「常にリストに入っていた」。

 リバプールの指揮官ユルゲン・クロップは遠藤航の電撃加入についてそう語った。決してリップサービスではない。誰も知らない、遠藤とクロップの邂逅秘話——。

 今から3年前の8月23日。

 ブンデスリーガの古豪・シュツットガルトはオーストリアでトレーニングキャンプを張っていた。

 前シーズン、2部降格の屈辱を味わうも1年で1部に返り咲いた。

 2年ぶりのブンデスリーガでの躍進を目指す大事な準備期間。

 チームの命運を握るのは、1年前の2019年8月13日にベルギーリーグ・シント=トロイデンからやってきた遠藤航だった。

 遠藤がベルギーからドイツへと渡ったとき、彼が古豪復活のキーマンになることを予想した人は多くなかったはずだ。

 26歳でのレンタル移籍。実際、移籍して約3カ月、2部で戦うチームのなかで遠藤の序列は最も低い部類だった。

 試合にまったく出られない。

 加えて「1年で1部昇格」を目指すチームの調子もいまいちだった。

 ハイプレスをベースとした攻撃的なサッカーを志向する中で、プレスをかいくぐられるととたんに脆さを見せる――「1年で1部昇格」へ後がなくなったシュツットガルトが白羽の矢を立てたのが、ベンチに座っていた遠藤航だった。

 背景にはドイツ代表として長年得点を量産してきたマリオ・ゴメスの進言もあったと言われる。

「うちのベストプレイヤーのひとり」とチームに伝えたシュツットガルトのレジェンドは、遠藤の守備力を高く評価し、安定をもたらすことを確信していた。

 そうして遠藤は、13節に初めてスタメンに名を連ね、1部昇格へ貢献。以降、シュツットガルトというチームに欠かせない存在として君臨することになる。

 

 4シーズンでリーグ戦120試合(うち2部リーグ21試合)に出場。すべてスタメンで、この間に欠場したのはたったの3試合だ(それも一度は累積警告の最終節、もう一度はコロナ罹患、そしてもうひとつは、――記憶にある方もいるだろうカタールW杯前の「脳震とう」である)。

 その間、監督は4人変わり、いずれの指揮官からも「キャプテン」を任されている。

 ――と、話がいきなり大きく逸れた。時を戻して、3年前、2020年8月23日のオーストリア。

 遠藤を中心としたシュツットガルトは、プレミアリーグの覇者リバプールと開幕に向けたプレシーズンマッチを行っていた。

 0対3。

 開幕から27戦無敗という驚異的な強さを見せた世界屈指の名門クラブの前に完敗を喫する。

「やっぱり、強かったですよね」

 のちに、遠藤が振り返ったリバプールの記憶だ。

 何より印象的だったのが現在も指揮官を務めるユルゲン・クロップ。当時から情熱的で選手からも慕われる名将として名を馳せていた。

 この試合スタメンで出場した遠藤は、試合後にリバプールに所属(当時)し、この日も途中から出場した南野拓実と言葉を交わした。リオ五輪、日本代表と長い時間をともにした旧知の間柄。

 南野が言った。

「クロップが、あの3番(遠藤の背番号)何歳だ?って聞いてきたよ」

「23歳って言っといて(笑)」

 27歳の遠藤は、ふざけて返した。

 

 当時の遠藤は、まだブンデスに移籍して1年。1部でのプレー経験もない。

 はじめての欧州五大リーグでのプレーを控えた夏。

 シュツットガルトで、ブンデス1部の舞台で自分が積み上げてきたものがどれだけ通用するのか――。

 自分への期待でいっぱいだったから、本当に何気ない、友人との笑い話で終わった。

 そしてあれからちょうど3年。

 遠藤はリバプールにいる。

 招いたのは、クロップだ。

 今回の移籍はビッグニュースとして歓迎される声もあれば、「30歳の選手を……」「移籍交渉で負け続けたから」とネガティブなものも含まれる。

 特に、年齢についての言及は、クロップが「何歳だ?」と聞き、遠藤が「23歳と言っといて」と返したとおり、欧州サッカーにおけるトレンドであり、移籍にまつわる常識のようなものだ。

 ただし、その「常識」を覆したのも同じふたりだ。

 遠藤の著書『DUEL 世界に勝つために「最適解」を探し続けろ』の冒頭に、こんなことを綴っている。

「正解を作らないこと」。

 ここをスタートにすることが、大きな成長のチャンスになると実感しています。

 五大リーグでプレーをしたいと思えば、早いうちにヨーロッパでプレーすることがアドバンテージになると思います。若い選手でヨーロッパのクラブからオファーがあるのであれば、「早く行ったほうがいい」とアドバイスをします。そのくらい大きなメリットがあります。

 同時に、「遅いから成長できない、夢に近づけない理由にはならない」ということも知ってほしいと思っています。

 確かにヨーロッパのクラブへの移籍は、若年化が進んでいます。事実として、年齢が上であるほど──サッカー界でそれは「24歳の壁」と言われることがあります──移籍のチャンスは少ない。

 だからなのか、日本では「若い移籍が正解」だと捉え過ぎている気がします。

 チャンスが少ないことは、決してそれ以外の方法が「不正解」であることを意味しません」(『DUEL 世界に勝つために「最適解」を探し続けろ』より)

 世界中にファンがいると言われる、屈指のクラブ。その声はこれまで以上に厳しいものになるだろう。

 でも、遠藤は決断した。これが最適解だ、と。

 遅いからといって成長できないわけではない。遠藤はこの移籍を自らの力で正解へと導いていく。多くの人は知らないかもしれないが、それだけのことをしてきた。

 あとはそれを証明していくだけだ。

【独占・遠藤航】「誤訳? ありましたね。でも批判は気にしていない、要は僕が止めるか止めないか、それだけ」】

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