吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。
第10回は近畿大学附属高等学校(大阪府)#1
大阪府東大阪市に位置する私立高校。生徒数は2700人以上というマンモス校。略称は「近高(きんこう)」。吹奏楽部は2024年で3度目の全日本吹奏楽コンクール出場。シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会では総合グランプリに6回輝く「ジャズ・ポップスのチャンピオン」でもある。
11年目の道のり
吹奏楽部員たちは、高校時代という貴重な月日を費やして吹奏楽コンクールに挑む。だが、コンクールには評価があり、上位大会に進出する代表校を選出する場でもある。どれだけ毎日練習しても、どれだけ強く夢見ても、思ったような結果が得られないこともある。
だとしたら、何のためにコンクールに挑むのだろう?
いったいコンクールとは何なのだろうか?
大阪府東大阪市にある近畿大学附属高校(通称・近高)。部員数129人の吹奏楽部は2012年、2013年と2年連続で全日本吹奏楽コンクールに出場を果たすものの、その後は10年間関西大会で苦汁をなめ続けた。
指導にあたる小谷康夫先生はずっとこう思っていた。
「毎年、関西代表に選ばれても不思議じゃない演奏になっていると自負している。なのに、『よっしゃ、今年こそは』と思っても、なぜか代表に選ばれない。コンクールは審査員任せのところもあるが、結果は自分で判断してもしょうがないものなんだろう」
悔しい結果が続くと、つい「代表に選ばれるために」「審査員に評価されるように」という観点で「当てにいく」演奏をしてしまいたくなる。だが、小谷先生は心に決めていた。
「他校の演奏を参考にしたりはしない。自分の信念で音楽を続けていく」
10年は長かった。その間にどれだけ部員たちの涙を見てきたかわからない。
全国大会に出られる関西代表は3校のみ。大阪桐蔭高校、東海大学付属大阪仰星高校、明浄学院高校、淀川工科高校、滝川第二高校、尼崎双星高校など、2府4県には数々の実力校がひしめき合っている。
11年目の2024年も、厳しい道のりになることが予想された。
中学時代に経験した「全国金」
近高吹部では、部長のことを「主将」と呼ぶ。今年の主将は「ケイ」こと3年生の横井慶。3年生で、バンドの花形であるトランペットの1stトップ奏者も務めている。
ケイは東大阪市から生駒山を越えた向こう側、奈良県生駒市から通っている。名門として知られる生駒市立生駒中学校吹奏楽部の出身だ。
吹奏楽を始めたのは小4のとき。やはり吹奏楽が盛んな小学校で、全日本小学生バンドフェスティバルに出場したこともある。生駒中は当時全日本吹奏楽コンクールから遠ざかっていたが、ケイが入部した2019年、7年ぶりに関西代表に返り咲いた。その中心にいたのが、ケイの姉だった。しかも、全国大会では金賞に輝いた。
「お姉ちゃんたち、カッコいいなぁ……」
ケイは憧れと尊敬の念を抱いた。
翌年はコロナ禍でコンクールは中止となったが、中3ではケイはキャプテン(=部長)になって再び全国大会に出場。姉に続き、金賞を受賞することができた。
全国大会が終わって進路を考えるとき、同期の中には全国大会常連の大阪桐蔭高校(大阪)や岡山学芸館高校(岡山)を選んだ者がいた。ケイも全国大会には憧れていた。同じ全日本吹奏楽コンクールでも、中学校と高校では世界が違う。高等学校の部に出てみたかった。
そんなケイが選んだのは近高だった。近高はケイの入学時点で8年間全国大会に出ていなかった。けれど、尊敬する姉が主将を務めていた。姉は中学時代と同じようにしばらく関西大会止まりの近高を全国の舞台に復活させたいと頑張っていた。
「私もお姉ちゃんと同じ思いや。お姉ちゃんをサポートしたい。全国大会常連校に行った子たちにも負けてられへん!」
そう意気込んでいた。
入部すると、部員たち一人ひとりに「吹部バッジ」が与えられた。学校では吹奏楽部とサッカー部、生徒会だけにバッジがある。ケイはそれをシャツの襟に着けると、思わずニヤニヤしてしまった。
だが、入部してすぐ壁にぶつかった。
近高は学年の垣根が低く、先輩たちはみんな優しくてフレンドリーだった。けれど、どうしても自分は「あの全国大会金賞の生駒中から来た子」「生駒中でキャプテンやってた子」「主将の妹」という目で見られてしまう。
まわりからの期待値の高さを感じ取ったケイは、自分で自分にプレッシャーをかけてしまった。
「うまく吹かな……」
「音、外さんようにせな……」
吹奏楽の優等生として振る舞おうとすればするほど空回りし、いつしかまともに楽器が吹けなくなってしまった。
ケイは生駒中でやっていた音楽が大好きだった。全国大会金賞も誇らしかった。けれど、それが自分の足かせになっている——。
