世の中にあふれるたくさんのデータに注目し、正しい意味や活用方法を、ジャーナリストの長野智子さんとともに検証していくコンテンツ『データの裏側』。

 前回はデータに基づいた「人の幸福」を研究している矢野和男氏に、「日本人はなぜ幸福度が低いのか?」について話を聞きました。データで分かった「幸せ」になる方法とは?

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この記事は【動画】データが示した幸福度が高い人と低い人、何が違う?の内容を抜粋、再編集したものです。

「幸せ」は、体の中で起きている物理現象

長野智子さん(以下、敬称略) 「幸せ」は定義できるんですか?

矢野和男さん(以下、敬称略) 私は、「幸せ」はバイオケミカルな反応だと思うんですよね。

 

長野 バイオケミカルな反応?

矢野 体内に起きている生化学反応です。

 「幸せ」を普通の言葉で言うと、色んな意味で使われていますよね。その人が置かれている境遇のことを「幸せ」と言う場合もあります。それから、「飲み会の最中は最高に幸せだ」のように、何かの行動や手段があなたに良い気分を与えるということを「幸せ」と呼んでいることも。

 境遇や手段のこともあるんですが、さまざまな環境、しかもソーシャルな人との関係の中で我々は生きているので、環境変化に自ら適応していくためのバイオケミカルな反応は、地球の裏側へ行っても起きているわけですよね。

 曖昧なことではなく、普遍的な物理現象がみなさんの体の中で、この瞬間も起きているという──。

 

無意識という非言語を、どう捉えるか

長野 それを紐解いていきたいのですが、そのために矢野さんは行動データをまず分析されたと伺ってきたんですが、これはどういうことなんですか?

矢野 人と人のつながりを、単に相手が好きだとか嫌いだとか、合うとか合わないとか(で判断すること)。それは非常にレベルの低い理解なんですね。

 上から俯瞰して見ると、どことどこが繋がっているかが大変重要で、こういうデータを大量に解析していくと、幸せな人にはその人の周りのネットワークに、特徴があることが分かってきたんです。あるいは「不幸な人はこうなっている」と、職業や組織を超えて普遍的に、この特徴を見るとその人が幸せかどうか予測できます。

 結果として、体内のデータも色々あるんですが、その体内の特に言語化できていないような、その人の意識に上っていないようなことも含めて総合的にデータで取ろうということで、ぶら下げるような名札型のセンサーを世界に先駆けて開発したんです。

 

 私、もう17年半24時間365日、1秒間に20回のサンプリングで測ってたりもしています。

 

 無意識は非言語のさまざまな表現、例えば体の動きだったり、声のトーンだったり、相手との間合いだったり……。こういうところに表れています。

 意識は、人間のいろんな行動や思考のほんの一部なんですね。むしろ無意識の方が、非常に大きな影響を与えている。それをちゃんと捉えようとすると、非言語で、しかも測れないといけない。なのでこれを使っているんですね。

 コールセンターだとか銀行の新事業を立ち上げている事業家の組織だとか、さまざまな組織で、人がどういう状態の時に、どんなソーシャルなインタラクションをするかという大量のデータを集め始めたんです。

 

 この点の1つ1つは、ある会社の従業員です。1500人くらいの人が、誰と誰がつながってるか、あるいはいつ、どういう頻度で接触しているか。加速度センサーという体の動きを測るセンサーが1秒間に50回のサンプリングでXYZどっちに動いてるかのようなデータを取りました。

 これに加えてアンケートです。今週は幸せだった日、悲しかった日、孤独だった日、楽しかった日どのくらいありましたか?というデータを合わせて、すでに1,000万日を超えた大量のデータをいろんな職業や組織で計測し、その解析をもう10年以上にわたって継続的にやってきたんですね。

無意識のビッグデータから見えた幸せの法則

長野 センサーをつけるとつけた時点で、何か意識が変わっちゃいそう。

矢野 間違いなく変わります。その瞬間は。

長野 何がわかるんですか?

矢野 これでいろんなことが分かるんですが、まずこのグラフの解説をすると、1個1個の点が人なんですね。1500点ぐらいあるんですが、この中で中心的な人と周辺的な人がいるんですよ。どの人だか分かりますか?

長野 さっぱりわからないです(笑) 真ん中の赤ですか?

