結婚生活の中で積もり積もった不満や違和感。もう離婚しかないと思うほどの不仲やトラブル。
さまざまな夫婦の在り方があるからこそ、ふたりの間だけで解決できない悩みや問題を抱える人も少なくないでしょう。
夫婦カウンセラーとしてこれまで2000組以上の夫婦をサポートし、著書『夫は、妻は、わかってない。夫婦リカバリーの作法』でも注目を集める安東秀海先生が、読者の皆様から寄せられた夫婦関係のお悩みにお答えします。
今回は、繰り返し嘘をついた夫を許せないけれど、家族のことを思うと離婚はできない…という、ゆうこさんからのご相談。
ゆうこさん(仮名)からのご相談
私は今の夫と今年で結婚7年目になる主婦です。
夫とはお互い再婚同士で、私にはひとり中学2年生になる連れ子の息子がおります。他に、二人の間に5歳になる娘もいます。
私は夫を許すことができません。どうしても許すことはできないのに、離婚することも難しい状況にあり、とても苦しいです。
どうしたらこの気持ちが楽になるのか、今後どのように生活していくべきかアドバイス頂きたく相談いたしました。
私が夫を許せないのは、自己保身の嘘をつき、家族を裏切り続けるところです。
……実は、私は夫と出会った頃、職務中の事故により大きな後遺症を持った状態にありました。
結婚生活をスタートしてからも、事故後のリハビリや状態改善のために手術を受ける必要があり何度も入退院を繰り返していたのですが、残念ながら努力の甲斐なく、障害が残ってしまいました。
私が入院している間に、夫は障害者年金の手続きを買って出てくれたので、全てを任せていました。
ところが、症状固定から1年が経過しても年金事務所より返答がありませんでした。ことあるごとに夫に詳細を確認しては、年金事務所から返答がないことに憤りを感じ、ストレスが募ります。
ある日夫から「事務所の担当者が変わり、その際に診断書を失くしてしまい大騒ぎになっている。新たに診断書を取得し、その分の費用を請求してほしいと連絡があった」と聞きました。
当時は夫を信じていたので、病院に事情を話して診断書の再交付をお願いしました。
ところが、その診断書を渡したあとも、一向に連絡はありませんでした。都度夫を通じて進展の確認をしていたのですが、要領を得ない返答ばかり……
我慢の限界を迎えた私は夫の制止を振り切り、年金事務所へ連絡しました。すると、年金事務所からは信じられない返答があったのです。
「今まで手続きを受けたことは一度もありません。ご主人とよく話し合われてください。」
これまで散々年金事務所とのやり取りを聞かされてきましたが、全てが嘘だったのです。
手続きが2年以上遅れたことで、取得できる予定の年金が2年半以上交付されず、当時失業中だったこともあり家計はとても苦しかったので、夫を強く諌めました。
夫はとても反省し、二度と嘘は付かないと約束をし、私もここでは夫を許しています。
ところが、この騒動から2年近く経過し、今度は夫が消費者金融6社から400万以上の借金をしていることが判明しました。しかも、最初の借金は結婚後間もなくスタートしています。
借金の用途は、生活費の補填。
夫の仕事はフリーランスのため、歩合給です。私には仕事がないことを誤魔化すために朝家を出て、夜遅くまで帰らず、外でダラダラと過ごして仕事をしたふりをしていました。
架空の給料明細が家に送られてきていたので、まさか給与が計上の半分もないことがあったとは思いもよらず……。定期的に仕事がない時期があり、都度消費者金融から借りて補填していたとのことです。
私は肢体不自由でワンオペをし、フリーランスで寝ずに仕事をしてきたので、夫に二度の裏切りを受けた気持ちになりました。
夫は仕事がないときに寝て過ごし、私だけが家事や育児、徹夜仕事をしていたのか……と言う思いと、恐ろしい金利の借金を繰り返していたこと……。もう頭が真っ白になりました。
これを知って、その場で着の身着のまま飛び出して、6日ほど家を出てしまいました。この間、何度も命を絶とうと迷いました。しかし、事態を知った義母が仲裁に入り、借金の立替えをし、私に寄り添ってくれました。
夫はここでやっと事の重大さに気付き、体の不調を患うくらいに反省はしていました。
私には身寄りがなく、日頃から実の娘の様に私を可愛がってくれる義母にいつも支えてもらっています。私が離婚をすれば義母が悲しみます。また、去年亡くなった義父にも生前に「家族を任せた」と遺言を受けています。
