結婚、家族、夫婦、子ども。取り巻く環境は30年前……いや10年前と比べて大きく変化している。けれど、それらに対する「考え方」「価値観」はなかなか変わらない。
家族に対して「苦しさ」を訴える人が増えた理由のひとつだろう。
特に「夫婦生活」と「子育て」はその代表例といえる。密接に関係するこの二つの関係について、ふたりのスペシャリストに話を聞いた。
ひとりは新刊『夫は、妻は、わかってない。 夫婦リカバリーの作法』が話題の夫婦カウンセラー安東秀海氏。そしてもうひとりが、現役保育士として執筆活動、NHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』に出演するなど活躍の場を広げるてぃ先生だ。
夫婦カウンセラー。妻とともに夫婦専門のカウンセリングオフィス「LifeDesignLabo」を主宰。東京渋谷のカウンセリングルームには不倫やセックスレス等様々な問題を抱える夫婦が日々訪れ、2023年7月現在サポートしてきた夫婦は2000組に上る。機能不全に陥った夫婦の関係性を読み解き、健全なパートナーシップ構築へと導くことを得意とする。心理カウンセラーとして10年以上臨床に携わってきた実績から多彩なアプローチ手法を持ち、心理療法(セラピー)や心理ワークにも精通する。1973年生まれ。
現役の保育士でありながら、フォロワーが160万人を超えるインフルエンサーとして活躍。その超具体的な育児法は斬新なアイディアに溢れていて、世のママパパに圧倒的に支持されている。数多くのテレビにも出演し、「いま一番相談したい保育士」「カリスマ保育士」と紹介される。
——てぃ先生、『夫は、妻は、わかっていない。』を読んだ感想はいかがでしょうか?
てぃ先生:僕は未婚なのですが……、知らない二人が一緒に生活するのは本当に大変なんだな、と改めて感じました。
もともと結婚に対して過度に期待を持つタイプではなかったのが、もっと期待しなくなったというか……(笑)。
——なんと、結婚したくなくなりましたか?
てぃ先生:いやいや(笑)。
でも、読むほどに勉強になりました。僕は男性なので、女性側の視点はわからないことばっかりだったんですね。誤解を恐れずに言うと「それってただの愚痴じゃない?」と感じてしまう部分もあって。
でも、よく読んでみると、女性から見た男性側の視点もそうなんだろうな、と。
だからそれを考えるほど、本のタイトルにある「わかってない」の応酬になるんだろうな……夫婦って難しいなと感じたんです。
安東先生:てぃ先生がおっしゃったような「結婚の意味ってなんでしたっけ?」といった疑問は、夫婦カウンセリングの現場でも20~30代前半のご夫婦から本当によく聞きます。
まだお子さんがいらっしゃらないご夫婦に特に多いように思います。
そういう思いは理解できるし、共感できる部分もあるんですが、カウンセラーとしては「結婚の意味を考えるまえに、まずは関係の改善をしましょう」というスタンスからサポートするようにしています。
長年夫婦で「夫婦カウンセリング」を行い、2000組の話を聞いてきた、LifeDesignLaboの安東秀海先生がその解決策を紹介していく。不倫、セックスレス、借金から「夫が嫌いになった」といった感情の課題まで。9つの代表的なカウンセリング事例とを紹介しながら、自分の人生との向き合い方を提示する、自分を大事にできる一冊。
似て非なる「夫婦仲」と「子育てにおける仲」
——なるほど。夫婦の在り方、考え方も時代に応じて変わっていくのかもしれません。ということで今回は、現役保育士として「子育てのスペシャリスト」であるてぃ先生と、夫婦間セラーとして「夫・妻のペシャリスト」である安東先生に、「夫婦関係」と「子育て」の関係性、その重要性、そしてどうすればその不安から解放されるのか、についてご意見を伺いたいと思います。
てぃ先生・安東先生:よろしくお願いします。
——最初に統計をご紹介します。
「子育てに楽しさを感じるときが多いか」を聞いたところ、日本では、「楽しさを感じるときの方がかなり多い」(27.9%)と「楽しさを感じるときの方がやや多い」(50.9%)を合計した『楽しさを感じるときの方が多い』は 78.9%となっています。同調査で紹介されているフランス、ドイツ、スウェーデンと比較すると大差はありませんが、過去の結果と比較すると、『楽しさを感じるときの方が多い』が 2015 年度調査の 86.2%より 7.3 ポイント減少しています。
また、「子育てをして良かったと思うこと」の調査結果では、「夫婦の愛情が深まる」という割合は全体の22%にとどまり、フランス(24.8%)、ドイツ(33.2%)、スウェーデン(32.0%)より低くなっています。子育てと夫婦関係の相性は芳しくないようにもみえます。
