著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
 今回は料理研究家の上田淳子さんにお話を伺う。テレビ、広告、雑誌で活躍しながら、双子の母としての育児経験を活かし、食育活動にも注力。プロでもぶつかった子どもの食に関する壁と乗り越えるためのヒントとは。

編集・文=石渡寛子 写真=北浦敦子

上田淳子さん
料理研究家。辻学園調理・製菓専門学校を卒業後、同校の職員を経て渡欧。現地のレストランやベッカライ(パン屋)で修行したのち帰国し、シェフパティシエを務めて独立。現在は料理教室を主宰する傍ら、雑誌、テレビ、広告など幅広く活躍。近著に『NEW ONE PAN PECIPES』(主婦の友社)、『55歳からの新しい食卓』(学研プラス)、『フランス人が愛するリーズ、バター、クリーム。』(誠文堂新光社)などがある。

 

頭を悩ませる子どもの食問題

 食べない、好き嫌いが多い、偏食……子育て中に避けて通ることのできない、子どもの食問題。料理研究家として多方面で活躍する上田淳子さんもその問題と向き合った一人。双子の男の子を育て上げた母でもある。

「食のプロだからって、うまく行くわけではないんです。みなさんと一緒。離乳食の段階からかなり苦労しました。失敗の繰り返しというか、もう泣き笑いの連続。今まで大人しく水を飲んでいたのに急にコップをひっくり返して水遊びを始めるし、ミートボールは食べ物ではなくボール扱いで投げ飛ばされたり……」

 当時から料理研究家としてフリーランスで活動していた上田さんは、出産に合わせて仕事も一時休止。保育園にも預けられず、双子たちと向き合い続ける日々が続いていた。

「今考えると育児ノイローゼに近い状態だったと思います。でももうノイローゼになる時間があるんだったら、寝たい!  24時間彼らと一緒に過ごしていて、もうダメだ!って投げ出したくもなるときもあるけれど、目の前にいるしね(笑)。お茶を飲むのも、トイレに行くのも、歯磨きすることも忘れてしまうような状況でした」

遊び食べ、好き嫌い……少しずつ見出した解決策

 離乳食に苦戦し、精神的にも追い詰められ、やりたかった仕事も休業中。思わずふさぎ込んでしまいそうな局面だが、上田さんがその壁を乗り越えられたきっかけは、食卓での子どもたちの姿だった。

「ご飯を食べなかったり、遊び出してしまったり、苦戦ばかりしていたけど、観察を続けると私が悪いわけではないという結論に達したんです。これは我が家が双子だったことが幸いしています。
 だって同じ遺伝子を持つ一卵性の双子なのに、食の好みがまったく違うんです。一人は食べていなくても、もう一人はしっかり食べている。つまり、私の作る食事がまずいわけではない。となると、なぜ一人はこれを食べないんだろうという原因究明に乗り出せるわけです」

 ここで、上田式方程式を詳しく解説しよう。

「例えば、ほうれん草が大好きなAはブロッコリーもピーマンも食べられる。だけどBは絶対に食べない。逆にAは、ざらっとした食感のかぼちゃや甘味の強い野菜は食べない。これはもはや個性です。ほうれん草もかぼちゃも緑黄色野菜だから、両方必ず食べられるようになる必要はない。でもいつも両方用意しなくてはならない母は面倒。だから解決したい。

 まず、かぼちゃを滑らかな状態に裏こしして出してみる。すると食べる。つまり食感が苦手なのね、という答えが導き出せます。そうやって調理方法などを試行錯誤していきました。食べられないことは個性なんだから、無理やり口に入れて飲み込ませるのは違う。この子がおいしいと思える方法はなんだろう?とつねに考えるようにしていました」

 まるで論文を読んでいるかのようだ。子どもが食事を残してしまうと、親は思わず自分の作った料理に欠点があるのではないかと思いがちだが、「それは絶対に違う」と上田さんは力強く否定する。

「生まれてすぐは母乳やミルクしか飲めないんですよ。そこからお粥が食べられるようになったら、野菜が全部食べられるようになるなんて、とんでもない嘘のような話です。少しずつ一緒に食べられるものを増やしていくことも食育なんです。子どもと一緒にハードルを超えていく感覚ですよね。

 そう考えれば、好き嫌いが多ければ多いほど、伸びしろがあるとも受け取れます。ある程度大きくなってから嫌いを克服できると喜びますし、その瞬間を共有できたときは、親としてもうれしい。それに栄養を毎日単位で考えずとも、昨日は野菜をたくさん食べたから、今日は納豆ご飯でもOK。りんごを足しておこうかな、なんて思えるぐらい柔軟に対応しても子は成長します」