息子も、血の繋がりはなくても、夫のことを好きだと言っています。今回の事は私が不在のときに夫から聞いており、その上でも離婚はしないでほしいとの事でした。娘も夫が大好きでいつもくっついています。
義父母や子供のことを考えると、再構築をすることが1番良い方法なのだとは思います。再構築をして、家族で頑張っていく事がベスト……そう頭では分かっているのに、心が夫を拒絶しています。
また裏切られるのではないかという恐怖がいつもあります。
※一部、お送りいただいた文章から編集を加えています。
今すぐ許そうとしなくてもいい。夫婦それぞれが問題の本質に向き合うために
まず、ご相談をお寄せいただき、本当にありがとうございます。何からお話を進めていくのが良いか、ご相談の背景にある、ゆうこさんのこれまでを想うと、適切な言葉がすぐには見つかりません。
義理のお母さんをはじめ、ゆうこさんを大切に想われている方々の支えがあってのこととは思いますが、それでも今日、ここに至るまでの道程はとても困難なものであったと想像します。
だからこそまずお伝えしたいのは「今はまだ、彼を許そうとしなくても良い」ということです。
生活を共にするパートナーへの怒りを抱いたまま暮らしていくのは苦しいことです。でもそれ以上に、傷ついた心の回復が不十分なまま、また何を担保に今日の彼を信じて良いのか明確にならないままに、彼を許そうとするのは、傷ついたままのゆうこさんの心には負担が大き過ぎると思うのです。
もちろん彼も(ここからは、仮に小平さんとお呼びすることにします)、きっと強く反省されていることと思います。これからは嘘をつかない、もう傷つけない、と心の底から思っていらっしゃるでしょう。
でも、きっと小平さんはこれまでも、嘘をつこうとしてついた訳でも、ゆうこさんを蔑ろに考えてきたわけでもないのだと思うのです。
年金の手続きを買って出たのも、お金を借りることになったのも、ゆうこさんを支えたい気持ちや、心配させまいとする考えがあったのではないでしょうか?
だからこそ、なのです。
小平さんの中で今回の問題がなぜ起こったのか? どうしていずれ露見するであろう嘘をついてしまったのか?
元々妻のことを蔑ろにするような人ではないように思えるからこそ、反省だけでは心許なくて、カウンセラー等、心理職のサポートを得ながら、小平さん自身が本質的な問題と向き合うことが必要なのではないかと思うのです。
「夫婦の問題」に向き合う
夫婦の問題に取り組む時には、その問題が「ふたりのテーマ」なのか、それとも夫婦間に問題を引き起こしている「個人のテーマ」なのか、を分けて考えることが大切です。
「ケンカが増えた、会話が減ってきた」は夫婦間のコミュニケーションの問題で、「仕事の仕方」や「家事の分担」等で行き違うのは考え方や価値観の問題の可能性が高く、これらは夫婦ふたりのテーマとして取り組んでいくことが必要です。
いっぽう、コミュニケーションや価値観の違い等、夫婦の間にある問題を許せなかったり、話し合う度にヒートアップしてしまったりするのは感情の問題。
感情は感じている人のものなので、原則個人のテーマなのですが、夫婦はお互いの感情に強く影響し合っているため、夫婦カウンセリングでは夫婦間の「感情の問題」は「個人のテーマ」と「ふたりのテーマ」の双方にまたがるテーマとして捉えることもあります。
小平さんにはまず、結果として嘘をついてしまうに至った心理的背景や考え方のクセを見直すことが必要で、それは「個人のテーマ」。
ゆうこさんは、その取り組みを見守りつつ、今はまだ「彼を許せないこと」を自分に赦してあげることも必要なのではないでしょうか。
そしていつか、小平さんを許す時がきたら、それは彼のためではなく、ゆうこさん自身のためであれば良いな、と思うのです。
許すことを目的にしなくてもいい
怒りや悲しみ、憤りを抱えたままで歩くには人生は長すぎるのかもしれません。そのため、長期的な視野に立ってみれば、ネガティブな気持ちを手放して相手を許すことも大切なことでしょう。
いっぽうで、許すことができないくらい傷ついた「私」がいるとしたら、まずはその「私」の声に耳を傾けることが大切だと思うのです。
何に傷ついて、何に怒りを覚え、何が悲しいのか?
