元『週刊ゴング編集長』小佐野景浩氏が、かつての取材資料や関係者へのインタビューをもとに、伝説のプロレスラー・ジャンボ鶴田の強さと権力に背を向けた人間像に踏み込んだ588頁にもおよぶ大作『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』。
本連載では、刊行以来大反響を呼んだこの1冊に、新たな取材、証言を盛り込み改めてジャンボ鶴田の人物像に迫る。
新日本プロレスとWWFとの戦いに挑んだジャンボ鶴田。他団体ファンをも魅了した鶴田のプロレスとは?そして後に秋山準が「鳥肌が立った」と語った『日米レスリング・サミット』を、写真と関係者の証言を基に綴る。
スケールの大きなファイトで新日本ファンも魅了
1990年、鶴田は他団体との戦いに出陣する。新日本プロレスとWWF(現WWE)である。
この年の1月4日、新日本の坂口征二社長が全日本プロレスのジャイアント馬場社長(89年4月に松根光雄に代わって社長に復帰)をキャピトル東急ホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)に表敬訪問。その後、集まったマスコミに囲まれた2人は協調路線を発表した。
73年3月にアントニオ猪木が新日本、同年10月に馬場が全日本を相次いで旗揚げした後、日本プロレス界は馬場と猪木のBIの対立によって動かされてきたが、前年夏に猪木が参院選に当選して坂口に社長のポストを譲ったことで、BI対立時代は終焉を迎えたのである。...