著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
今回伺ったのは焙煎所を営み、主にコーヒー豆の販売を行う「ほんとうにおいしいコーヒー」店主・松園亜矢さん。学校に行かないことを選択した息子と向き合った日々と、松園さんが導き出した考えについて聞く。
編集・文=石渡寛子 写真=北浦敦子
家族が関わるコーヒー豆の焙煎所
「駆けつけ一杯いかがですか?」
焙煎所に着くなり明るい声色でコーヒーを勧めてくれた松園さん。慣れた手つきで入れてくれた一杯は雑味が少なく、スッと飲める。今まで出会ったことのない味わいに、生粋のコーヒー好きなのだろうと予測するお客さんも多いというが、その期待は見事に外れる。
「前職を辞めた後に5人の子宝に恵まれ、妊娠・出産を繰り返していたので、むしろ私にとってコーヒーは少し遠い存在でした。ここに辿り着いたのは、息子の影響が大きい。小学6年生で“学校に行かない”宣言をした、長男です」
現在17歳になる長男。高校生活を謳歌する年代だが、コーヒー豆の焙煎を手伝いながら、経理など裏方の仕事もこなす、頼れる存在だ。
「あとは確定申告と、家では食事の準備や片付けも彼の仕事です。最近は金継ぎで割れたお皿を直してくれました。この話をすると“すご〜い!”と心の底からの驚きの声をもらうことが多いんです。長女も小麦アレルギーがあるので、米粉を使って自分も食べられる焼き菓子やシフォンケーキを作ってくれます。お店で取り扱うこともあるんですよ」
思わず「うらやましい」と声が漏れてしまう、素敵なお子さんたち。続けて、長男が学校に行かないことを選択した経緯を、松園さんがゆっくり語ってくれた。
飛び出した「学校に行かない」宣言。受け止めたのに感じた不安
「宣言をしたのは小学校の卒業式直前でしたが、思い返せば3年生くらいから兆候はあったように感じます。友人関係は良好だったんですが、週に1日だけ休んだり、行ける時期、行けない時期が交互に訪れたりしていました」
そうして迎えた小学校の最高学年時、彼の心を決める出来事があったと回想する。
「卒業制作でオルゴールを作ることになったんです。息子は材料の木目が綺麗だったので、それをそのまま生かして制作したいと伝えたそうです。
でも図工の授業なので、塗ったり彫ったりしないと先生も評価が難しくなってしまう。そこで、“名前だけでも彫ってみたら?と先生から提案された。息子もそれに応じたのですが、その作業が済むと今度は“色を少し塗ってみたら?”と。
先生は一歩ずつ息子に歩み寄ろうと努力してくださって、授業としては正解なんだと思うんです。ただ息子としては自分の気持ちを曲げざるを得なかったという経験になってしまった。それからほどなくして、“もう学校には行かない、行きたくない”と宣言しました」
以前からオルタナティブ教育(*1)についても学んでいたという松園さん。長男の選択に対しても「それならそれでよし!」と腹をくくった。選択肢を提示しつつ、その後の答えはすべて本人に託した。
「自然の中で独自の教育環境のある学校の見学にも行きましたが、公立中学にそのまま進学するという本人の意志に添いました。環境が変わったこともあったのか、1ヶ月ほどは中学校に通いましたが、ほどなくして自宅で過ごすように。
当時の担任の先生も不登校の経験がある方で、よく息子の気持ちを理解した上で、少しだけでも学校に来ないかと提案してくれたんです。それからは週1回、プリントをもらいに行く生活を送っていました。
でもたまに学校に呼ばれたり、プリントを取りに行くだけなのに、玄関先で“靴紐がうまく結べないな”とか“喉乾いたから水が飲みたいな”なんて言って、行かなくて済む方法を模索するんです。
私は比較的器用に立ち回れる子どもだったので、そんな息子の姿にヤキモキする部分もありました。“ぱっと行って帰ってくるだけじゃん!”と思っていましたが、彼にとって嫌なものは嫌。そのときはそこまでわかってなかったんですね」
息子の決断を潔く受け入れたのに、どこか不安を覚えている自分がいる。それは親として自然な気持ちのように思うが、松園さんはそこに留まらなかった。自分の気持ちと向き合い、モヤモヤする胸の内の原因究明に乗り出した。