聴こえてくる「私」の声を、否定せず訂正もせずただ受け止めてあげることが必要です。
心には少し複雑なところがあって、ショックな出来事や傷つく体験をした後は、傷つけた相手を「批判する声」と「擁護する声」、「許そう」とする声と「許せない」という声のように、相反する声が対になって聴こえてくることがあります。
それは起こった出来事をまだ受け止めきれていなかったり、次のステップ(=許し)に進む準備ができていなかったりするからなのかもしれません。
もしそうならば、相手のことを責める声も、理解しようとする声も、全部「私」の声として受け止めてみます。
「私は怒っているし、悲しんでいるんだな」
「許せないし、許せたらいいのにとも思ってるんだな」
そんな風に心の声を受け止めていくと、少しずつ気持ちが整理されたり、積もったわだかまりが解けてくることがあります。
紙に書いてみたり、言葉にしてみることも効果的です。
俯瞰の場所に立ってみる
気持ちの整理が進んでくると、起こった出来事を客観的に見つめることがしやすくなります。
繰り返しになりますが、この問題を引き起こした責任は彼の方にあって、夫婦関係の修復には小平さん自身が自分のテーマと向き合うことが欠かせないと考えています。
ここでの、ゆうこさんの取り組みは、彼の取り組みを少し離れた俯瞰の場所に立って見ておくこと。
見る、というのは、もし可能なら応援者の目で。しかし、それが難しくても問題はありません。ただフラットな視点で見てあげられれば大丈夫です。
関係修復の重荷を手放す
現在のふたりの状況を少し俯瞰的に見つめられる様になってきたら、次は修復のハンドル(責任)を手放して小平さんに譲ることを考えましょう。
というのも、今もまだ夫婦関係修復の重荷を、ゆうこさんが背負ってしまっているように見えるのです。
もちろんそれは、お子さんを中心とした家族のカタチを護りたいという気持ちの表れなのだと思います。
それは自然なことですし、あきらめる必要はありませんが、ここは小平さんも同じはず。
そうならば、ハンドルを彼に委ねてみることで小平さんの覚悟がより固まることもあるのではないでしょうか。
これまでの経緯を考えれば、とても怖いことかもしれませんし、現時点では小平さんにも支えが必要ではあると思います。
でも今の彼にはお義母さんをはじめ、多くの助けが必要なのではないかと考えています。
自分の人生を中心に据える
ゆうこさんにとって、この数年間はとてもハードなものでした。キャリアにおいても、家庭においても、夫婦関係においても、こんなに厳しいことがどうして続けて起こるのだろうと思うようなことばかりだったのかもしれません。
こんな風に辛い事が重なると、これから先、明るい未来を思い描くこともできなくなってしまっても無理もないことです。
未来に過去を映し出してしまうのもまた、心の習性のひとつだからです。
でも、未来に何が待っているのかは誰にも分からないし、分からない未来なら、ゆうこさんが歩きたい道を思い描いても良いと思うのです。
なぜって、これまで辛かった分を、きっちり取り戻さないと割に合わないじゃないですか。
そのためにも、お義父さんやお義母さんのためでなく、小平さんのためでもなく、引いては子どもたちのためでもなく、自分自身を人生の中心に据えておくことが大切です。
ゆうこさんはどこか、助けられるより、助けたい人のように思われて、気がつけば自分のことを後回しにしてしまっているのではないかと心配だったので、念のため。
これからのおふたりを応援しています。
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