吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第1回は千葉県立幕張総合高等学校(千葉県)#1

千葉県立幕張総合高等学校シンフォニックオーケストラ部(千葉県)
JR海浜幕張駅から徒歩圏内、千葉県千葉市美浜区にある公立校。略称は「幕総(まくそう)」。3校の統合で1996年に設立され、生徒数2200人を誇るマンモス校。シンフォニックオーケストラ部(通称・オケ部)は全日本吹奏楽コンクールに3回出場し、いずれも金賞。2024年度の部員数は弦楽器パート約80名を含めた232名。
 

全国大会金賞、その喜びと悔しさと

「10番、千葉県立幕張総合高等学校——ゴールド金賞!」

 2023年10月22日。名古屋国際会議場センチュリーホールにそのアナウンスが響いた。

 日本中の吹奏楽部員たちが憧れる「吹奏楽の甲子園」、全日本吹奏楽コンクール。高等学校後半の部の表彰式でのことだ。客席にいた白いブレザー姿の部員たちは思わず「キャーッ!」と歓声を上げた。

 吹奏楽部のための全国大会で、千葉県立幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部(通称・幕総オケ部)は唯一のオーケストラ部だった。幕総オケ部はヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを除き、吹奏楽編成で毎年コンクールに挑んでいる。過去に2010年、2013年と2度全国大会に出ており、いずれも金賞を受賞。2023年は10年ぶり3回目の全国大会出場で、3回目の金賞受賞となった。

(そうだよね! あの演奏で金賞じゃないわけがない!)
 喜びの輪の中にいたオーボエ担当の2年生、「ミソノ」こと小林美園は笑みを浮かべながらひとり頷いた。

 ただ、ちょっとだけ悔しかった。全国大会金賞に輝いた演奏には、ミソノは参加していなかったからだ。

 

200人超のマンモス部活に入部

 ミソノは小学校4年のときに吹奏楽部に入った。小学校時代に担当したのは打楽器だった。中学校でも音楽を続けるつもりだったが、進学先の中学校にあったのは吹奏楽部ではなく、管弦楽部——つまり、オーケストラだった。

「次は木管楽器をやってみたいなぁ」

 そう思ったミソノは木管低音楽器のファゴットを担当することになった。小さなリード(息を吹き込んで振動させることで音を出す葦(あし)の薄片)を2枚重ねたダブルリード楽器であるファゴットは、操作するキーの数も多く、演奏は難しい。だが、ミソノは持ち前の好奇心とチャレンジ精神でファゴットと向き合った。

 高校で幕総を選んだのも、幕総にあるのが吹奏楽部ではなく、オケ部だったからだ。いざ入ってみると部員数は200人を超えるマンモス部活で、同期も60人以上。一般的にはレアな楽器のはずのファゴットの経験者が4人もいた。一方、同じダブルリード楽器で、高音を担当するオーボエは1人だけ。

「だったら、オーボエも面白そうだし、私がオーボエにコンバートしようかな。まぁ、なんとかなるでしょ!」

 ミソノはまたもや好奇心とチャレンジ精神で担当楽器を変えた。

 オーボエはファゴットよりだいぶ小さく、軽い。しかし、ファゴットのように首にかけたストラップで楽器の重さを支えることができないため、指に負担がかかった。右手の親指にはタコができ、ぷっくりと膨らんだ。運指の違いにも苦労した。

 幕総オケ部が吹奏楽コンクールに出ていること、かつて全国大会に出場したことがあり、毎年のようにその一歩手前の東関東大会(千葉県・神奈川県・栃木県・茨城県)で金賞を受賞していることも知っていた。

 全国大会は最大55人まで出場でき、A部門と呼ばれている(ほかに少人数のB部門などがある)。幕総オケ部では、A部門のことを「Aコン」、その出場メンバーを「Aメン」と呼んでいる。

 入部したとき、ミソノはこう思っていた。

「Aメンってかっこいいな。私もAメンになりたいけど、オーボエは初心者だし、高3でAメンになれたらいいかなぁ」

 Aメン以外のメンバーは「ジュニア」と呼ばれている。千葉県大会の高校生ジュニア部門に出場するチームだが、結果がどうあれ上位大会はない。ミソノはジュニアのメンバーだった。