矢野 中心的な人は、自動的に真ん中に寄るようになっているんです。逆に端にいるのは、組織の中で周辺的な役割の人。いろんな人と繋がっていて、繋がっている人もまたいろんな人と繋がっていると、ますます真ん中に寄るような仕組みになっています。

 

 これは「ソーシャル・ネットワーク」や「ソーシャルグラフ」と言ったりします。去年、『Nature』のScientific Reportsという権威ある科学誌に論文を発表したんですが、大事なのは三者関係で、ある人がよく話してする人が二人いるとします。この二人同士が話をしないと、左のようにV字型になるんですね。

 この二人同士が話をすると、右のように三角形になります。三者関係は、V字型か三角形か、どちらかしかないんですね。

 

 長野さんの周りにV字型が多いと、長野さんは落ち込む。三角形が多いと、幸せになる。

 例えばV字型というのは、会社の中でいうと、この人があるプロジェクトに参加したとします。リーダーと一所懸命に話をするのに、なぜか別に上司という人がいて、その人とも会話しなきゃいけない。なのにこの二人同士はちっとも話をしない状況となると、板挟みになって落ち込んだりするんです。

職場も家庭も同じ。「幸せ」を作る人間関係

長野 では、リーダーと上司が自分の他に会話をしてくれると幸になる?

矢野 そうなんです。そういう関係は何かというと、“仲間”なんですね。それに対してこのV字型は、用事や損得だけの関係なんですね。

 例えば、お店の店主とお客さんの関係です。お金を払って食べ物を提供されることは、単に用事と経済取引や損得だけの関係。店長がいてお客さんがいて、お客さんの間には何の関係もないですよね。だからV字型の関係です。

 一方、カウンターに座った隣の人と何かつながりができると、お店を中心にしたコミュニティーができますよね、それはまさに三角形。ソーシャルネットワークの研究で、三角形は仲間や連携、連帯、結束、コミュニティーの基本単位だと考えられています。

 まさに損得や用事だけの関係はV字型になるんですね。これは家族の中でも同じで、私が妻とよく話している、妻は娘とよく話している。娘は毎日、問題を起こしてるのに私は直接娘と話さず、いつも妻にばかり言っていると、「自分の娘なんだから、私にばかり言わないで娘に直接言ったらどうなの!」みたいな。これまさに、情報と用事だけつながってればいいと思ってるんですね。

長野 それ、すごく分かりやすいです!

矢野 人間として娘を見ているなら直接向き合え、と。元々、頭の中で左と右が違う世界にいると思っているから、そういう行動になるんですね。

 

長野 その前から、このような三角形を作っておけば、すごく幸せな家庭になるということですね。これは普遍的な傾向なんですか?

矢野 さまざまな職業や組織で極めて普遍的に見えていて、さらに根が深いのが組織図です。組織図はすべてV字型だけでできているので、三角形がないんですね。

 だから、組織図どおりコミュニケーションしていたら、データで証明された不幸な組織に必ずなる、ということです。だから組織図を超えて、横や斜め上の人たちと繋がって仲間にならないと、仕事もうまくいきませんよということなんですね。

長野 組織化により三角形ができにくくなったというのは、必要なことができにくくなっているわけですか?

矢野 組織を担当に分けてロジカルに分担しくことは、効率よくするという意味で一見良さそうに見えるんですが、単なる点でない心を持っていてバイオケミカルな反応が日々体の中に起きている人間だと思うと、結局そういうことじゃうまくいかないよということなんですね。

 

長野 リモートワークではより深刻に、と書いてありますが、確かにコロナ禍でみんな会社に来なくなってしまうと、余計三角のコミュニケーションとりづらいですよね。「これからの時代はリモートでいいじゃん」という意見もありますけど、人間の幸せという視点で考えるとやっぱり厳しいんですか?

矢野 それはリモートの条件の中でも、横や斜めの三角形ができるように工夫しなきゃいけないということなんです。黙っていて「無くなったよね」と嘆いているだけでなく、もうちょっと工夫しなさいよ、と。

長野 嘆いているだけだったら、会社に出ていてもそんなに変わらないかもしれませんね。

矢野 会社の中でも隣の人ともほとんど話をしたことない。あるいはやったとしても、用事がある時だけ用事の話しかしないし、相手が何考えているか。そもそも何でどんなバックグラウンドでここに来ているのか。何も知らないっていう会社の人なんていくらでもいますよね。

「仕事がうまくいったら幸せになれる」は嘘

長野 生産的で幸せな組織個人の働いている人たちの幸せ、プラス生産的で会社の利益向上にも繋がるということです。

矢野 その通りですね。一番大事なポイントは、多くの人は仕事がうまくいったら幸せになれる、健康だったら幸せになれるとこんな風に思っている人が多いんです。しかし、そういう因果関係は実は意外に少なくて、幸せというのは因果関係が逆なんですね。

 幸せだと仕事がうまくいく。幸せだと病気になりにくい。そこが非常に重要なポイントで、四半世紀、さまざまなデータで検証されていることなんですね。だから、まず幸せになる。幸せになるのはスキルだし、練習で高められる。

 ただチームプレイが大事で、チームプレーがちゃんとできているかどうかのためには、こういう三角形があるような、単なる用事じゃない、人として、人間として、仲間として、結束して、信頼できるような関係がないと、結局その人も幸せになれないし、幸せにならないとパフォーマンスも出ない。こういう構造になっています。

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