著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
今回お話を伺うのは、フリーランスのファッションエディターとして多忙な仕事と子育てを両立する高橋香奈子さん。自身のキャリアと子どもの将来を見据えた結果、導き出した答えとは。
編集・文=石渡寛子
偶然出会えた大好きな仕事と子育ての両立
ファッションエディターの高橋さんは、2022年の8月に小学6年生の息子とともに親子留学をスタートさせた。リモート取材時の画面には時折息子のいたずらな手が映り込み、和やかな雰囲気が漂ったが、ここにたどり着くまではさまざまな苦悩があったという。
「私は元々編集や出版とは無縁の人生を送っていたんです。前職は結婚を機に退職して専業主婦をしていたんですが、これがあまり性に合わなくて(笑)。そんな時に愛読していた雑誌に読者参加型の企画の募集が載っていたんです。そこに参加したときに出会った編集の方が、のちにアシスタントを探していることを知って立候補しました」
右も左もわからない世界に急に飛び込んだ高橋さん。あったのは「この雑誌が好き」という気持ちだけだったという。一からすべて教えてもらい、1年半ほどで独立。フリーランスの編集者として、雑誌の企画を任せてもらうようになる。
「26歳からこの仕事を始めて、30歳の時に出産をしたので、自分の中では一人前というにはまだ早いタイミングでした。フリーランスには育児手当がないので休めばその分収入が途絶えることになります。ありがたいことに定期的にお仕事をいただいていましたが、ご縁がなくなれば仕事がなくなってしまう。それが不安で、産後は最低限のお休み期間を経て、少しずつ仕事に復帰していきました」
もちろん、今まで通りのペースでは働けない。働くママはそれぞれ復職時にさまざまな壁にぶつかるが、高橋さんも同様だった。
ハードワークに加えて、想像していたより何倍も大変だった初めての育児の負担。さらに、自宅と仕事場までは片道約1時間半で、保育園の送迎の時間に追われる毎日。ボロボロになりながらも、大好きな仕事をしていると気持ちが紛れ、なんとか乗り越えてきた。そんな折、ご主人に転勤の話が出る。
「自分の仕事の都合も考えて同行しませんでした。夫の単身赴任をきっかけに、仕事をしている編集部の近くへ引っ越して息子との二人暮らしを始めたんです。
息子が病気をせずに元気に過ごしてくれたことも幸いしているんですが、この時二人で乗り越えてきた経験があったから、のちに二人で海外に行こうという気持ちになれました」
中学受験のムードに流されて、見失ったもの
都心に引っ越したことで、子育ての環境も変化する。高橋さん親子が住んでいたのは、教育熱心な家庭も多く、小学校の生徒は7〜8割が中学受験をする地域だった。
「まわりの友達が通っていたことから息子も塾に行きたいと言い始めたので、我が家も中学受験の準備を始めました。学校の授業内容もよくわかるようになり、テストの点数もアップ。息子も学校とは別のお友達ができて楽しそうに通っており、嬉しく感じていたんです。
だけど小学5年生になったとき、突然息子から“塾を辞めたい”と言われたんです。せっかくここまでやってきたのにもったいないなと言う気持ちは正直あり、息子を説得しようと試みましたが、息子は一度嫌だと感じたことをむりやりやらされることが本当に好きではないタイプなので、その気持ちを優先し、塾を辞めることにしたんです。
それに塾の費用もすべて私が負担していたので、本人にやる気がないのなら高額な出費が続くのはもったいないなとも思いました」
そこで、ふと子育てについて見つめ直した。人に迷惑をかけない。挨拶、お礼をしっかりする。相手の目を見て話す。食べて寝てよく遊ぶ。これは高橋さんが掲げてきた子育てのモットー。のはずだった。
「子どもらしく過ごして、将来はひとり立ちできる人間力を身につけてほしい。そう思っていたはずなのに、周囲の空気に流され、この本質を忘れそうになっていたんです。彼のこの発言で、そもそも息子にはどんな大人になってほしいのか。息子のいいところはどこだろう。と、彼の人生に対して改めて向き合い始めました。