 コンクールの際、Aメンだけは「白ブレ」と呼ばれる白いブレザーのステージ衣装を着ることができる。ミソノにとって白ブレは「いつか着てみたい憧れの衣装」だった。

 ミソノが高1のとき、幕総のAメンは東関東大会で金賞を受賞するも、全国大会に出場できる代表3校には選ばれなかった。会場まで演奏を聴きにいったミソノは愕然とした。

「あんなに上手だったのに……。何がダメだったんだろう」 

 白ブレを着たメンバーは嘆き悲しんでいた。演奏に参加したわけではないのに、ミソノは自分のことのように悔しかった。


小林美園さん(3年生・オーボエ、コールアングレ)
 

男子の白ブレをこっそり……

 幕総オケ部のAメンは、3年生を中心にコンクールに挑んでくる他の強豪校とは違い、主要メンバーは2年生だった。幕総は進学校でもあるため、3年生はAメンになるか、敢えて早ければ7月にコンクールが終わるジュニアに入って早期に受験勉強に専念するかを選ぶ。部長や幹部を務めるのも2年生だ。

 高2になったミソノは、Aメンの補欠という立場になった。7月に行われる定期演奏会まではAメンと一緒に練習をし、その後は楽器運搬などサポート的な役割をするのだ。

 ミソノには、部内に気の合う友達が5人いた。それはたまたま全員男子だった。女子といるのが苦手なわけではなかったけれど、男子と一緒にいるのは気楽な気がした。

 帰りはそのうちの誰かと一緒になることが多く、コンビニに寄ってアイスを食べたり、ゲームセンターで遊んだりしたこともあった。ミソノはもともとゲームセンターに行くタイプではなかったが、クレーンゲームや音(おと)ゲー(音楽ゲーム)で盛り上がる男子を見ていると、「あぁ、男の子って感じだなぁ」となんだか微笑ましくなった。

 その年、幕総オケ部のAメンは10年ぶりに東関東大会を突破。全日本吹奏楽コンクール出場を決めた。2015年に顧問に就任した伊藤巧真先生にとっては初めての全国大会だった。

顧問・伊藤巧真先生

 会場である名古屋国際会議場センチュリーホールには、ミソノも同行した。

「ミソノ、トイレ行ってくるからちょっとこれ預かってて」

 本番直前、打楽器担当の男子にそう声をかけられた。仲良しの男子5人のうちのひとりだ。

 手渡されたのは白ブレだった。男子がトイレに行っている間に、ミソノはこっそりその白ブレの袖に腕を通し、羽織ってみた。
(白ブレ着ちゃった! 憧れの白ブレだ!)

 ミソノの胸は高鳴った。

 そして、幕総オケ部の出番がやってきた。ミソノはハープ奏者用の譜面台をステージ上まで運び、本番の演奏は舞台袖で聴いた。

「プログラム10番、東関東代表、千葉県立幕張総合高等学校。課題曲1に続きまして、ラヴェル作曲《バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲より 夜明け、全員の踊り》。指揮は伊藤巧真です」

 アナウンスが響き、客席から拍手が送られた。

 緊張感が漂う会場の中に、幕総オケ部の奏でる音楽が鳴り響いた。ミソノはくるっとした目を見開き、白ブレをまばゆいほど輝かせながら演奏するAメンの姿を見つめた。
(やっぱりすごい! みんなキラッキラだ!)

 ミソノは金賞を確信した。

 全国大会は前後半15校ずつが出場し、おおよそ3分の1ずつ金賞・銀賞・銅賞のいずれかが授与されることになっている。つまり、相対評価だ。ミソノはほかの学校の演奏をすべて聴いたわけではない。それでも、きっと金賞だと思った。

 そして、その予想のとおり、表彰式では会場に「ゴールド金賞!」のアナウンスが響くことになったのだった。

エントリーシートで決意表明

  10年ぶりの快挙を成し遂げた幕総オケ部。年度は変わり、いよいよミソノたちは高3に進級した。

 4月上旬、1枚の紙が部員たちに配られた。

『吹奏楽コンクール(A編成)オーディション参加希望表(エントリーシート)』
 Aメンに志願するかどうかの意志を問う紙だった。提出すれば、Aメンになるためのオーディションを受けることになる。

