Dean Mouhtaropoulos / スタッフ

 後半26分、日本代表の、スタジアムの空気が変わった。

 0対1のビハインド、日本代表は森保監督の積極的な采配で攻撃に出ていた。遠藤航は、ドイツが保持しようとしたボールに猛然と突っ込みボールを奪うと、そのまま三人をかわし、流れてしまったボールをスライディングで再び奪い返す――最終的にはファールをもらい日本ボールとした。

 その間、14秒。

 前半には鳴りを潜めていた代名詞「デュエル」が、試合の流れを変えた。

 その後、2得点を決めて強豪・ドイツ代表に逆転勝利を収めた森保ジャパン。不動の中心選手としてチームを支えてきた遠藤航の「ドイツ戦」に迫る。

長友佑都が語った「こんな選手これまでにいない」

 おそらく、遠藤航が日本代表にとって欠かせない存在となった瞬間は、2020年11月13日のパナマ戦だった。オーストリアへ遠征をした日本代表はパナマのほかにメキシコとの親善試合を戦っている。

 このシリーズ、日本は苦戦した。

 地力に勝ると言われていたパナマ相手に、得点はおろか攻め込まれ続け、前半を0対0で終えたものの、一見すればどちらが格上かわからない試合だった。

 そして日本代表は後半開始と同時に遠藤をピッチに送る。試合後、森保監督は「予定通りの投入」と話したが、その遠藤は、見事に試合を一転させて見せた。

 ディフェンスラインの前にポジションを取り、内側でボールを要求する南野拓実、久保建英にシンプルにボールをつける。中盤にタメができたことで両ウィングバックの長友佑都、室屋成が高い位置を取り、ゴールを狙った(この試合、日本代表は3バックで戦っていた)。

 最終的に1対0で勝利した日本代表の決勝点は遠藤からの縦パスが起点になっている。その決勝点を挙げた南野は試合後、「遠藤選手がしっかりビルドアップでボールを付けて頼もしいプレーをしてくれた」と語った。

 この頃から、遠藤航は日本代表においてそのポジションを確固たるものにしていく。そして、パナマ戦から約2年を数えたこの日、初めてのワールドカップのピッチに立った。

 現在の森保ジャパンにおいて「遠藤不在」のチームは想像できない。――失礼を承知で言えば、4年前、ロシアワールドカップ後にこんな日が来ることは、もっと想像できなかった。

 4大会目に臨む同じく日本代表の長友佑都が遠藤についてこう語ったことがある。

「(4年間で)これだけの成長を見せる選手ってなかなかいないよね、……いや、いままでもいないんじゃない? それくらいすごい」

初めて言った「ドイツ戦にかけている」

 そんな遠藤航は、このドイツ戦にかけていた。

 ふだんは飄々としていて、あまり喜怒哀楽を見せることがない(このところ、ピッチの中ではそれが変わりつつあるが)。

 どんな試合でも同じようにピッチで戦い続ける姿勢を見せるだけ。勝利を目指すために「最適解」を探すだけ。

 家では29歳にして4人の父親で「寝かしつけやお風呂を入れるのはぼくの仕事」と語る、優しい父親でもある。

 代名詞である1対1の強さ――「デュエル王」とはかけ離れた素顔を持つ、そんな遠藤がこのカタールワールドカップについては、意気込みが違った。

 先に断っておくとこれはあくまで筆者の見立てで、遠藤自身は「いつもどおりっすよ」と答えるかもしれない。

 では、なぜそう感じたか。

 例えば、中村俊輔と対談したとき。憧れの人物に「ワールドカップ、どう戦おうと思っている?」と問われ、少し考えこんだのちに答えた。

「ドイツ戦はすごい楽しみなんで、とにかくまずもう本当にそこに100%、全力を注ぎこみたいというのがあって。あんまり後のことは考えられないかな、というのが正直あって……」

 遠藤は試合に優劣をつけないタイプだ。

 昨シーズン、キャプテンを務めたブンデスリーガ・シュツットガルトで1部残留、「名門の降格」がかかった重圧のかかる試合で劇的な決勝ゴールを決め、一躍ドイツにその名を知らしめたが、「試合に臨む気持ちは変わらなかった」と言った。

