前人未踏の快挙達成はあまりにも華々しかった。6打数6安打3本塁打10打点、そして2盗塁……。大谷翔平はまた、歴史を塗り替えた。

 前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』が話題だ。

 総ページ848。その分厚さもさることながら、その大谷翔平を含めたファイターズの選手たちへの思いや、シーズン中の采配などが詳細に振り返られ、またそうした経験を経た「今」の「監督論」が人気を呼ぶ理由だ。

 今回は本書の中からファイターズ時代に見せた大谷翔平の姿、彼に当てた手紙の真意を紹介する。

連日ニュースを賑わせる大谷翔平。ひとたびバッターボックスに入れば、何かの記録を塗り替える――そんなイメージすらある。  野球にストイックで...続きを読む

大谷翔平 手渡されたウイニングボール

(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2016年12月)

 大谷が最後のマウンドに上がり、日本シリーズ進出を決めた試合後のことだ。

 監督室に戻って、少しの間、安堵感にひたっていたら、ほどなくして大谷がやってきた。

「監督、これ」

 差し出してきたのは、ウイニングボールだった。

「いいよ、いいよ」と一度は遠慮したが、それでも「監督、どうぞ」と言うから、ありがたく受け取った。

 大谷は、周りに誰かがいるといつも変な反応しかしないけれど、そういう場面ではとてもピュアな野球少年に戻る。

 だからこっちも、「翔平、大丈夫か? ちょっと無理させたけど、本当に感謝してる」と、そのときは素直に言えた。

 そういう、なんてことのない瞬間が、僕にとっては宝物だ。それ以上はない。

 実は、彼から受け取ったボールはこれひとつではない。

 リーグ優勝を決めた試合のウイニングボールも、はじめて165キロを投げたボールも、全部球団の金庫の中に大切にしまってある。

ファーストに全力疾走する姿にファンは感動する

 日本シリーズでは、バッター・大谷が全力疾走でファーストベースを踏むとき、足をひねったように見えたシーンがあった。

 どのくらいひねったのか、痛みはどの程度なのか、本当のところは本人にしかわからないが、症状の軽い重いに関わらず、試合中にそういったことがあると、心のどこかで恐怖心が芽生え、次から無意識のうちに少しブレーキをかけてしまうのが人間心理というものだ。

 しかし、彼にはそれがまったくなかった。最後まで全力疾走を貫き通した。

 実は冗談半分か本当か、試合後に「今シーズン、終わったと思った」と漏らしていたというから、本当は相当痛かったんだと思う。それでも、大谷は走った。

 どうして今年の日本シリーズを、たくさんのファンのみなさんがテレビで観て、大谷を応援してくれたのかというと、実は二刀流とかではなく、彼のああいう姿だったんじゃないかと思っている。毎打席、ファーストに全力疾走するその姿に、ファンのみなさんは心を打たれたに違いないと。

 それを伝えたくて、日本一を決めた翌日、スポーツ新聞に寄せた大谷への手紙に、こう記した。

 いつも厳しいことしか言いませんが、今日は一つだけ伝えます。

 翔平の道がどこにあるのか、翔平のファーストへ向かう姿、走塁にあると思っています。

 投手であっても常に全力で絶対にセーフになってやろうとする姿。

 シリーズでも初戦でベースを踏む際、足首を軽く捻り心配しましたが、最後まであの全てをかけてファーストを駆け抜ける姿を貫きました。

 常に全力を出し尽くす魂。

 そんな姿にしか野球の神様は微笑みません。

 野球の神様に愛されなければ天下は取れないのです。

 二刀流もその最も必要な魂があるからこそ成り立っていると思っています。

 正直、監督がひとりの選手に宛てた手紙を新聞に寄せるのはどうかと少しためらったが、依頼に応えたのには、僕なりの狙いがあった。

 大谷翔平という選手の姿をとおして、このチームが一番大切にしてきたものを、改めてみんなに確認しておきたかったのだ。

 4年前の日本シリーズのとき、まだいまのような立場にはなかった若い中島や西川を試合に使ったが、そこで彼らにはあることをお願いした。

「とにかく最後まで全力疾走してくれ」

 それは彼らとの、たったひとつの約束でもあった。

「それさえ続けてくれれば、これからも絶対に使い続ける。だからどんな一流選手になっても、それだけはやめないでくれ。それが野球のすべてなんだ」と。

 彼らはいまも、その約束を守ってくれている。

 もちろん同じことは大谷にも伝えていて、ただ彼の場合、自分がピッチャーとして出場していてもつねに全力で走るから、よりその姿は印象に残りやすい。

 だからこそ、あの手紙でそれに触れることによって、「来年からも変わらず、これだけはやって行くよ」というメッセージを、チームのみんなに伝えたつもりだ。

というわけで、あの手紙は大谷個人に向けて書いたつもりはなく、彼の姿を通じてチームのみんなにメッセージを伝えようとした、それが依頼に応えた真相だ。

 ただ手紙の文面には「まだまだありがとうとは言いません」と書いたが、その姿を最後まで見せてくれたことには本当に感謝している。

(『監督の財産』収録「5 最高のチームの作り方」より。執筆は2016年12月)

9月9日『監督の財産』栗山英樹・著。大谷翔平から学ぶべきもの、そして秘話なども掲載。写真をクリックで購入ページに飛びます