ポストシーズンを戦う大谷翔平。その活躍はもちろんのこと、野球を純粋に楽しむ姿もまた、人々を惹きつける。
そんな大谷翔平に上司たる監督はどう接していたのか。メジャーに渡る3年前、「上司・栗山英樹」の接し方とは――?
圧倒的なボリュームにもかかわらず、大評判を呼び、重版も決定した前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』より紹介する。
選手との距離は「近すぎてもダメ」
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年9月)
選手たちとの距離感というのは微妙なもので、近すぎてもダメ、遠すぎてもダメ、これがなかなか難しい。
自分の場合、根が人好きだからか、無意識にしているとつい近づいていく傾向にあるので、基本的にはあえて距離を置くよう心掛けている。
いざというとき、緊張感を与えられる存在であるには、選手たちのなかで監督というものが軽くなりすぎてはいけない。ここ一番、本当に叱らなければならないとき、厳しいことを伝えなければならないときに、普段から距離が近すぎると効き目がなくなってしまう。本来、そういうことはあまり得意なほうではないのだが、苦手だからこそやらなきゃいけないと思っている。
ところが、長い選手とはもう4年の付き合いになるわけで、自然と慣れが出てきて、お互いの距離も以前より縮まってしまっている
のが現実だ。
そこで、いままで通りの距離を保つために、さらに半歩下がる。この半歩分で、ちょうどいい距離が保てる。
こういったことも含めて、すべては選手にベストパフォーマンスを発揮してもらうため。そのためなら、なんでもできる。
天下を取るためにどういう生活をしなければいけないか~大谷翔平~
選手とは、日頃からある一定の距離を保つよう心がけているが、ひと言ふた言、こちらから声をかけることも珍しくはない。といっても、たいていの場合、あいさつの延長線上のどうってことないやり取りだが。
でも、中にはふらっと近寄っていくと、それを敏感に察知して遠ざかっていく選手もいる。大谷翔平だ。
大谷の一挙一動には、いつも周囲の視線が注がれている。だから監督と会話している姿を目撃されると、必ずあとでそのことを記者に質問されるのだろう。
それが面倒なのか、あるいは単に僕のことが苦手なのか、いずれにしても人前ではよっぽど話しかけられたくないと見えて、彼だけはいつも決まって逃げていく(笑)。
だからというわけじゃないが、「普段の大谷選手ってどんな感じですか?」と質問されても、正直、よく分からない。今年9月(編集部注:2015年、執筆当時)にお笑いコンビのナインティナインが司会のスポーツ特番が放送され、そのなかで大谷が取材を受けていた。
コンビニで売っているクレープが大好きという意外な一面などが紹介されていたが、僕も「へぇ、そうなんだ」と驚かされることがたくさんあった。
意外に思われるかもしれないが、本当のことを言えば僕にも大谷翔平という男の本質は見えていない。もしかしたら、ファイターズの選手のなかでも一番分かりにくいタイプかもしれない。
ファンの皆さんに愛されるあの屈託のない笑顔も、マウンドやバッターボックスで見せる負けん気の強さも、もちろんみんな大谷翔平の一部なんだけど、じゃあ本当の彼がどういう人なのかと言われると……。
全部大谷なんだけど、全部大谷じゃない。
なぜ、それが分かりにくいのか。実は彼自身も、まだ本当の自分のことが分かってないんじゃないだろうか。いわゆる「演じている」というのとは少しニュアンスは違うが、きっと本人にも、自分は大谷翔平でいなきゃならない、苦しいけどみんなが喜んでくれるんだったら、それを絶対にやってやるんだ、という強い気持ちがどこかにあるんじゃないだろうか。そのために、ただがむしゃらに感じたことをやっているだけなんじゃないかって。
このことは、いつかぜひ本人に尋ねてみたい。僕がユニフォームを脱いだあとに、いつの日か必ず。
ただ、これだけは言える。「本当に誰も歩いたことのない道を歩きたい」という彼の言葉は、紛れもなく大谷翔平の本質を示す真実の言葉であり、これからも堂々とその道を歩いてゆくに違いない。
こっちはこっちで、そのために全力を尽くすだけだ。
(『監督の財産』収録「4 未徹在」より。執筆は2015年9月)