 そこには、どんな試合でも100%を出し尽くす、という信念がある。格下のチームだろうと、格上だろうととにかく戦う、走る。

 加えて、ピッチに入れば100%を尽くす一方で、シーズン全体や「その先」を見られるタイプでもある。先の残留を決めた試合前、遠藤はこう言っている。

「最悪、(昇降格の)プレーオフに勝てばいいので。ここで(負けたら)終わりみたいな感覚はないです。そこまで考えちゃうと、いつものプレーもできなくなる」

 はたまた苦戦を強いられたアジア最終予選でも「残りの試合、全部勝てばいい。(危機感はあるけど)。最終的に2位までに入っていればいいので」と語っている。

 どんな試合でも全力で。でも、先のスケジュールをにらみながらプレーができる。

 そんな遠藤が、ドイツ戦ばかりは「100%で、先のことはあまり考えられない」と言った。珍しいし、かなりの覚悟だな、とその言葉を聞いて思っていた。

 4年前、ベンチから眺め続けた悔しさもあったはずだ。遠藤自身、それを繰り返しメディアの前でも語っている。

 けれど、実際のところ遠藤がこの試合にかけていたのは、自分自身と、日本人選手の未来への可能性の「証明」だった。

 先ごろ発売された著書『DUEL 世界で勝つために「最適解」を探し続けろ』には、一貫して「世界で日本人選手が勝つ可能性がある方法とは」という視点が貫かれている。

 代名詞であるデュエルしかり。

「日本人は世界で1対1で勝てない」

 そういう常識的なことを疑って4年前に海外へ渡り、トレーニングに落とし込む。ブンデスリーガではそれを証明できたが(二シーズン連続で1対1の勝利数1位を記録)、まだまだ「できない」と思っている日本人は多い。

 事実、このドイツ戦に勝てると思っていた日本人は多くなかった。

 だから遠藤は、自身が4年間で示してきたことが、本当に世界で通用するのか「証明」しようとしていた。

 『DUEL』にはこんな一節がある。

  (中村)俊輔さんが話されていたとおり、戦術とは「戦う術」だと思います。それは、「戦う姿勢」をベースに選択肢を持つことです。
 選択肢は監督や選手で作りあげたプランや、出場する選手の個性によって変わるプランなどさまざまに存在します。
 ここに、システムによる変化を加えることができれば、もっともっと強くなれる。
 そうした部分は、もっとその議論をしていくことで、日本に浸透していくのではないかと思います。
 世界のサッカーはすごいと思うところがたくさんあります。
 でも、日本のサッカーもいいところがいっぱいあります。
 まずはカタールでそれを証明していきたいと思います。 (『DUEL』より)

W杯直前のアクシデント

 意気込んでいたところに、予想だにしないアクシデントが訪れる。

 ワールドカップ開幕前の試合で、ピッチで意識を失った。「重度の脳震とう」。ドイツ戦の出場はおろかワールドカップへ帯同できるかもわからなかった。

「どうなるかわからない」

 回復プロトコルの中で、そう言った遠藤の心中を思い、取材をしながら「そういう運命なのか?」と何かを呪いたい気持ちになったこともある。スタメンに名前を連ねているのをみたとき、「無理をしないでほしい」とすら思った。

 だから美談にはできない。決して、無理はしないでほしい。その思いは消えないし、何よりワールドカップはまだ初戦が終わったばかりで、まだなんの結果も手にはしていない。

 それでも、ドイツ戦の、特に後半の遠藤のプレーは圧巻だった。冒頭後半26分のプレーはその象徴だ。

 だから、せめて書いておきたい。この歴史的勝利は、ただの勝利ではない。日本サッカーの未来の可能性を「証明」した試合でもあったはずだ。

 確実に「新しい景色を2022」のヒントが見え始めている。

遠藤航・著

「日本人らしさ」を覆し、世界を驚かせた男。
――強い日本人選手、誕生の裏側。

【内容】
4年前試合に出ることができずロシアW杯を去った男は、たった4年間で日本代表に欠かせないドイツでNO.1の男へと成長を遂げた。そこにあった秘密とは?「日本人はフィジカルで世界に勝てない」「ドイツ語を話せない日本人が主将を?」…常識を次々と覆した遠藤航がはじめて明かす日本が世界で勝つ思考のヒント。