 そこには「希望理由」という欄もあった。

 ミソノは迷った。入部のときには「高3でAメンに入る」という未来予想図を思い描いていた。全国大会にも奏者として出てみたい。だが、一方では受験のことも気になり始めていた。また、いざAメンに入るとなると、重要な大会の本番では強烈なプレッシャーがかかるため、恐怖と不安を覚えた。仲良しの男子5人もAメンには入らないと言っていた。

 ミソノはエントリーシートを何度も眺めてはため息をついた。

 ある日、ミソノは職員室に入っていった。高2の春ごろからミソノはオーボエとよく似た楽器で、少し低い音が出るコールアングレ(イングリッシュホルン)を曲によって担当することがあった。コールアングレの保管場所は楽器庫ではなく、職員室だった。

 そこには顧問の伊藤巧真先生がいた。

「小林、もうエントリーシート出したか?」

 ミソノは曖昧な表情を返した。

「乗りなよ、Aコン。今年の自由曲は《スペイン狂詩曲》だよ」と伊藤先生は微笑んだ。

 吹奏楽やオーケストラにおいて「乗る」とは、ステージに乗る、すなわち「編成に参加する」という意味だ。そして、フランスの作曲家であるモーリス・ラヴェルが作曲した《スペイン狂詩曲》にはコールアングレのソロがあるのだ。

 実は、伊藤はミソノについてこう考えていた。

「高1のころは『私なんて……』というネガティブさやメンタルの弱さを感じる子だった。でも、演奏技術も人間性も驚くほど成長したし、今年の幕総のソロは小林に任せたい」

 伊藤先生はミソノに絶大な信頼を寄せていたのだ。

 迷っていたミソノは先生のひと言に背中を押された。

「Aコンに乗ろう。きっとこれで私の今後の人生が変わる!」

 ミソノは根拠のない予感に心を震わせながらエントリーシートの「希望理由」欄に文字を綴った。

 自分がこの幕総に入って楽器を変えてでもここまで続けてきたことの集大成を発揮したいです。
 今まで辛いことや苦しいことから逃げることが多かった自分を変えたいです。
 人間としてもっと成長したいです。成長します。

 実は、昨年の全国大会が終わった後、幕総オケ部では3〜8人で演奏するアンサンブルコンテストへの取り組みが始まった。部内でいくつものチームが結成され、全日本アンサンブルコンテスト出場を目標に練習をおこなっていた。ミソノも先生から「出なよ」と勧められていたが、「私、出る意志はないです」と答えた。

 アンサンブルより個人練習がしたいという思いもあったが、コンテストに出場するとなると「演奏がうまくできなくて怒られそう」「本番で演奏するのが怖い」という理由で逃げていたのだ。

 結局、混合八重奏チームに入ってコンテストに出たものの、地区大会止まりだった。

 もともと自分に甘く、楽なほうを選びたがるところがあるのは自覚していた。でも、もうそれは終わりにしなければならない。人生を変えるため、自分に厳しくなるのだ。

「高校生活最後のAコンは、絶対逃げない! 覚悟を決めてやる!」

 エントリーシートに綴った言葉は、ミソノの決意表明だった。

こちらの記事は以下の商品の中に含まれております。
ご購入いただくと過去記事含むすべてのコンテンツがご覧になれます。
吹部ノート
月額:550円(税込)
商品の詳細をみる

記事、映像、音声など。全てのコンテンツが閲覧可能な月額サブスクリプションサービスです。
🔰シンクロナスの楽しみ方

 
全国の中学高校の吹奏楽部員、OBを中心に“泣ける"と圧倒的な支持を集めた『吹部ノート』。目指すは「吹奏楽の甲子園」。ノートに綴られた感動のドラマだけでなく、日頃の練習風景や、強豪校の指導方法、演奏技術向上つながるノウハウ、質問応答のコーナーまで。記事だけではなく、動画で、音声で、お届けします!

ログインしてコンテンツをお楽しみください
会員登録済みの方は商品を購入してお楽しみください。
会員登録がまだの方は会員登録後に商品をご購入ください。