圧倒的なボリュームで大評判を呼び、重版も決定した前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』。
シーズンごとに振り返った鮮明な言葉と、それを現在どう考えるか、そのコントラストは、リーダーにとって貴重なメッセージとなっている。
なかでも多くの紙幅が割かれている「選手と監督の距離感」について紹介する。
監督生活の集大成と銘打った一冊に収録された2015年の出来事。当時、22歳だった大谷翔平のお願いを断った理由とは。
大谷翔平の思いを「断った」理由
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年9月)
ところで、若い西川遥輝や中島卓也を使いはじめるとき、これだけは約束してほしいとお願いした。
「最後まで一塁に全力疾走してくれ。もう、それだけでいい」
一方、大谷翔平にはいきなりこう言った。
「天下を取れ」
もちろん天下なんて、そうやすやすと取れるものじゃない。だからこそ、天下を取るためにはどういう生活をしなきゃいけないのか、どういう練習をしなきゃいけないのか、それを必死に考えてほしかった。それを考えたら、若いときに遊び歩いている暇なんてないだろって、そういう意味で。
当時はまだ18歳だったけれど、「責任があるんだ」という話もした。
自分の好きなことをやらせてもらうからには、責任も果たさなきゃいけない。夜、食事で外出するときは、必ずメールで報告するように約束させたのも、管理しようということではなく自覚を促すためだった。当時、その言葉をどう受け止めたかは分からないけど、彼はそういうことに気付く男だから。
大谷と交わした約束は、彼との約束というよりも、むしろ自分との約束だったのかもしれない。
「責任があるんだ」という言葉は、そのままこちらに返ってくる。いろんな夢があるなかで、絶対にまずはファイターズでやるべきだと信じていたし、そうさせたわけだから、本当にファイターズに来てよかったと言わせないと、それは嘘をついたことになる。
これは記者にも内緒にしてきたことだが、今年、先発の大谷が崩れ、試合を落とした日の夜、彼からある意思表示があった。
悔しくて悔しくて、どうにも我慢できなかったんだろう。「もしチャンスがもらえるなら、明日も使ってほしい」と。
二刀流で勝負している大谷だが、それを続けていくためにも登板した翌日は完全休養日と決めている。
それはチームの決め事であり、当然、本人も認識していることだ。それが分かっていながら、ピッチャーとしてやられた分、明日、すぐにでもバッターとしてやり返したい、チームに貢献したい、という気持ちの表れだった。
気持ちは分かるが、それはできない。理由は、チームの約束事だからというだけではない。
今年の前半戦、指名打者としてスタメン出場した際の成績は思いのほか振るわなかった。それはそれで正当に評価しなくてはいけない。
そして、何よりも天下を取らせるために、いま、彼には我慢を経験させられる最後のチャンスだと思っている。大谷翔平だから、出たいときに試合に出られるとは思わせたくない。自分の思った通りにすべてはならないということを伝えておかなければいけない。
いつかこちらが頭を下げて、投げた次の日に「出てくれ」と頼む日がくるかもしれないが、いまはまだその時期じゃないと判断した。
監督にとってもちろん勝ち負けは重要だ。しかし、選手のことを思えばこそ、ときには優先順位を入れ替えてでもしなければならないことはある。
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年9月)