著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
 双子の男の子を育て上げ、料理研究家として各方面から引っ張りだこの上田淳子さん。後編では、働くママが当たり前ではなかった時代に見つけた、仕事と子育てのバランスの保ち方を伺う。

編集・文=石渡寛子 写真=北浦敦子

上田淳子さん
料理研究家。辻学園調理・製菓専門学校を卒業後、同校の職員を経て渡欧。現地のレストランやベッカライ(パン屋)で修行したのち帰国し、シェフパティシエを務めて独立。現在は料理教室を主宰する傍ら、雑誌、テレビ、広告など幅広く活躍。近著に『NEW ONE PAN PECIPES』(主婦の友社)、『55歳からの新しい食卓』(学研プラス)、『フランス人が愛するリーズ、バター、クリーム。』(誠文堂新光社)などがある。

 

好きな道を邁進! しかし出産後に迎えた変化で感じた戸惑い

 現在までに数十冊の著書を発売し、多方面で活躍する上田淳子さん。「料理が好きすぎて、この道に辿り着いた人間です」と話す通り、子どものからその兆候は色濃く出ていたという。

「元々食べることが大好きで、ファッション誌ではなく『きょうの料理』を愛読する学生だったんです。そんな中で西洋料理の華やかさや世界観の美しさに魅せられ、フランス料理人を目指すようになりました。

 調理学校に入学したけれど、当時の就職口に女性の枠はなかった。唯一フランス料理に触れていられる方法として、学校に職員として残ってみたものの、私が求めているものには辿り着かないと判断し、現地に行くことにしたんです。だって当時は女性の料理人なんていないころで、厨房はおろか、サービス提供もダメ。クロークなら働いてもいいですよと言われる。今では考えられないでしょう?」

 “自分の好き”に正直に向き合うため、どんどんと行動を起こした上田さん。24〜27歳の3年間をスイス、フランスで過ごし、各所で修行。帰国後にシェフパティシエなど務めたのちに独立し、ほどなくして双子の子宝に恵まれる。まだ働くママが当たり前ではなかった時代、当時は大きな葛藤があったという。

「私が出産したころは、寿退社する女性は減少していたけれど、出産で家庭に入る女性がほとんどでした。男女雇用均等法が成立したとはいえ、実際に取り入れているのはトップ企業などほんの一部。とはいえ、育児休暇から復帰しても元のポジションに戻れることも少なかったと思います。

 私は企業人ではなくフリーランスだったので、母になり、自分がなにもできなければ無職になる立場。今まで培ってきたことや経験、自分が目指していたものがすべて白紙になる。その喪失感に襲われていました」

考え方の変化で生まれた新しい可能性

 大小はあれ、働くママたちは似たような経験があるのではないだろうか。しかし現在上田さんは料理の世界で活躍を続けている。その感情をどのように消化し、仕事と子育てを両立していったのか。

「もう料理を作れることが幸せだと思うことにしたんです。新しい題材として子ども(双子)という実験ツールができたんだと考えました。

 例えば、牛ほほ肉の赤ワイン煮は作れるけれど、離乳食用のちゃんとしたおかゆは炊けるのだろうか? と、そういうギャップで子育てのご飯をおもしろおかしく追求していこうと思考をチェンジしました。別に書物を読み漁ったり、急に閃いた感情ではなく、目の前で食べる子どもたちを見ていたら自然とそんな感情が芽生えたんです」

 私はたまたま“食べる”という日常の中にあることを仕事にしていたので、わかりやすかったのですが、どんな職業でも考え方次第でそれを日常や子育てに落とし込める可能性を秘めている気がします。例えばグラフィックデザイナーだったから、子どもと一緒に絵を描いてみてもいい。そこでなにかおもしろいことが起こるかもしれません」

 知人にその気づきを話したところ好反応が返ってくる。そこで『双子の離乳食日記』という企画書を作り、出版社へ売り込んだ。

「企画内容をおもしろがってもらい、連載を一年弱担当させていただきました。その後、料理を元々生業としていて、離乳食にきちんと向き合っていた人間として、子どもの食についてのお仕事をいただくようになったんです。他のご家庭やお母さんの意見も集めながら、時代のニーズに合ったレシピ提案を意識してお仕事を続けるようにしました。

 そうやって子どもの成長と自分の料理スタイルをリンクさせて、仕事に結びつけられたことがよかったんだと思います。自分のやりたいことと、今置かれている環境の中でそれを融合させたものを見つけられたということですよね」

現在はキッチンスタジオでワークショップなども開催

働きながら育てるためのパワーバランス学

 しかし忙しくなると自分の食事をおろそかにし、体調を崩すことも。ほぼワンオペの生活が続く中、どのように力を振り分けていたのだろうか。

「まず子どもを放っておくことはできないじゃないですか。これはしょうがない。その次に決めていたのは、睡眠時間の確保と三度の食事。するとあとは仕事や家事で時間の調整をしていくしかない。仕事で時間を生み出すことができればいいけれど、それができなかったら、残るは家事の時間のみ。じゃあ家事を減らそうっていう考え方をつねに頭に入れておきました。

 そもそも子育てに対して100%のエネルギーがいるんです。仕事にも100%エネルギーがいる。だから仕事50%、子育て50%なんて器用にバランスを取ることは、ほぼ無理なんです。本当は200%エネルギーがいるなかで、一番減らせるのは家事の時間なんです。

 だから極力楽をすればいいし、自分たちで楽ができるシステムを作った方がいい。洗濯や食事も作り置きが大変だったら、さらに手軽に出来る方法を模索してみる。別に毎食一汁三菜じゃなくてもいいんです。ウィークデーは卵とほうれん草を入れたおうどんでも構わない。一緒に食卓を囲む方が大切です」