【出典:令和2年度少子化社会に関する国際意識調査報告書(内閣府 子ども・子育て本部)】
——まず、てぃ先生にうかがいます。保育士として「母親・父親」と会うことも多いかと思います。そのなかで、夫婦関係は子育てに影響を与えると思いますか。
てぃ先生:かなり大きい影響があると思います。
いきなり印象論で申し訳ないんですけど、結婚生活に適した相手と、一緒に子育てをするのに適した相手って違うんじゃないか、と思うくらいに。
——どういうことですか。
てぃ先生:例えば自由恋愛から結婚をした夫婦の子育てって、うまくいくイメージがあまりない。逆に育児を見越したうえで結婚された夫婦は子育てトラブルが少ないんじゃないかって想像します。
そのくらい夫婦が仲良くすることと、夫婦で子育てをすることは似て非なるものだと感じています。
あくまで僕の印象ですが、安東先生は相談を受けていてそういう感覚をお持ちだったりしますか?
安東先生:わたしのところにお越しになるご夫婦は、夫婦としての関係性がこじれているという前提があるのでどうしても偏ってしまうところはあるのですが、「夫婦としてはうまくいっていない、でもお父さん、お母さんとしてはうまくやれている」というケースが非常に多いことは確かです。
そういう場合、夫婦関係はさておき子どもにとっての父・母として割り切ってやっていくのか、夫婦としてもより良い関係を目指していくのかによって、取り組み方も大きく変わります。
子育てに熱心だからこそ生じる衝突
——ご相談のなかで「子育て」が夫婦の関係悪化、こじれの要因になっていることはありますか?
安東先生:ありますね。育児に限ったことではないですが、お互いにとって重要なことほど衝突の原因になりやすいんです。例えば先日、パパが育児に熱心すぎて、ママとぶつかっている、というケースがありました。
「子どもにそんなものを食べさせるな」「これを食べさせよう」みたいな思いが強いパパと、「そんなの現実的じゃないし誰が用意すると思ってるの?!」と困ってるママ、という構図でしたが、今の日本ではまだまだ女性(ママ)が子育ての中心を担うことが多いですから、ママが直面している「現実」とパパの「理想」がぶつかるんですね。
てぃ先生:僕がパパさん、ママさんと接していて感じることに似ています。
性別でキャラクターを決めつけるのはあまり良くないので、参考程度に聞いていただきたいですが、パパさんは「こう!」と思ったら、それを変えることが難しいような気がします。
子育てに熱心で、本や記事を読んで自分なりの「子育ての正解」を作ってしまう。
それを進めようとしすぎて、ママさんが「いや、うちの子には合わないんじゃない」と諭しても、「いや、あの本に書いてあったんだ」と譲らない。
柔軟性がありそうなパパさんなのに、実はそうでもない……みたいな。
安東先生:なるほど。
てぃ先生:ママさんだっていろいろ子どものことを考えていますから、同じように本や記事で情報を仕入れています。
ただ、その情報を入れた後に「自分の子に当てはまるのか?」「合っているか」を検証して判断している。
その上で、「うちの子にはちょっと違うかも」「現状では無理よね」「これならできるかな」と、冷静に情報を捉えているように感じます。
安東先生:確かに。一概には言えませんが、男性の方が、一般論を当てはめて考える傾向が強いかもしれませんね。
その上で、自分の意見や考えが受け入れられていないと感じると、「話にならない」と対話を切り上げたり、怒り出したりということが多いのかもしれません。
どちらかというと男性は感性的なことよりエビデンスやデータを重んじるところがあるので、てぃ先生がおっしゃるとおり、情報やデータを取り入れつつもお子さんの気持ちや実情をを見つめながら判断しているママさんとギャップが生まれやすいんだと思います。
——ギャップ。
安東先生:はい、もちろん育児のやり方や考え方の行き違いもあるわけですが、夫婦関係で言えば、それ以上に気持ちの部分での隔たりが問題になります。
例えば、パパが育児に熱心で「これを食べさせよう」「これはやめておこう」とあれこれなってるような時って、殆どの場合、ママはパパが考えるだいたいのことはもう検討済みだったりするんじゃないかと思うんです。
その上で現実的なオペレーションを組んでいたりするので、そのあたりを理解せずにあれこれ言われると「あなたは全然、わかってない!」となってしまいます。
ここでの「わかってない」は現実をわかってない、ということだけでなく、子どもをケアしつつ食事を用意することの大変さや、それでも頑張ってる努力を「わかってない」だったりします。
つまり、「あなたはわたしの気持ちをわかってない」となるわけです。
夫婦の対話が変わる「ポジティブ」とは?
