『御堂関白記』寛弘四年八月十一日条(自筆本)陽明文庫蔵 (倉本一宏著『「御堂関白記」を読む』講談社学術文庫より)

 大河ドラマ「光る君へ」のヒットで注目を集める平安時代。意外に知らないことや思い違いに気付いた方も多いのではないでしょうか?

「書籍『平安貴族列伝』発売記念!著者・倉本一宏氏に聞く平安時代のリアル」に続き、「光る君へ」の時代考証を担当する倉本さんに、今回も学校では習わなかった、平安時代の奥深さを伺いました。

 話題の書籍『平安貴族列伝』のもととなる六国史や、藤原実資、藤原行成、藤原道長3人の日記について、倉本さんが専門とする「古記録学」や、大河ドラマファンなら気になる「時代考証」について、紹介します。

「古記録学」という学問はない?

——倉本先生が専門とされている「古記録学」とは、どんな学問なのでしょうか?

 日記のように特定の相手なしに書かれた史料のなかでも、比較的古い時代のものを「古記録」と呼びますが、これがどういうふうに書かれたものなのかを追求する。記事の内容ではなく古記録という史料そのものを追究する学問を「古記録学」と私は捉えています。

 ただ、「古記録学」という学問はありません。「古文書学」という研究領域はあるんですけどね。そもそも、「古記録学」をちゃんと勉強している方たちは、ほとんど世間に出てきません。「世間に出ていくのなんて学者ではない」という発想の方たちが、まだたくさんいらっしゃるものですから。そういった方たちは、一般の皆さんがお読みになるような本は執筆されないんです。しかし、そうした状況は良くないと私は思っているので、古記録という史料を何とか世の中に広めたくて、自らそれを専門として名乗っている次第です。

——先生は日本古代政治史の専門家でもありますが、時代的にはどの辺りを研究されているのでしょうか?

 昔から「古代」という言葉はあったんですけれども、歴史学における「古代」がどこからどこまでの時代なのかは、実はよくわかっていません。弥生時代からという人もいれば、古墳時代からはじまったという人もいる。その終わりも、人によっては鎌倉幕府まで、院政まで、藤原道長までっていう人もいるぐらい意見はわかれているんですが、私は承久の乱まででいいんじゃないかと思っています。

 ただし、私の研究の中心となる時代はというと、やはり古墳時代後期から飛鳥時代にあたる6~7世紀で、私はその時代で大学の卒業論文と修士論文を書いています。もちろん、摂関政治の時代も古代と考えていますから、その時代の政治史も研究しています。

——著書も数多く執筆されていますが、これまで何冊くらい出されているのでしょうか?

 自分ひとりで書いた単著は32冊。現代語訳とか古記録の解説書みたいなものが25冊。索引もひとつつくったことがあります。もちろん、編著とか共著を含めればもっとたくさんあると思いますが、だいたいそれくらいでしょうか。

——そのなかで特に多くとりあげた人物はいらっしゃいますか?

 まずは天武天皇。あとは藤原不比等ですかね。平安時代でいうと藤原道長とか一条天皇が多いと思います。書くのが面倒というか難しいというか、一条天皇だけをとりあげた本を書いているのは、私くらいでしょうか(笑)。ちなみに、三条天皇について書いた本も出しています。

——時代的にいうと、いちばん多いのは平安時代について書いた本になりますか?

 最初のうちは7世紀ぐらいのものが多かったんですよ。その後、平安時代も書きはじめて、また7世紀に戻ったりして。出版社の方から聞いた話では、同姓同名の著者がふたりいると思っている人が結構いたみたいです。ここ15年はというと、京都の日文研(国際日本文化研究センター)で仕事をしていることもあって、なんとなく平安時代を中心に出している感じです。

古記録を読みはじめたのは大学1年生から

——先生が平安時代を研究するようになったのは、どんなきっかけからなんでしょうか?

 私は東京大学に入れてもらったんですが、駒場の先生方が東大紛争の後からものすごい努力をされて、入学した途端に入れるゼミをつくってくださったんです。入学と同時にゼミに入れるっていうだけですごいんですが、ここに本郷の専門学部の先生や史料編纂所の先生が来て、ゼミをしてくださいました。

 しかもゼミには大学院生とか、すでに就職して大学の先生になっている先輩方も加わってくれまして、相撲部屋ではありませんが、1年生のときはかなりかわいがってもらいました(笑)。当時は迷惑に思っていたんですが、今にして思えばありがたい話です。だから、私には大学に入学すると同時に、古記録を読む環境ができていたというわけです。

 1年生のとき、私はゼミに3つ入っていました。ひとつは、7世紀の天武天皇の時代の日本書紀を読むゼミで、奈良時代や平安時代の衛府制などの研究で知られた笹山晴生先生が指導してくださいました。笹山先生にはそれからもお世話になって、私が3年生になって専門課程に進むときも、たまたま先生も専門課程に移られて、先生のもとで学び続けることになりました。もう一つは、平安時代の『栄花物語』を読むゼミで、史料編纂所の先生が指導してくださったんですが、一緒に『小右記』とか『御堂関白記』を読む機会に恵まれました。

 ただ、3つめの江戸時代の古文書を読むゼミの方は、あまり能がなかったみたいで2年間であきらめました。ちなみに古代の2つのゼミでの成果として、両方とも1年生のときに論文風なレポートを書いています。平安時代の方は発表もして、私の著書にも入っています。エラそうに論文風に書いてあるんですが、実は大学1年生のときのレポートなんです(笑)。

——つまり、大学1年生のときから研究を続けられているわけですが、これまでに新しい史料を発見された経験はありますか?

 古い時代は木簡が出てきたり、鉄剣銘のような金石文が見つかったりするんですが、平安時代となるとなかなか新しい史料は出てこないんですよね。あるとすれば、新しい写本が蔵の中から見つかったりとか、今まで活字になっていなかったものが活字化されたりとか、あるいは索引ができたり、データベースができたり、写本が見に行けるようになって現物に接することができたりとか。そういう意味で新しい史料に出会うことはできると思います。

 しかし、活字になったからといって全面的に信用できるかといえば、全然そんなこともなくて……。やはり、現物を見ないとわからないことはいっぱいあります。最近のいちばん大きな出来事といえば、かなりの量の史料がインターネットで閲覧できるようになったことでしょうか。研究者でなくとも簡単に見ることができる。つまり、今はやる気さえあれば、誰でも古記録の研究ができる環境が整いつつあるといえます。

(編集協力・スノハラケンジ)

 

『平安貴族列伝』
著者:倉本一宏(歴史学者)
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1870円(税込)
発売日:2024年5月21日

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