食べるだけではない。食事をともにすることでできること・わかること

 子育ての本質は手の込んだ料理はなく、子ども。そう気付かされる。上田さんが大切に考える“食卓をともにする”ことは、食事を取る以上のコミニュケーションパワーがある。

「これは私論ですが、食べることをきちっと伝えていくと、一応三食きちんと食べる子に育つんです。例えば中高時代の思春期にいろいろな悩み事が出てくると、明らかに食べる量が減るんですよ。だから、食って心のバロメーターチェックになるんです。

 その時期は直接聞いたって話してくれないものです。でも“今日はご飯いらない”って言われると、“なんかあったな”と思うわけです。そんな状態でも人って単純だから、落ち込んでいるときに好きな食べ物が出てくると気持ちが上がるんですよ。焼きたての餃子を出したり、山ほど唐揚げが出てきて、もう今日これ食べて寝ようかな!って思ってもらえたらラッキー。だから食べ物って気持ちのリセット剤にもなるんです」

 これは子どもに限ったことではない。大人だって一緒である。

「おしゃれが好きで毎日洋服を着替えたいけど、そのリセット法は買い変えるのも大変だし、予算もかかります。でもショートケーキが一個あるだけで気持ちが上がるのであれば、こんな便利なものはない。そういう意味でもちゃんと食べる子に育てることって大切なんです。それに親も一緒に食事をするようにしていると、大人とご飯を食べることが大好きになるんです」

 現在上田さんのお子さんたちは25歳。自立し、それぞれひとり暮らしをしている。食卓をともにし続けた結果、今ではうれしい現象があるという。

「うちの息子たちは、親とご飯を食べるために帰ってきてくれるんです。独立した子どもたちが実家に帰ってきたときって、ずっと一緒には過ごさないですよね。でもご飯食べるときは一緒。

 だから親とご飯を食べるっていうことが楽しいと思える子どもに育てておけば、自立した後も、共通の趣味にできる。おいしいものを囲んでたわいもないことをおしゃべりする空間が年を重ねてからでも共有できる。それが食べる時間なのかなって思います。

 子育て時期、毎日は難しいとしても、週末だけはみんなで食卓を囲む体験をしておくことで、孤食からも離れられる。息子たちは誰かと食べたくてしょうがないみたいです。食って、ただの栄養を摂るアクションではなく、いろいろな側面を持つおもしろいツールなんですよね」

食だけではない。双子だからこそ直面した悩み

 

 自分のやりたいことと子育てをリンクさせ、積極的にアクションを起こすことでさまざまなことを乗り越えてきた上田さん。しかし子育てで直面した苦労はほかにもある。

「我が家は双子なので独特かもしれませんが、人と比べられるどころか二人を比べられる点ですね。例えば、Aは50m泳げるのにBは25mしか泳げないとか。これは、兄弟でもあることですよね。お兄ちゃんより弟の方ができるのねって言われたり。

 その比較に対して私自身が耐性を持ってないとしんどいなと感じていました。それぞれが別の人間だから比べられても困ります!という考えを構築するまでに時間がかかりました。

 この点は、本人たちの方がわかっているんです。自分たちは瓜二つじゃないからと。特にうちの子たちは競争心の強い二人ではなく、傷の舐め合うタイプだったので、そう理解していたのかもしれません。競争心が強ければ、お互いの存在が刺激になって切磋琢磨していたのかなと思うけれど、壁に穴も開いていただろうなと(笑)

 比較に対してのもやもやは、実は彼らが大学に行くころまで抜けませんでした。学生時代はどうしても勉強の差も出やすい。社会人になってようやく出荷したという気分です」

長いからこそ、子育てには休憩や遊びが必要

 

 上田さんの話を聞くと、改めて子育ての時間は長いと感じる。渦中にいると目の前のことしか見えなくなってしまいがちだが、子育ては続くものだ。「でも子育てのメリットって子が成長することだから、大変でもその時代が楽しかったと思える日が来るんですよ」と言いながら、続けた。

「子育てはフルマラソンだと思ってください。今日で終わりではない。その日限りで終わりなら、ただ全力を振り絞ればいい。けど、子育ては続くんです。決して諦めないでほしいし、続けてほしいからこそ、今日やりすぎて明日倒れることだけはないように。立ち止まってもいいし、休んでもいいです。

 マラソンだって、トレーニングを積んだオリンピック選手は一気に駆け抜けるけど、市民マラソンは途中でバナナも食べるし、トイレ休憩もします。だから走り続けられる。お母さんもお父さんも機械ではなく人間です。機械のように同じペースでやり続けることは不可能だし、メンテナンスも必要。だから、心と体が壊れないように、危険信号をきちんと察知できる生き方を知っておいてほしいですね」

 そこには夫婦でのコミュニケーションと支え合いも不可欠になってくる。

「限界を迎える前に、今日は本当に倒れそうだとご主人に伝えてみてください。仕事も大変で、これ以上続けると壊れそうです。一日休ませてくださいと。今のお父様方なら、きっとわかってくれると思います。

 逆に男性が子育てとの両立で大変な思いをしている場合も出てきているはずです。そんなときは、今日はどうしても呑んで帰りたいと言ってみてもいいのではないでしょうか」

 最後に上田さんが取り入れていたという、夫婦バランス均等テクを教えてもらった。

「子育て中は、勝手ポイント制度なるものを導入していました。主人が呑みに行ったり、自分の趣味で出かけて行ったら、私の中でチャリンとポイントが加算されていくんです。ある程度貯まってきた段階で、“今とってもポイントが貯まっているので、旅行に行かせていただきます”と。私が勝手にやっていることで主人は知らないので、驚くんですけどね(笑)。でもそれくらいの遊びがないとね。子育てって大変なものですから」