インタビューに明るく回答してくれる上田さん

大正解以外にも答えはある。外を見たことで気づいた意識

 上田さんのこのような考えに至った背景には、20代で見聞きした“フランスの子育て”も少なからず影響されているという。

「例えば、私たちは朝食をバランスよく取らなければいけないと思っていますが、フランスの方々はほぼ全員パンとコーヒーだけなんです。日本では夕食後に甘いものを食べると叱られそうだけど、あちらの方々はみんなでデザート食べているし。つまり日本的セオリーは大正解だけど、それ以外が不正解なわけではない。

 それを知っているだけで、育児や離乳食の本が教科書ではなく、参考書程度に受け止めればいいんだと思えてくる。情報に自分たちを合わせていくのではなく、自分たちの状況を基準にしてできることに取り組んでいかないと立ち行かなくなってしまうんです」

 だから食事も無理しすぎは禁物なのだという。

「日々の足りない時間をやりくりしながら無理する必要はない。30分かけて作ったご飯を3分で食べるんだったら、3分で作ったカップ麺を30分かけて子どもと一緒におしゃべりしながら食べた方がいいじゃないですか。

 私は、5歳くらいまでの子は固い野菜は食べないものだと思って、いろいろな野菜をその日の朝に蒸しておきました。すでに火の通った野菜があれば、あとは潰して味をつけたり、お味噌汁やカレーにするにも時短になる。中途半端に忙しいと炒め物が多くなってしまいがち。でもそうすると子どもは噛みにくかったりするんです。

 なんせ相手は歯がない。自分が親知らずを抜いてまともに食事がとれなかったときに痛感しました。噛まないで飲み込むってこんなに大変なことなんだなと。だから柔らかいことや滑らかにすることって食べやすさに繋がるんです」

 そうやってすくすく育った子どもたちは、食事に対して自分の意見を言葉で主張するようになる。ときには用意した食事にクレームが入ることも。

「そういう場合は、どういう点が口に合わないのかヒヤリングをしていました。具体的に述べよと。だから我が家では“まずい”は禁句。私はおいしいと思って食卓に出しているのに、あなたがまずいって表現するのはおかしいよね? つまりあなたの好みではないわけだから、好みじゃない理由を教えてと伝えていましたね」

 食レポ能力が問われる上田家。せっかく作った食事が口にそぐわないとなると、いらだちを覚えそうだが、上田さんは「でもそれってラッキーじゃないですか」と話す。

「自分が好きで作ったものを残してくれたら、その分を私が食べられるなんて“ラッキー”なんです。だから、献立も子どもを主軸にしすぎてはいけないんです。味付けや柔らかさなど子どもの嗜好に合わせなければいけない部分もありますが、そこに自分の“おいしい”も加えなくなければダメ。

 例えば、豆腐とひき肉のうま煮なら、大人が食べるときにだけラー油を足して麻婆豆腐風に仕上げたり。カレーも子どもたちの分と分けて大人用だけスパイスを加えてもいいと思います」

著書『子どもはレシピ10個で育つ。』(光文社)や『うちの食べてくれない困ったちゃんが楽しく食べる子に変わる本』(日本文芸社)は、子育ての食のヒントだらけ!

大切しなければいけないのは、子どもだけではない

 子どものことを思うがあまり、親は自分をないがしろにする場合がある。そうではなく、自分も大切にしながら子どもに寄り添うこと。これが心も体も倒れないためのヒントなのだ。

「私も自分のことを後回しにして食事を抜いてしまうことがあったのですが、そうすると未病レベルの不具合が出やすい。冷え性、睡眠不足、貧血、むくみ……。それからは三食の食事をおろそかにしないように心がけていました。

 朝の準備がドタバタで時間がなければ、立ったままでもいいから食べることを諦めない。できれば炭水化物だけでなく、タンパク質も。ゆで卵や納豆ごはん、ハムでもいい。タンパク質が欠けると血肉ができないので貧血になる可能性が高まります。エネルギーをしっかりチャージしないと、ガス欠でずっと走っているのと同じ。せめてガソリン満タンで動かなくちゃ」

 これは食事に限ったことではない。子育て中は、仕事とのバランスや自分の生き方についても、状況が変わる。どちらもないがしろにできないことで、追い詰められた親御さんも多いのではないだろうか。後編では、仕事と子育てを両立するために上田さんが歩んだ道を伺う。