——身に覚えのあるご夫婦も多そうです……。ではまず「子育て」を中心に考えた場合、どうしていくのがいいでしょう。
てぃ先生:まず、子どもやパートナーについてポジティブな部分の情報を得ることが大事だと思います。
今の事例でいえば、家の中では「パパ側の理想」とまったく違う生活が行われているのに、パパはその情報を持っていない。
だから「うちの子もこれをしないと」とか「うちのパートナー(妻)も食育のためにこういう料理ができるはず」と考えてしまう。
そういうパパに対して、ママ側が「うちの子は最近こういうことで悩んでいるの」とか「子育てが大変になってきた」みたいなネガティブな話を持ち掛けると、パパなりの「正解」を導こうとして、アドバイスをし始めてしてしまう。実際の生活を知らないのに、です。
でもママさんは「いや、解決策を知りたいんじゃなくて、私が大変だってことを理解してほしい」と思っていて、そこにすれ違いが起きちゃうんですね。
——そういう対立はよく聞きます。
てぃ先生:でも、ポジティブな情報から話を始めると変化があります。
具体的には、ママ側が「うちの子、最近、こういうご飯が好きなんだよ」とか、「こういうキャラクターにハマってるんだ」「保育園ではこんな子と仲がいいみたい」といったちょっと聞きたくなるようなお子さんの話から始める。
または自分自身の「わたし、こんなドラマが好きなんだよね」とか「あなたがいいって言っていた曲を聞いてみた、確かにいいよね」という話をする。
そうするとその言葉から相手を理解しようという思いが浮かぶじゃないですか。自然と、もっと話を聞きたい、と言う流れになると思うんです。
結果として情報が集まって、「うちの子はこうなんだ」「自分のパートナーはいま、こういうことを感じているんだな」って、リアルな生活を知ることができる状況が生まれます。
——なるほど。
てぃ先生:そうなってくればネガティブな情報を聞いたとき、パパ側も情報が揃っていますから、言い方が変わったり、言葉の背景を察することもできるんじゃないかな、と。
——ママやお子さんに現実的な目線で見ることができる。
てぃ先生:はい。これは先生の本にも同じようなことが書いてあったと思います。
安東先生:夫婦でも見ている世界は違う、というところですね?「夫婦だから同じ世界を見ているはずという過信」を横に置いて、情報提供をするというのはとても大切ですね。さらにポジティブな情報から伝える、というのはすごく参考になります。
私たちのところにいらっしゃるご夫婦はネガティブな話をしすぎてウンザリしてしまったか、そもそも衝突しそうな話題を避けて我慢が重なってしまったかで、夫婦としての対話ができなくなっていることが多いので、ふたりだけで安全に対話ができる状態に戻すことが夫婦カウンセリングのひとつのゴールなんです。
そのためには日常のコミュニケーションは「肯定的」にを心がけてもらいますね。
ポジティブな話はもちろん、ネガティブな話も安全に話せるし、聞ける状況になれば、夫婦カウンセリングとしてはひとつのステップをクリアしたと言えます。
【次回は10月14日更新‣安東先生のカウンセリング記事はこちら】
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夫婦関係の改善をサポートするQ&A企画『夫婦リカバリー相談室』では、皆さまから寄せられた悩みや疑問に、夫婦関係専門カウンセラー・安東秀海先生がお答えします。