(どうしたらいいんやろ……)
ケイは袋小路に入り込んでしまったのだった。
後悔だらけのコンクール
ケイは高1から55人のコンクールメンバーに選ばれた。だが、やはりコンクールに向けた練習でも自分の力を発揮できなかった。
「中学時代に自分でできてると思い込んでたことは、実は先生に引っ張ってもらってただけやったんや……」
ケイはそのことを思い知らされた。
高校の吹奏楽部で必要とされるのは、自分の頭で考え、自分で行動し、自分でどう演奏したいか考えて楽器を奏でることだった。だが、ケイにはどうしたらいいのかわからなかった。
ケイのトランペットはますます精彩を欠き、合奏しているときも先輩の音の影に隠れてこっそり吹いているような状態だった。
その年のコンクール、近高は関西大会に出場し、10大会連続で金賞を受賞。しかし、代表には選ばれなかった。
ケイは姉が演奏面だけでなく、運営面でもかなり苦労しており、自宅に帰ってからもずっと部活の仕事をやり続けているのを見ていた。
そんな姉の努力に報いることができなかった。姉を悔し泣きさせてしまった。そして、自分自身も力を出しきれなかった……。
ケイにとって高校生活1年目は後悔の残るものになってしまった。
翌年、高2になったケイは再びコンクールメンバーに選ばれた。
「今年は、お姉ちゃんの悔しさを晴らして全国大会に行く!」
ケイはそう意気込んでいた。
近高はこの年も関西大会に進出。課題曲《レトロ》(天野正道)と自由曲《巨人の肩にのって》(ピーター・グレイアム)を演奏した。メンバーも小谷先生も会心の出来だったと感じていたが、またもや関西代表を逃した。
「この夏、自分は精いっぱい頑張ってるつもりやった。けど、振り返ってみると、3年生の先輩たちの頑張りにはまったくついていけてなかった……」
ケイは関西大会が終わってからそう気づいた。
大会までの練習の中で、先輩がケイに「いまの演奏、どう思う?」と意見を求めたことがあった。けれど、ケイは何も答えられなかった。後輩であることに甘え、3年生に任せっきりだった。
その思いを、ケイはミーティングでみんなに向かって語った。
「3年生をいちばん頑張らせてしまったことを私は後悔してます。学年関係なくメンバー全員で頑張るべきやったのに……」
どうして終わってからしか気づけなかったのだろう。ケイは自分自身に苛立ち、腹が立った。
高2のコンクールも、また後悔が残ってしまった。
なんで私が主将なんやろ
2024年3月。定期演奏会が終わって3年生が引退し、ケイは近高吹部の新主将に就任した。誰が主将に適任かという投票で、ケイの名前を書いた部員がもっとも多かったのだ。
だが、ケイは内心こう思っていた。
「みんな、なんで私の名前を書いたんやろ? 中学時代にキャプテンやったから? 私は、主将は私じゃないほうがいいと思うのに……」
確かに、全国大会金賞の生駒中ではリーダーだった。けれど、部員数は倍くらい違う。こんな大所帯をまとめられる自信はなかった。
それに、生駒中は特別な環境だった。部員の多くは幼稚園のころから知っているような幼馴染。吹奏楽も、小学校のときからずっと一緒にやってきている。実は、ケイは人前でうまく話せないというコンプレックスを持っていたのだが、中学時代にリーダーができたのは、みんながそんなケイの性質をよくわかっていて、いつも温かく見守ってくれていたからだ。
だが、近高は違う。全国大会出場を目指す上手な部員たち、意識の高い部員たちが関西各地から集まってきている。みんながケイの弱点まで理解してくれているわけではない。逆に、リーダー役に適任と誤解されているかもしれない
「私、そんな期待をされても、全然できひん……」
ケイは悩んだ。姉が主将として苦労している姿を近くで見ていたから、なおさら自分にはできないのではないかと思った。心配した母には「断ってもいいんやないの?」と言われた。
だが、ケイは引き受けることにした。
トランペットを吹くのが大好き、みんなと音を合わせるのが大好き、近高吹部のつくりだす音楽が大好きだ。だからこそ、自分が高3になる2024年、最後のチャンスに全国大会に行きたい。
姉たちの代の悔しさ、2023年の3年生の悔しさを背負って、自分たちが全国大会出場をつかみ取りたい。
そのために、みんなが自分を主将に選んでくれたなら、できる限りがんばりたい!
ケイは銀色に輝くトランペットを手にして、校舎の窓から見える空に目を向けた。
もう後悔はしたくない。行こう、全国大会へ。
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🔰シンクロナスの楽しみ方
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!
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