著名な育児論や教育法はたくさんあるけれど、理想通りにいかないのが子育て。だからこそ、机上の空論ではなく、実際に日々悩み、模索しながら子育てに向き合ってきた先輩たちのリアルな声が聞きたい。そんな思いから、独自の育児をしてきた先輩パパママたちの“子育て論”を聞く本連載。
今回は焙煎所を営み、主にコーヒー豆の販売を行う「ほんとうにおいしいコーヒー」店主・松園亜矢さんにインタビュー。5人の子どもたちとの信頼関係を培った“おむつなし育児”と自身の子育て経験から目指す“場”の必要性について伺う。
編集・文=石渡寛子 写真=北浦敦子
子育ての意識を変えた“おむつなし育児”との出会い
5人の子を育てながら焙煎所を営む松園さん。「学校に行きたくない」という長男の素直な気持ちに向き合い、良好な関係で過ごしてきた背景には、子どもたちとの確かな信頼関係があった。そのヒントは“おむつなし育児”に隠されているという。
「長男が生後4か月を迎えたころがちょうど真夏だったんです。玉のような汗をかきながらおっぱいを飲んで寝ている姿を見ていたら、紙おむつより布おむつの方が涼やかなんじゃないかなと思って。
ちょうど主人の実家から新品の布おむつをもらっていたので、やり方を検索してみたところ、おむつなし育児というものに行きつきました。
実は出産前から存在は知っていて、せっかくだからと昼寝から起きた息子をトイレに連れて行ってみたら、ボケーとしながらもちょろちょろって尿を出すんです。その姿を見たときに“うちの子天才だわ!”と感動してしまいました。
つまりおむつなし育児って、おむつをまったくつけないことではなくて、念のためにおむつをつけておきますが、なるべくおむつ以外の場所(おまるやトイレ)で排泄をさせる方法のことなんです。
赤ちゃんの排泄のタイミングなんてわからないだろうと思うかもしれませんが、様子をよく見ていると、ちょっとした仕草で“今かな”とわかるようになってくる。そうすると子どもも“あ、この人全部わかってくれているんだな”と、自分に寄り添ってくれていることに気づき始めるんです」
この経験が、親からの愛情を疑わない信頼関係につながったのではないかと語る。さらにこの育児法で世界観が一変し、赤ちゃんとのコミュニケーションが楽しめるようになったと続ける。
「生まれた瞬間から愛おしいという気持ちは溢れていたんですが、おむつなし育児に出会うまでは、どこか乳飲み人形のような扱いをしてしまう瞬間もあった。あまり子ども主体ではなかったんでしょうね。
この育児を経験してから、赤ちゃんに対して一人の小さい人間として接するようになったんです。それまで努力して赤ちゃんに話しかけていた部分もあったんですが、おむつなしを始めてからは、このうれしい気持ちを伝えたい! あなたの様子がもっと知りたい! という気持ちがとめどなく言葉で溢れ出るようになっていきました」
子どもの気持ちを優先してたどり着いた、懐かしの育児法
さらに紐一本でおんぶと抱っこができるさらしおんぶの存在を知り、新たに取り入れた。ともに昔からある育児法だという。
「以前雑誌の取材を受けたときに、私がしてきた内容を“急がば回れの育児”と表現していただいたことがあるんです。
母のプロを目指していろいろなことに手を出してみましたが、今の育児の最先端って、大人の利便性によって生まれたものが多い気がして。大人本位の目線で結果を早く求めすぎると、子どもたちが違和感を感じて、別の問題が生じるんじゃないかと考え始めました。
例えば、お母さんとずっと一緒にいたい赤ちゃん時代。でも家事もこなさなきゃいけないから、赤ちゃんが一人で座っていられるグッズを活用する。とっても便利ですよね。見える視点が変わって赤ちゃんも喜びます。一時的にその子の欲求は満たされるかもしれません。
でも本当はおんぶや抱っこで一緒にいたいという子どもの気持ちをごまかしているのではないかと感じたんです。そのときに満たされなかった気持ちを、4、5歳になっても“ママ抱っこ〜”と甘える事で、自分の願いが叶えられるか挑んできている気がして。
