトルを家に持ち帰って一人で揉んでいると、意外に明解に、転職希望者のハートを無愛想に辛辣にばっさばっさと切り捨てていくのだけれどもちゃんと最後までサポートする、という来栖嵐の人物像が出てきました。
業界エンタメ小説はタイトル=コンセプトです。2022年に出した『弊社は買収されました!』(実業之日本社)も同様なのですが、タイトルがしっかり決まると内容もしっかりすると思いますね。
小説が映像化されたときの凄み
『転職の魔王様』は、連ドラの文脈で小説は書けないものだろうかと考えて書いた作品です。実験としてはおもしろいことができたな、と思っていて、結果としてドラマ化されることになってくれました。でも、絶対に映像化だ、とまでは思っていなくて、運がよかったんですね。
映像になるとこういう凄みが出るんだな、と思ったのはセリフの強さです。もちろん読者を刺すつもりで書いてはいたセリフが、映像になると破壊力を増す。生身の役者さんが言うと殺傷力を増すわけです。
小説の担当編集者に、「あれはあんなにつらいセリフだったんですね」と言われて、「しょせん小説は字ですからね」と元も子もない答え(笑)を返してしまったほど、しみじみと感じました。
確かに、登場する人物のほとんどは私がつくったものです。『転職の魔王様』は、この人はこういう人物だと私なりに理解している、私の頭の中で生きている人々の物語だったわけです。それが、役者さんが演じてくださり、顔がつき声がつきというふうに肉体が与えられて初めてこの登場人物はこういう人なんだなと気がつく、というのもとても不思議でした。
第3話の「来栖、笑顔作る営業マンの “仮面” に迫る」を観終わった時、ダメージを受けてしまってクッションを抱きかかえて2時間ほどベッドに横になっていた、ということがありました。私が書いた話なのにどうしてここまで「くらって」しまうのだろう、と思いましたね。
最終話までこんなことが続くのかと思うと楽しみで仕方なくなりました。くらってしまって血を流しているのだけれども面白くて観てしまう、そういうドラマだと思います。
ひたすら好きな魔王様・来栖への襲撃シーン
私は、第1話の冒頭の魔王様が襲撃されるシーンがひたすら好きです。私の小説では絶対に起こらないことですが、あのシーンを観て、「私の小説で、襲撃って、できたんだ」と思いました。
印象が変わったなというセリフもいくつかあります。例えば来栖が「あなたの人生、このままでいいんですか?」というセリフを毎回言うのですが、小説ではそこまで頻度高く使われていたセリフではなく、豪速球でストライクをとるつもりのキラーフレーズとして書いたつもりもなかったんです。それが強い決めゼリフになっていてドラマの中で生きているのはおもしろいなと思いましたね。
ドラマオリジナルのキャストも大勢出てきます。転職はどうしてもシリアスになりがちな題材ですから観る側に一息つかせなければいけない瞬間が必要で、その役目をドラマオリジナルの人物が担っている。これは私の小説ではできないことだな、と思いました。
連ドラの文脈で書いた作品でしたが、ドラマをつくる本職の人たちから見ればここが足りないからこうなっているんだな、というのが分かります。赤ペン先生に添削してもらっているようで、たいへん勉強になりましたね。
ドラマの来栖嵐は、実は小説からけっこう外れている部分があります。小説の来栖は、「人生を断捨離したら仕事しか残らず、仕事しかない殺風景な部屋を気に入って生きている男」です。
ドラマの来栖は人生を断捨離しきっていなくて小説の来栖よりも内面が豊かです。成田凌さんが演じているからだと思いますが、ドラマの来栖は不思議に人間味があって愛嬌があります。
それでも私には別人には見えずに同じ人間に見えるのは、どちらの来栖も善良だからです。来栖嵐は、私がこれまで書いてきた小説の中でいちばん善良な人物です。
紫陽花は、植わっている土が酸性だと青、アルカリ性だとピンクの花を咲かせます。土壌の違いで花の色が変わる。善良という株は一緒で、小説とドラマというふうに土壌が違うから、違う色の来栖が咲いているわけです。