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 大河ドラマ「光る君へ」のヒットで注目を集める平安時代。意外に知らないことや思い違いに気付いた方も多いのではないでしょうか?

「書籍『平安貴族列伝』発売記念!著者・倉本一宏氏に聞く平安時代のリアル」に続き、「光る君へ」の時代考証を担当する倉本さんに、今回も学校では習わなかった、平安時代の奥深さを伺いました。

 話題の書籍『平安貴族列伝』のもととなる六国史や、藤原実資、藤原行成、藤原道長3人の日記について、倉本さんが専門とする「古記録学」や、大河ドラマファンなら気になる「時代考証」について、紹介します。

史実通りでもつまらない時代考証の難しさ

——倉本先生は大河ドラマ『光る君へ』で時代考証を担当されていますが、実際にどんなことをされているのか教えてください。

 脚本家の大石静さんの下にリサーチャーの加納さんという人がいらっしゃって、最初に原案をつくるとき、メールで疑問点の問い合わせがあります。そうしたメールがほぼ毎日届くんですが、それに答えると、答えに付随した質問がまた届く。その内容を踏まえて大石さんが脚本を書いて、それを制作統括の内田ゆきさんが原稿にします。

 さらに、その原稿におかしい部分があると私が赤入れをして、それをもとに最初の台本である「白本」が書かれ、考証会議が開かれます。こうした会議は当初、2週間に1回くらいのペースで開かれていたんですが、最近になって1週間に1回ぐらいになってきました。会議は、1話について大体2時間前後くらいですね。

 時代考証の会議では、1シーンごとに、ここはどうだこうだと話し合いながら内容を確定させていきます。その結果を踏まえて修正を加えた台本である「青本」が完成し、再びおかしい部分があれば指摘して送り返す。そうした作業を何回かくり返して、役者さんが読む「完本」ができるわけですが、それを読み返してみるとやはりおかしいところがあって、慌てて修正することもあります。

 とにかく、大河ドラマの制作にかかわる皆さんは、ものすごいエネルギーと時間をかけています。よくネットとかで、このドラマは時代考証をやっていないんじゃないかという非難があがりますけど、そうやって騒ぐ人たちに、この作業を一度見せてあげたいぐらいです。

 私のこないだまでの職場でやっていた共同研究会には、大河ドラマの時代考証の経験者が4人いて、私で5人目になるんですけど、経験者の皆さんは異口同音に「大変だった」といっていました。ただ、ここ最近の大河ドラマでは数人の専門家が時代考証を担当しているんですが、『光る君へ』に関しては、不思議なことになぜか私一人ひとりなんですよね。ただ、何人かでやると意見が食い違ったとき面倒なので、一人なら一人でもいいんですが、こんなに大変だとは思いませんでした(笑)。

「文学」の影響が大きい平安時代

——台本のどういった部分に赤字を入れることが多いのでしょうか?

 大石さんを含め、スタッフの皆さん全員が、とにかく平安時代のことにほとんどご縁がなかったんです。皆さん、時代劇っていうと基準が全部江戸時代なんです。NHKには時代劇専門のご意見番の方もいらっしゃるんですが、やはりその発想は江戸時代が基準になっています。だから、平安時代ではちょっとあり得ないような設定が作られるんです。それを訂正していかなければならないんですが、時代考証を担当しているのが私ひとりなのでちょっと苦労しています。

 ただ、平安時代の基準でそのままやると、多分、ドラマを見た人は誰もわからない。例えば、言葉遣いも当時の公家言葉でしゃべったら、何をいっているかわからないと思います。

 あるいは、平安時代の寝殿造りなどで目隠しに用いた御簾がない状態で、女性が男性と話したりするはずはないという指摘がありますが、全部塞いでしまったら俳優さんの姿が見えなくなってしまう。話している声だけが聞こえる画面だとつまらないと思いますから、視聴者の皆さんへのサービスという意味で御簾がないわけです。時代考証のミスではなく、そうした心づかいがあるってことをわかったうえで観てほしいですね。

 ほかには、文学と歴史の関係です。ほとんどの方の平安時代のイメージは、文学からきているんです。藤原道長がどんな人物かというのも、『大鏡』や『今昔物語集』のイメージからきています。ただ、『大鏡』や『今昔物語集』のほとんどは史実ではありません。道長が肝試しをやったとか、弓比べをしたとか、ありえない話なんです。ただ、あんまり否定して古記録だけでドラマを作ってしまうと、それはそれでつまらない。多分、大石さんはそのようにお考えだと思うので、私もそこは妥協して、それほど極端に平安時代の常識を外さない程度にアレンジするという作業が難しいです。ただ、あくまでも著作権は脚本家にありますから、あらすじを大幅に改変する権限は私にはありません。

俳優という仕事のすごさに感動

——先日、撮影現場に行かれたそうですが、いかがでしたか?

 まずはあれだけのセットや調度を作るスタッフの熱意を感じました。

 また、俳優というのは、本当にすごい仕事だと思いました。台本にはセリフではない部分に感情表現がいっぱい書かれているんです。例えば、安倍晴明が中関白家と会ったときに、「こいつらはもう長くないな」と思ったとかです。そうした内なる感情が括弧書きしてあるんですよ。

 私が考証会議で、「こうした感情は、言葉にしなければわからないからセリフにしたらどうですか」と提案したら、プロデューサーは「俳優さんはそれを言葉にしないで表現できるんです」とおっしゃるんです。ちょっと疑っていたんですが、その回の大河ドラマを観たら、目の動きとか顔の向きとか表情で、それを表現していて驚きました。もっと驚いたのは、ネットでその感情表現に気づいている人がいて、視聴者の皆さんもすごいなと思いました。

——今後、大河ドラマをより楽しむためには、どんなふうに観ればいいでしょうか?

 大石さんは、本当にラブファンタジーの名手です。道長と紫式部は若い頃から恋仲で子供を作ったとか、越前に行ってまた新しい出会いがあるとか、どう考えても史実ではないし、当時としてはあり得ない部分もあるんですが、それを観てキュンとなる方がいらっしゃるのもわかりますので、純粋に恋愛ドラマとして楽しむのもひとつの方法だと思います。

 私がこだわっている部分でいうと、例えば陣定(じんのさだめ)という会議における発言ですね。ほかにも、道長が日記を書いているシーンのために具注暦をつくってもらったんです。そこに直接書き込んだり、消したりする場面があるんですが、「ここは古記録をもとにしてできたんだな」っていうのがわかるようにしてありますので、恋愛ドラマと歴史事実の2本立ての視点から観てくだされば、より楽しめると思います。

 大河ドラマのサイトで毎週アップされている「ちなみに日記には」というコーナーにも私が関与していて、「今回のこの場面は、この日記のこういう場面をもとにしました」というエピソードを紹介しています。それをご覧になれば、「あの場面は『小右記』のどこからきたのか」といったことがわかります。過去の放送分も検索できますので、ぜひご覧になっていただき、より深く大河ドラマを楽しんでいただければと思います。

(編集協力・スノハラケンジ)

 

『平安貴族列伝』
著者:倉本一宏(歴史学者)
出版社:日本ビジネスプレス(SYNCHRONOUS BOOKS)
定価:1870円(税込)
発売日:2024年5月21日

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