著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
子どもの個性と向き合った結果、“親子留学”という選択をした高橋香奈子さん。実際に留学を実現させるまでと、現地で感じた子どもを取り巻く環境の違いを伺う。
編集・文=石渡寛子
コロナ禍による変化で決心を固めた親子留学
中学受験計画を中止し、我が子の“得意”と向き合って留学を決めた高橋さん。子の留学だけでも大きな決断だが、高橋さんは自分も同行する“親子留学”を選んだ。そのきっかけは、コロナ禍による働き方の変化。
「一番大きかったのは、私の働き方が柔軟になった点。実は出版業界って意外とアナログな部分があるんです。ページを作り上げる上で、編集部にこもって作業することも多かった。子どもが生まれる前は、朝から晩まで編集部にいるような生活をしていたくらい。
それがコロナ禍で一気にオンライン化が進み、印刷所へ写真や原稿を収める入稿という作業もWEB上で可能になりました。場合によっては、撮影もオンラインで立ち会えるようになって、リモートだけでも収入を得られるのではと考えるようになったんです。そうなれば都内にいる必要はないし、海外移住だって可能です」
まさにコロナ禍が生んだ副産物。その状況に合わせて、高橋さんはある自分の変化にも気づいていた。それは、子どもに対しての姿勢。
「自分の仕事に関してはどんどん目標を叶えてステップアップしてきた感覚があったんですが、それと同時に忙しくなりすぎて、息子に“ちょっと待ってね”と言う機会が増えていたんです。“お母さん”って話しかけてくれているのに、子どもを待たせて締め切りに追われる仕事を優先せざるを得ない状況に気づいて、仕事の達成感だけを求めていてはダメだなと考えるようになりました。
子どもが小さいころは本当に余裕がなくて、子育ての大変さが永遠に続くのではないかと思っていましたが、小学校高学年に差し掛かってくると友達との時間を大切にしている様子が感じ取れるようになりました。
私に甘えてきてくれるのもあと数年なんじゃないか。このまま1〜2年過ごしたら、何か手遅れになってしまうような気がして、仕事のペースを緩め子供との時間を優先したいという思いになったんです。このふたつが重なって、私も一緒に留学について行こうと決心しました」
ご主人との意見のすれ違いと息子の即答。その理由は?
リサーチを重ね、場所はカナダを選択した。カナダは学生ビザがあれば保護者もともに滞在できるのだという。しかしこの提案を聞いたご主人を説得するのは容易ではなかったと言う。
「自然に環境に溶け込みやすいだろうという気持ちから、子どもが小学生のうちに留学したいというリミットがあったのですが、夫は親ではなく子ども本人が留学したいとなるまで待ったほうがいいという考えでした。ずっと平行線でしたが最後は夫が折れてくれる形で渡航することができました」
息子にはフランクに「お母さんとカナダ行かない?」と誘ったという。「いいよ」とこれまたフランクに返ってきた答えに、今までに築き上げてきた親子の信頼関係を感じる。
「そうだといいんですが(笑)。どんなことがあっても、お母さんは君が大好きだし、絶対味方だからねと言葉をかけるようにはしていました。旅行の楽しかった思い出のおかげで、海外に抵抗がなかった点もこの即答につながっているかもしれません」
勉強がうまくいかないときや、自分の思うようにならない時など落ち込む息子さんに、高橋さんは寄り添い続け、励ましの声をかけていた。
「得意不得意はさまざま。当たり前ですが勉強のできる子はまわりにたくさんいて、学校でも塾でもそういった子たちが優秀とされがち。でも息子には息子のいいところがある。それはそのままでいいし、やればできるよって伝えていました。一度落ち込んでしまうと再浮上するまで時間がかかることもありましたけどね」
子どもの個性を否定しない。それを心がけることは、自己肯定力にもつながる。高橋さんが自然と起こしていた行動は、時折ぶつかる壁の前で座り込む息子さんの心をそっと支えていたはずだ。
いざ、留学へ! 不慣れな手続きを乗り越えて向かった先に
ご主人からGOサインが出てからの高橋さんの行動は早かった。4ヶ月間で学校選びから留学の手続きを完了した。
「留学手続きに関しては、慣れないことばかりで苦戦もしましたが、本当にあっという間すぎて自分でもびっくりしています。ひと息ついた時には、渡航予定の1カ月前でした。息子と私の荷物を最小限にまとめて向かいましたが、まっさらな状態から始める海外生活は想像以上に大変で、本当に毎日精一杯。渡航して1カ月後には子どもの学校も始まるので、その準備も整えていきました」
怒涛の日々を過ごし、学校も始まって数カ月。自分の考えは間違っていなかったと感じる場面もあると言う。
「日本にいるときは都心に住んでいることもあって、子どもが自由にのびのび遊べる環境が少なかったんですが、こちらでは遊べる場所がたくさんある。バスケットゴールや野球のグラウンドも空いていれば使えるし、芝生で素振りを思いっきりしていても誰かに当たる心配がないほど広い。私と息子が求めていた環境だと感じています。
先生にもよるかもしれませんが、息子のクラスは宿題もなくて、学校が終わってからは家族とゆっくり過ごす時間だと言われています」
肝心の息子さんも環境に順応し、かなり今の生活を気に入っている様子。
「英語がまだそこまで得意ではないので、思い通りに伝わらなくて悲しい思いをすることもあるようですが、基本的には毎日楽しんでいます。学校はもちろん、街や人の雰囲気も明るくてテンション高めな感じが気に入っているようです。
例えばエレベーターで知らない人と出くわしても、ちょっとしたきっかけで会話が生まれたり、ホームルームで先生が話している最中でも子どもたちが自由に発言してクラスでコミュニケーションが生まれたり。日本にとは違う点をポジティブに受け取っています」
自分の意見をしっかりと主張し、コミュニケーションを取る。それはまさに、高橋さんが子育てをする上で目指していた“人間力”にもつながるものではないだろうか。
「まだ始まったばかりですが、息子はずっとこっちにいたい気持ちが強くなっているようです。海外留学の場合、子どもが大きくなったら、子どもだけ寮に入ったり、ホームステイをする単身留学に切り替える方法もありますが、私はまだ子離れしたくないし(笑)、食事のケアなどもしていきたい。
息子がひとり立ちしたいと言うまでは親子留学の形を続けていきたいと考えています。子どもが小さい頃は早く子育てを終えて自由になりたいと思っていたのに、本当に不思議なものですね」
息子さんの「塾をやめたい」という一言から子どもと向き合い、自身のキャリアもスローダウンさせた高橋さん。その勇気ある判断と行動力が、カナダの地でのびのびと過ごす息子さんの笑顔を作っている。しかし、本人はこう振り返りながら反省する。
中学受験に気持ちが向かっていたときは、なんでまわりの子はできるのに、うちの子はできないんだろう?って思っていました。でもそれは、自分の仕事が忙し過ぎて、息子のサポートが出来ていなかったから。私自身が直接教えてあげたり、寄り添うことが足りてなかった。塾をやめたいと言ったことは、必然だったと感じています。
でもあの一言があったから、今がある。図工で表彰されたこと、野球で活躍していたこと、パソコンが得意で動画編集に取り組んでいたこと。伸ばせるところはたくさんあることに改めて気づかせてくれた息子に、感謝しているくらいです」