年末からニュースなどでよく見かけた「診療報酬の改定」という聞き慣れない言葉。

 入門編の前回は、日経メディカルの江本哲朗副編集長に「診療報酬の0.43%引き上げってどういうこと?」について教えていただいた。

 では、「0.43%」という数字からあまり読み解けることがないのであれば、私たちは診療報酬改定のニュースから何を理解し、読み解けばいいのか?

 発展編となる今回は、診療報酬改定から読み解く「医療の方針」について伺った。

医療費はどこから捻出されているのか?

──診療報酬の本体が0.43%アップされると聞いてもピンとこない人が多いと思います。医療機関にかかる機会の少ない健康な人も診療報酬の改定に関心をもつべきでしょうか。

 そうですね。関心をもてると良い理由は二つあると思います。

 一つは、そもそも医療費の約半分は現役世代の働き手が支払っているから。現役世代の方々にとって、自分が払っているお金がどう扱われているのかを知るのは大切です。

 もう一つは、診療報酬改定から「医療の方針」が見えてくるから。日本の医療の今後を把握、理解するためにも関心をもてると良いでしょう。

 下の図を見てください。これは医療費を「誰が」「どれくらいの割合で」負担しているかを表したものです。

医療費の負担構造の図(財政制度分科会(令和3年11月8日開催)資料から引用)

 いま日本の医療費は年間約45兆円かかっていますが、この45兆円のうち、25.3%を国、12.9%を地方、12.5%を患者さんが窓口で負担しています。

 それでは、残りの49.4%は誰が負担しているのか? それは保険料。つまり、日本の医療費の約半分は、私たちが毎月支払っている保険料でまかなわれているんです。

──給与から天引きされる健康保険料ですね。給与総額によって変動しますが、だいたい約5%と言われます。医療費の半分は主に現役世代の働き手が負担しているんですね。

 正確には高齢者も一部保険料を支払っていますが、大半は現役世代の働き手が負担しています。

 会社員の場合は企業も保険料を折半していて、健康保険組合を通じて保険料を支払っています。なので今回の改定では、健康保険組合の代表者は診療報酬の引き上げに反対の立場でした。

 先ほどの図は医療費を抑えたい財務省が作成したもので、その分を割り引いて考える必要があります。しかし、医療費に占める現役世代の負担が大きいのはまぎれもない事実です。

写真:d76 masahiro ikeda

背景にある、医療費の「自然増」

──診療報酬がマイナス改定になると自分たちが負担する保険料が減る、プラス改定になると増える、と考えれば良いでしょうか。

 そうですね。診療報酬をプラス改定して医療行為の価格が上がると、私たちが負担する健康保険料は高くなる。そのせいで倒産してしまう企業が出てくるかもしれません。

 しかし、逆に大幅にマイナス改定して医療行為の価格が安くなると、医療機関の経営が立ち行かなくなり、医療崩壊が起こりかねない。このバランスが非常に難しいところだと思います。

 プラス0.43%となったうちの0.2%分は、コロナ禍で不足する看護師の待遇を改善して、医療機関が人員の確保をしやすくするために使われます。医療崩壊を避ける打ち手でした。

 また、加えて認識しておきたいことに、医療費の「自然増」があります。

 今回の診療報酬改定では、本体部分と薬価部分を合わせた医療費全体が0.94%削減されました。ただ、それによって私たちが負担する保険料が約1%減るのかというと、それほど単純な話ではありません。

 高齢者が増えると医療ニーズも増すので、医療の価格、つまり診療報酬が同じでも医療費全体は増えていきます。また、新しい医療技術や薬が開発されれば、その分の費用も増えます。これを自然増と言います。

 医療費は毎年1〜2%ずつ、自然に上がっているんです。それに伴い、各個人が負担する保険料も上がります。

──高齢者は今後も増え続ける。放っておいても私たちが負担する保険料は毎年上がっていくんですね。

 そうした中で、なんとか医療費を約1%削減したのが今回の改定です。国としては医療費を削減したいが、減らしすぎると医療崩壊を招く。このバランスが非常にむずかしいのです。

診療報酬改定は「医療の方針」を決めるもの

──保険料を下げる代わりに、医師の報酬を下げるなどの方法も考えられます。

 はい、その通りだと思います。先ほど二つ目として挙げた、診療報酬改定から見える「医療の方針」とつながる部分ですね。

 診療報酬改定で、薬価や本体価格など大枠の予算が決まった後に、個別改定項目が定められます。これが、日本の医療の方針となっているんです。

 例えば、今回の個別改定項目では、「リフィル処方箋」が導入されたり「オンライン診療」が普及するように、診療報酬が分配されています。

 これが、最終的に医師の時間外労働の削減≒報酬の削減につながります。

──「リフィル処方箋」は聞いたことがあります。日本医師会が導入に大反対しているという報道を見ました。

 なぜ日本医師会がリフィル処方箋の導入に反対していたのかというと、それによって医療機関の利益が減るからです。

 リフィル処方箋とは、簡単に言うと「一定の期間内であれば、医師の診察を受けずに繰り返し使用できる処方箋」のことです。

 かかりつけ医に行って処方箋をもらうとき、医師と「この薬はどうでしたか?」といった会話を交わしますよね。ああいった会話は「再診料」として報酬が支払われています。

 リフィル処方箋が導入されれば、それが薬剤師さんの仕事となるわけです。

──なるほど。医療を効率化していくために、医師が患者さんの日常を聞いたりする会話の時間はなるべく短くしようと。

 はい。実は、2024年から医療現場で勤務医の時間外労働時間が規制されます。病院に勤務する医師の労働時間に上限がつけられるようになるのです。

 これまで医師が行っていた医療行為を看護師や薬剤師に移行しなければならなくなるでしょう。

 医師の仕事を看護師などに移して時間外労働が減れば、当然ながら医師が受け取る給与も下がります。そうすると、診療報酬の本体部分にあたる人件費も削減されるかもしれません。

──医師の時間外労働規制……。つまり医師の「働き方改革」ですね。

 「2040年問題」という言葉を聞いたことがありませんか。2040年には団塊ジュニア世代(1971~74年ごろに生まれた人々)が65歳以上の前期高齢者となり、1人の高齢者を1.5人の現役世代が支える時代になります。これを社会保障の分野で2040年問題と言うのです。

 団塊ジュニアの後にはもう人口ボリュームの大きな世代はありません。先ほど医療費の約半分が保険料だと言いましたが、2040年には保険料を支払う人も少なくなります。そのうえ働き方改革によって医師の労働時間も短くなる……。

 先細りの時代に向けて、診療報酬を変えていかなければならないのです。

──2040年といえば、18年後です。そんな先まで見据えて診療報酬の議論をしていたんですね。

 そうですね。キーワードは「医療の効率化」です。1人の高齢者を1.5人の現役世代が支える時代に向けて、医師の労働時間を減らして医療費を抑えなければならない。

 

 様々な施策を行い、徐々に医師の業務は看護師や薬剤師に移行していくでしょう。

 ただ、本当の「医療の効率化」は、患者が自分の健康をきちんと管理することにあるとも考えられます。

 特に生活習慣病などは、医師に言われて受け身の状態で生活改善を行うより、患者自身が自分の病気に関心を持って生活を見直した方が治療効果が高いと言われています。

 こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、できるだけ患者を医師に依存させないようにした方が、国民全体の健康が向上するかもしれないのです。

 ところが、いまの診療報酬の議論は「医師が何をしたらいくらか?」を話し合う場となっています。本当は医師が関与しなくてもいい部分もあるはずですが...。ここは、2040年に向けた課題のひとつかもしれません。