岡崎慎司、長谷部誠……ヨーロッパで長きに渡り活躍を続けた元日本代表戦士は、そのままヨーロッパで「指導者」を目指すことを決めた。

 その背景にはアジアと欧州で指導者ライセンスの互換性がないことがある。選手時代と同じようにヨーロッパを舞台に監督として戦いたければ「UEFA」の指導者ライセンスを取らなければならないからだ。

 岡崎慎司は、設定したゴールに向けてどのような道筋を描くのか。そして日本と欧州の指導者の違いとは。

 話題となった対談動画『【岡崎慎司×モラス雅輝】日本人指導者に「資格」の壁。なぜ欧州はS級ライセンスを認めないのか?』の一部を紹介する後編。 

(文・佐藤主祥)

岡崎が指導者としてのキャリアをドイツでスタート

 UEFAはアジア、北米、アフリカ、オセアニアの「S級」の互換性を認めておらず、欧州で指導したいのであれば欧州で指導者資格を取るように主張している。

 例えば岡崎自身がUEFAライセンスを取得しようとするとどんな選択肢が考えられるのか。

モラス雅輝「UEFAが導入した指導者ライセンスの現場に行っこともあるのですが、その関係者が言うには『指導者としては一番下のカテゴリーから取るべきだ』というスタンスが前提としてあると思います。

 ただ、選手時代にブンデスリーガでこれだけ結果を残したとか、W杯に出場した実績があったりすれば、一番下からじゃなくても多少上のカテゴリーからライセンスを取れる権利はあります。

 実際にそうしている元選手の指導者もいますから。

 とはいえ、1990年W杯イタリア大会で西ドイツ代表が優勝して、その時のほとんどのメンバーが比較的、簡単にプロライセンスを取れたような時代では、もうない。

 どちらにせよ「S級」を取得するためのハードルは高いです。「A級」を取るのにも論文を書いたりと、いろんなことをしなければならないので。

 本当に欧州のトップリーグで監督を目指すならば、欧州でひとつずつライセンスを取るべきではあります。

 ですが、その前にいろんな現場を知っておくことも重要だと思うので、監督という職の大切さや責任の重さを考えると、8年でも9年でも、他の大陸だったり別のカテゴリーで経験を積んでから挑戦しても遅くはないですし、全然マイナスではないと、僕は思います」

岡崎慎司「僕もその流れを想像していました。ライセンスを取れるかどうかというより、キャリアをどう積んでいくか。

 ライセンスを取得するならイングランドになるとは思うんですけど、僕はドイツにクラブを持っているので、そこで指導者としてのキャリアをスタートすることができる。プランとしては出来上がっているんです(編集部注:この後、実際にドイツ6部のバサラマインツで指揮を執ることが発表された)」

 岡崎氏はマインツ時代の2014年、同クラブの下部組織のコーチを務めていた滝川二高時代の先輩である山下喬氏とともにFCバサラ·マインツを創設。

 ドイツ11部からのスタートだったが、山下氏が会長としてクラブ経営と監督を兼任し、5年連続で昇格。2019年にはドイツ6部にまで導いた。

【動画▶ 山下喬×岡崎慎司】『在独19年の指導者語る、欧州を目指すとき身につけるべき「技術と意識」』

 そして今年の6月17日、バサラ·マインツは新監督に岡崎氏を招へいしたことを発表。自身が立ち上げたクラブの指揮官として、新たなキャリアをスタートさせた。

岡崎慎司「現役時代はFWというポジション柄、周りに何かを伝える、ということはあまり重要視していませんでした。

 でも監督になったら、伝えることの重要性であったり、何が必要なのかが多分わかってくるんだと思うんです。選手のとき、ゴール前にがむしゃらに飛び込みながら、イチからサッカーを学んでいたように、地道にクラブを育成していけたらと。

 それによって育った選手たちが欧州のレベルの高いクラブに移籍して、うわさが広がったりすれば、評価によっては5部や4部リーグから呼ばれることもありえない話ではない。

 そのマーケットに乗ることが大事だと思うので、評価の対象になる場所に居続けることが自分の野心でもあるんです。僕は語学がひどいので(笑)、ライセンス取得は諦めていたんですけど、可能性はあると思うので、選手時代同様、現場にいることを心がけていきたいと思っています」

指導者として大切なのは「異文化適応能力」を磨くこと

 岡崎だけでなく、元日本代表キャプテンの長谷部誠も、レギオナルリーガ(ドイツ4部)に所属するフランクフルトU-21のアシスタントコーチに就任することが発表された。

 海外での日本人指導者が増えてきているが、実際のところ、日本と欧州の指導者の違いはどこにあるのだろうか。

モラス雅輝「もちろん人によって全然違うと思いますし、欧州の中でもすごく差はあるので、ひとくくりに言えないところはあります。

 その中で僕自身、指導経験のあるオーストリアやドイツでいうと、それぞれの環境でずっと経験を積んでライセンスを取った外国人指導者というのは、『この国の社会の一員である』ことを認識して、教育的アプローチや選手とのコミュニケーションのやり方を学んでいるんです。

 なにが言いたいかというと、シンプルに言葉の問題だけではなく、その国のバックグラウンドを考えた上で指導者として向き合えるかが重要だということです。日本で指導者として実績を積んでも、その経験やスキルがそのまま欧州で通じるかといったらそうではないわけですよ。その逆も然りです。

 生まれ育った国と指導をしている国の違いを把握して、それぞれの文化に適応していく能力こそ、海外で監督やコーチになる上で一番大切なことなのではないかと。

 ただ、それに至るまでの環境の違いを考えると、欧州と比べて日本は外国人の割合が全体的に少ないことが懸念点として挙げられます。

 というのは、欧州の場合はたとえ「D級」ライセンスの指導者でも、世界各国から若い選手が集まるので、おそらく何十カ国の人と仕事をした経験がある人が多い。

 一方の日本は、例えばU-15やU-18の代表監督をするような人でも、基本的に育成の対象は日本人だけなので、国際感覚を養うことができません。その経験値の差というのが、日本と欧州で育った指導者の大きな違いだと思うんです」

岡崎慎司「Jリーグの外国人監督も、いかに日本の選手たちの特徴を理解できているかどうかで結果は変わってきますよね。

 外国人選手においても、結果を出せる人は日本の独特な文化にアジャストして、日本人監督や選手とうまくコミュニケーションが取れていますし」

モラス雅輝「その現場でいろんな経験を積むこと。そこから少しずつでも対応していきながら、いかにチームや環境に溶け込んでいけるか。異国の地で指導していく上で一番重要なことだと思いますね」

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