「1日中ピアノを弾きまくっていたり、絵を描いていたりするなら、“あ〜もうこれをするために学校行かないんだね”っていう気持ちにもなるんですが、様子を見ているとどうやら寝ているようだし(笑)。なんか読んでいるなぁと思うとライトノベルだし。ラノベを否定するわけではないんですが、大人からすると夏目漱石とか太宰治とか期待しちゃうわけですよ。
この子はどうなっていくんだろうな、という見えない不安を抱えていました。その気持ちを深掘りしたときに、親が彼を養えなくなったときのこの子の姿が想像できなくて怖いんだということに気づいたんです。同時に、自分の食い扶持をきちんと稼げる術を身につけてくれれば、この不安が解消されるんじゃないかという考えに行き着きました」
おもしろいと感じたことに、並走しながら挑戦した日々
そんなときに親子で見ていたテレビ番組で芸人が株に挑戦する姿を目にする。興味を持った松園さんが息子を誘ってみると「おもしろそうだね」という回答が。すぐに銀行口座を開設し、手探りでデイトレードを始めてみた。
「たまたま主人がそういった分野に強かったので、息子と二人で教えてもらいながらスタートしたんです。すると学校の面談でもその話題が上がるようになって。でも先生も株の取引について知らないわけです。だからその場で“じゃぁちょっとお見せしますね”なんて私が説明したりして。
株の動きって社会情勢と連動しているので、本人がそう言った面も伝えると、勉強になるねと、先生も話を聞いてくださっていました。しまいには“株のすごい松園君”って呼ばれながら中学を卒業するという(笑)。
そんな風に過ごせたのは、理解のある先生方のおかげです。でも株で大きなお金を動かすには、時差のある海外市場の動向を逐一追いかけなくてはいけないし、タイミングも逃せない。本人ものめり込んでいるわけではなく、ライトな取り組みが続いていました」
まだこの時点で消えなかった不安。そんな折、「お子さんの自由研究としてどうですか?」という一言につき動かされて参加したワークショップで、コーヒーの焙煎と出会うことになる。
「知人が主催しているワークショップに誘ってくれたんです。カカオを洗って焙煎し、添加物のないシンプルなチョコレートを作るという内容だったんですが、講師の方がコーヒー豆の焙煎もされていたんです。そこで飲んだ一杯が、このお店のきっかけです」
確かにおいしいコーヒーだった。感動もした。しかし松園さんは自分軸で焙煎の道に進んだわけではない。行動の裏側には、息子への想いが込められていた。
「現在はきちんとした申請が必要ですが、当時はコーヒー豆の焙煎や販売には特別な資格が必要ありませんでした。豆の選別なら家で好きな音楽をかけながらでもできるし、小さな焙煎機を家に置いておけば、出来上がったコーヒー豆を販売することもできる。これはうちにいる引きこもりの子に最適なんじゃないかと。
同じ学校で登校できない子たちの様子を先生に聞くと、毎朝親御さんが学校に連れてきて30分だけ保健室でプリントをやって帰っているということも知りました。でも行きたくない子を毎朝連れ出すのってすごく労力がいる。
だったら、もっと有効的な時間の使い方があるんじゃないか。家でできること……コーヒーいいじゃん! みんなでできたらもっといいじゃん! となったわけです。
大学までしっかり通って、安定した企業に就職する。これが今までのスタンダードで、この道から外れてしまうと親は不安に感じてしまう。でも起業するなら早いほうが有利だし、“コーヒー豆の焙煎を15歳からやっていました”なんて言ったら、説得力が増すじゃないですか」
ちょっと風変わりなママと息子。互いを理解した関係性
早速息子を焙煎の体験に誘ったところ、嫌ではなさそうな反応が返ってきた。思春期の多感な時期でも松園さんの提案を否定することなく受け入れる。そのことについて質問すると「信頼関係ができあがっていたからかな」という回答。
「ママはちょっと変わっているけど、嫌じゃない。またおもしろいこと見つけてきたんだなっていう感覚だったと思います。こうやって私のことを信じてくれる関係性が構築できたのは、赤ちゃん時代に取り入れていたおむつなし育児が影響しているように感じています」
“おむつなし育児”。耳慣れないこのワードがどう信頼関係と関わってくるのか。後編ではそこで得た考えや今後の展望について伺う。
*1=独自の理念と方針を掲げ、子どもの個性を活かした教育や多様性を重視した教育の場。ホームスクーリングやフリースクールを指す場合もある