多少手間ひまがかかっても廃れずに受け継がれている布おむつやおんぶ紐には、大人本位とは違った先人の知恵が詰まっているのではないかと思い、取り入れていたんです。とはいえ布おむつは洗濯機で洗えるし、さらしおんぶも楽ちんなんですけどね」
相手(子ども)の視点に寄り添い行動することが信頼を構築する。人間関係の基本とも言える考えが親子になった途端に欠落してしまう。懐かしの育児法から得た松園さんの気付きは、親と子=人と人であることを再認識させられた。
子どものおかげで解放された、頑張りすぎる自分
同じ育児法で5人を育て上げた松園さん。苦労も多かったのではないだろうか? そう尋ねると「何人目からの話が聞きたいですか?」と不敵な笑みを浮かべた。
「3人目までは無理すれば一人ひとりに100%を注ぎ込めるんです。無理すればね。ですが、4人目以降はお手上げです。もう手と足がたりない。
そうなると“好きにやってね”という丸投げできる思考になるんです。できるところは子どもたち自身に任せる。すると親側に余裕ができるというか、気持ちが少し楽になるんです。
上の子は、“トイレ行きたそうだよ”と下の子の様子を教えてくれるようになり、“やっといて〜”というと、トイレまで連れて行き、パンツを脱がせてくれていました。
それまで私自身に頑張り屋な長女気質が出ていたのですが、子どもが増えるにつれてまわりに委ね、甘えられるようになった。これはすべて子どもたちのおかげなんです」
やってあげることだけが子育てではない。託すことが子の成長を促し、親にも余白が生まれる。松園さんはその余白を使いながら、コーヒー豆の焙煎について知識を深め、実験を繰り返していく。
「家に友人を招いてコーヒーの試飲をよくしていました。昔からいいと思ったものは人にプレゼンせずにいられないタイプなんです。化粧品メーカー時代もいいと思った商品は他社メーカーのものでもお薦めしたりしていました。だから売上は上がらないけど、お客様からは一定の信頼をいただいていました(笑)。
そんな調子で仲間にコーヒーを出しながら“おいしいでしょ〜!”なんて語っている姿を子どもたちも見ていて、みんなが喜んでいるし、そんなに悪いものではなさそうだと気づくわけです。で、息子もきちんと関わってくれるようになりました」
息子と始めたコーヒー豆の焙煎から、新たな気持ちが芽生える
息子の行く末を心配して始めたコーヒー豆の焙煎で、意外な副産物も見つけた。豆の選別時に行う手作業の魅力である。
「家で豆仕事をしていたら娘の友達が遊びにきて、興味を持ってくれたんです。“やってみる?”なんて軽く誘って一緒に作業しながら世間話していたら、自分のことやお家のこと、今感じていることなどをいつもより饒舌に話してくれて。面と向かって会話するよりも、手を動かしながら何気なく会話していると、ポロッと本音が話しやすいのだなと気づいたんです」
コーヒー豆の焙煎はお店を持たずとも続けられたかもしれない。実店舗を構え、誰もが出入りできる場を設けたのには、この着眼点から目指すコミュニケーションスペースとしての役割があった。
「この焙煎所が、学校に馴染めなかった子たちの会話の場になったらいいなと思うんです。豆の選別を手伝ってくれれば、きちんと報酬も差し上げます。おもしろい大人もたくさん出入りしているので、とりあえず来てお小遣い稼ぎをしながら、会話をしてみる。
学校に行きたくない子って、同世代と話が合わない場合も多いし、かといってカウンセラーに向かって話すのも緊張する。そんなときに程よく距離感のある人間となら話しやすいのではないかと。
学校に行きたくないって宣言した子は、やっぱり強い。親の方が凝り固まった考えになってしまっている場合もある。でもここには学校に行かなくても自分なりの道を見つけている子がたくさん来ています。だから一度お越しいただければなって思うんです」
「赤ちゃん連れのママがおしゃべりをしに来てもいいし、行き場がないと感じた若者が来てもいい」とも語る松園さん。育児の先に行き着いたコミュニケーションの場は、誰に対してもオープンで明るい。解放的なガラス張りの店構えが、それを象徴しているかのように見えた。