写真:花井智子

 2017年のドラフトで実に7球団から1位指名を受けたのが清宮幸太郎だった。新庄ファイターズで、その潜在能力を発揮しつつあるスラッガーは、しかし数年、苦しんだ。

 当時「監督」として接していた栗山英樹は、そのギャップに監督としての悩みを抱きつつ、選手との接し方を学んでいく。

 圧倒的なボリュームで大評判を呼び、重版も決定した前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』から「選手と監督」についての一文である。

「そうならない」状態を作る

(『監督の財産』収録「1 監督のカタチ」より。執筆は2024年4月)

 監督を経験してはっきりわかったことのひとつに「勝っていたらそうはならない」という真理がある。

「そうはならない」の「そう」の部分には、選手の状態を当てはめてもらえればわかりやすい。

 ──勝っていたら、他の選手に責任の矛先を向けたりしない。
 ──勝っていたら、怒られても受け入れられる、反発しない。
 ──勝っていたら、言葉ひとつでピリピリしない。

 例えば、清宮幸太郎という誰もが知るスラッガーいる。小中学校時代から注目されていた彼は、高校で通算111本塁打というとてつもない記録を打ち立て(当時1位、のちに佐々木麟太郎が117本で清宮を抜いた)、ドラフト1位でファイターズに入団してきた。その数字が証明する通り、彼のポテンシャルはものすごいものがある。


 

 けれど、プロ入り後の清宮がその能力を最大限に発揮できているか、というとそうではない。もどかしい思いは私自身もしてきた。

 その清宮の性格は本当におおらかだ。

 ほかの選手たちが出発のバスに乗っているのに食事をしていてちょっと遅れる。「すみませーん」なんて言いながら、実はまだ何か口に入れている……。人によっては、「失礼だ」と思われるところだけど、私はそんな彼の特徴を「消したくない」と考えるタイプだ。それが彼の生きてきた道であるし、育ってきた環境は人それぞれ、全然違うものだ。

 監督だからといって、清宮に「私たちと同じようにするべき」と言うのはあまりにお粗末な発想だろう。

 ただ、それを「失礼だ」と思う人の気持ちもわかる。じゃあ、どうすればそう思われないか。

 それは清宮が結果を出し、チームを勝たせることに他ならない。

 彼がその能力に見合った素晴らしい結果を出し、ファイターズが勝ち続けていれば、誰も「おっとりした」性格を直そうとも「失礼だ」とも言わない。

 勝てない時期が続いた最後の3シーズン、主力選手たちが若手のミスに対して、厳しく接することがあった。昨今、10歳ほども離れていない選手たちでも、野球をやってきた環境は大きく異なっている。

 時代もあるけれど、今の若い選手たちは「怒られる」という経験が圧倒的に少なく、一方で主力になるようなベテランは「怒られたことで這い上がってきた」という成功体験を持っていたりする。

 だから主力選手たちの良かれと思ってぶつけた言葉が、若い選手たちに逆効果になっているシーンが見受けられた。

 これをどう捉えるか。先輩たちは時代に合わせて言い方を変えるべきだ、とか、若い選手たちは怒られることから学べ、とか、立場や考えによって感想は変わるだろう。ただ、こうした見方は、選手たちを「変える」ように断じてしまうという点で共通している。

 監督は、そのいずれにも立たない。というのも、チームが勝っていれば、主力選手が厳しく接することもないし、若い選手たちが委縮することもないからだ。

 つまるところ、選手とは「すごく結果を残していて、状態がいいと、いい人」なのである。

 であるとすると、監督というのは選手を「(自分や誰かにとって)いい人にする」のではなく、「いい人になれる状況を作る」ことが仕事になる。その状況とは、勝っている、ということだ。

 勝つことより先に、目につく部分を改善しようとしてはいけない。

 もちろん、遅刻をしても悪びれない、とか、若い選手にひどく怒鳴る、といった人間的な部分を教育することも時には必要だ。

 でも、それが監督の仕事の中心であってはいけない。

 監督の仕事は「聖人君子」を作ることではないからだ。これは本当に肝に銘じなければいけない。

(『監督の財産』収録「1 監督のカタチ」より。執筆は2024年4月)

9月9日『監督の財産』栗山英樹・著。大谷翔平から学ぶべきもの、そして秘話なども掲載。写真をクリックで購入ページに飛びます