写真:花井智子

 圧倒的なボリュームで大評判を呼び、重版も決定した前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』

 本書で新しいのがあまり触れられることのない「監督とコーチの在り方」に言及されているところだ。「監督と人事」と題された章には、コーチの選定基準や意見の取り入れ方、接し方などが記される。

 本稿ではその代表例を紹介する。

現場のトップと組織のトップの違い

(『監督の財産』収録「1 監督のカタチ」より。執筆は2024年4月)

 コーチと監督の関係についてはもっときちんと言語化されたほうがいいと思っている。特に「判断基準が違う」という点を理解することは重要だ。

 実は三原メモには「コーチとは」という節があって、私にとってひとつの指針となっていた。いわく、「コーチの言うことは100%聞かなければならない。ただし、物事を最終決定すべき人(監督)が判断するものと、コーチの判断材料は違うから鵜吞みにはするな」(著者意訳のうえ、引用)。 

 この三原さんの考えにはすごく助けられた。

 例えば、ある選手の起用・育成方針や、次の作戦についての評価がコーチと私で異なった時、監督としてどう判断して、どういうカタチを示すべきか悩むことがある。

 三原さんの考えで言えば、その時の「コーチの選手評価は間違いなく正しい」。でも、正しいからといって「その評価を信じ切ってはいけない」。この感覚は、ある程度、監督の年数を重ねてから「ああ、なるほどそういうことか」と思えるようになった。

 会社などをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれない。

 目の前の課題を解決したい時、組織のトップである社長と、現場のトップである部長のどちらが正しい判断ができるか、といえばだいたい現場の部長のほうが正しい。つねに現場にいて、密接にかかわっているから問題点もわかっているはずだ。

 しかし、最終的な社長の判断は部長の判断とは違う可能性がある。それは「判断材料」が違うからだ。部長は現場を見て判断するが、社長は会社をトータルで見て判断する。

 そこには「目の前の課題」だけではない、例えば「将来の課題」も含まれていたりする。

 監督の「判断材料」は社長に近くなる。「勝つカタチ」を見つけ出し、そこに向かって進むために、「目の前のバッター」は打てそうにない。コーチは「代打」を進言する。そのコーチの判断は「その時点」では正しいけど、監督は「将来を含め」トータルでも判断をしなければいけない。

──ここでは打てないかもしれないけれど、その打席があったおかげで次のバッターが楽に入れて打てるかもしれない。

 あるいは、

──ここで打てなくても、この投手と対戦することは必ず、シーズン後半に生きる。

 監督はそんなことを考えている。

 三原さんの言う「鵜吞みにするな」とは、そういう違いを理解しろということだろう。この点について三原さんはかなりはっきりと言語化されていて、「評価が正しいからといってその意見を鵜吞みにすると、組織を運営する上ではマイナスになる」とまで書いていた。

 結局、監督はチームを成長させるために、コーチを信じながら、違う判断材料で決断を下していく必要がある。それが出来ないと「勝つカタチ」を作ることができないのだ。

 こうした経験を重ねて臨んだ侍ジャパンでは、実はほとんどのことを「監督」が決めていた。

 コーチの意見を信頼、尊重する点については、しっかり議論をし、彼らの意見を聞くことで実現し、一方で実際の作戦「こうなったらこうしよう」という戦術はトータルで見た時、つまり「世界一」「アメリカを倒す」ということを考えた時に必要だと思うことを、自分で決めていたのだ。

 これを「最終的に監督が決めたことが良かった」と捉えるべきではない。コーチと監督の関係として、判断基準が違うことを自覚しながらコーチの意見に全幅の信頼を置く。ここが肝だった。

(『監督の財産』収録「1 監督のカタチ」より。執筆は2024年4月)

9月9日『監督の財産』栗山英樹・著。大谷翔平から学ぶべきもの、そして秘話なども掲載。写真をクリックで購入ページに飛びます