このタイミングで?と感じる親御さんもいらっしゃるかもしれませんが、夫婦で仕事ばかりしてきて、恥ずかしながら正面から向き合えていなかった。私は熱心な教育ママではないし、息子にいい大学に行ってほしいわけでもない。自分自身で思い描いた子育てのモットーも、息子の適性も無視していることに気づいたんです」
改めて気づいた息子の特性。それに合うベストな環境探し
もちろん、中学受験を否定する気持ちはまったくはない。親子でレベルアップを目指すことはとても貴重な経験。ただ我が子には向いていなかった。そう語りながら、高橋さんは続けます。
「息子は、いい言い方をすれば“子どもらしい子ども”なんです。長時間机に向かっているよりも外を思い切り走り回って遊ぶ方が、彼の良さを引き出せるかもしれない。ほかにも主要とされる5教科よりも、図工やプログラミングが得意で、表彰をされたこともありました。こんなことを総合していくと、受験に追われて勉強を続ける今の日本では、息子が良さを伸ばしにくいのかなと感じるようになったんです」
環境に子どもを合わせるのではなく、子どもに合った環境を探す。これは、とことん我が子の個性と向き合ったからこそ辿り着いた考え。そしてひとつの選択肢が生まれる。
「海外留学だと思ったんです。その考えが急に出てくるのがすごいねってよく言われたんですけど、ラッキーなことに息子の友達に親子留学を始めた方がいて、その話をママから聞いていたので選択肢のひとつとして考えることができました。そして、息子の個性をひとつずつ考えるほどに、海外がピッタリだと思えたんです。
まず、先ほどお話ししたように図工やプログラミング、家庭科など、アート方面が得意な点、次に偏差値教育ではない環境でのびのび過ごした方が、息子の良さを伸ばせると感じました。そして、少しわんぱくなタイプなので、なんだか都心の小学校では窮屈そうで……。
わんぱくさは、よくある男の子の元気の良さではあるのですが、小さい頃から体格がよく力が強かったので、“よっ!”ってお友達と肩を組んだだけでも首を絞めたと思われたり、給食袋をふり回していたらお友達に当たって、いじめられたと言われたり……。本人に悪意はないんですが、そんな様子で担任の先生から電話がかかってくることも珍しくありませんでした」
さらに環境がガラリと変わっても、息子ならやっていけるだろうと思えたのは、親子二人で旅した海外で目撃した、ある光景からだった。
「息子は小さい頃から私と二人で海外旅行に行っていたんです。現地ではキッズクラブに預けることもあるのですが、迎えに行くといつの間にか友達を作って仲良く遊んでいるんです。もちろん言葉の壁はありますが、軽く飛び越えていました。人見知りしない性格や言語を超えたコミュニケーション能力も海外留学に適していると思えました」
見えてきたビジョンの答え合わせをするように、知人に留学コーディネイターを紹介してもらい、話を聞きにいった。すると「行けたらいいな」から「すぐに行きたい!」に考えが変わったという。
「子どもがなるべく小さいうちに留学できた方が環境に早く馴染めるのではないかと感じたんです。ある程度成長してから留学するのは、英語が得意だったり、好きな子が多いと思うんですが、息子は勉強が得意なタイプではないので……。学校の授業も、お友達との会話のレベルも高くなりすぎる前の年齢で向かえば、得意のコミュニケーション能力でうまくやっていけるそうだなと。
もちろん金銭的な計算もしました。塾に通わせ続けて私立の中学校に入ることを考えると、金銭的に不可能ではないかもしれない。という結論に至ったんです」
小学生での留学は心配事も多そうだが、高橋さんの選択は“親子留学”という形だった。しかし、ご主人には子ども自身の意思で留学したいと言う時期になるまで待ったほうがいいのではと、意見のすれ違いが起こる。後編では、自らも同行する考えに至った経緯とご主人を説得して実現させた留学で見えてきた将来について聞く。