前侍ジャパン監督であり、北海道日本ハムファイターズCBOの栗山英樹氏の新刊『監督の財産』が話題だ。

 総ページ848。その分厚さもさることながら、監督「当時」に書いた生々しい言葉と、振り返った「今」との対比が鮮明で、「こういう本が欲しかった」と指導者・リーダーたちから喜ばれる。本書より、その育成論を紹介する。

連日ニュースを賑わせる大谷翔平。ひとたびバッターボックスに入れば、何かの記録を塗り替える――そんなイメージすらある。  野球にストイックで...続きを読む

がむしゃらにやれる時期、一番伸びしろのある期間は意外と短い

(『監督の財産』収録「6 稚心を去る」より。執筆は2019年1月)

 プロの世界に入ってくるような選手たちは、みんな才能豊かな者ばかりだが、入ったあとのことで言えば、本当にがむしゃらにやれる時期、一番伸びしろのある期間というのは意外と短い。

 ようやく自分の居場所を見つけかけて、いよいよ結果を出さなきゃいけない時期にきている23歳の渡邉諒に、秋季キャンプのとき、そのことを伝えた。

「このオフ、本当に死ぬ気でやれよ。10年やれとは言わない。1、2年、本当に頑張らなきゃならないときが人にはある」

 本人にどこまで伝わったかは、わからない。だが、一つだけ言えることは、彼にとってはいまが本当にがむしゃらにやれる時期であり、一番伸びしろのある期間だということだ。そして、繰り返しになるが、それは意外と短い。このチャンスを逃すと、次はない。

 楽なことや楽しいことは、人を育ててはくれない。それは、次に頑張るためのご褒美でしかないのだ。人を育てるのは、やっぱり「艱難辛苦(かんなんしんく)」。困難に出遭って、悩み、苦しむことで人は成長する。

 ただ、それにも優るものがあるのかもしれないと思うことがあった。あれは入団何年目だったか、クリスマスの夜、大谷翔平が一人でマシンを打ち続けていたことがあった。

 それを練習熱心のひと言で片付けるのは簡単だが、そこまで熱心になれるのにはやはり理由がある。彼はいつ訪れるかわからない何かをつかむ瞬間、何かというのはコツと言い換えてもいいかもしれない、その瞬間に接する喜びを知っている。

 野球がうまくなるコツというのは、自転車に乗るコツにも似ている。乗れないうちはまるで乗れる気がしないのだが、はじめてうまく乗れた瞬間、それまでとは別人のような自分と出会う。あの感覚だ。

 でも、それがいつつかめるのか、その瞬間がいつ訪れるのかは誰にもわからない。だからこそ、それを見つけに行くことはいつも楽しい。その価値観があるかないか、ただそれだけの差なのかもしれない。

 人が遊んでいるときに、人よりうまくなるためにやっていると、必ずそこには気付きがある。──単純なようだけれど、これを教えるのが一番難しい。

 伸びしろのある時期に話を戻すが、チームとしてはその時期の選手が一番面白い。「こいつ、どこまでいくんだろう」とか、ずっとワクワクしながら見ていられる。

 大谷の場合、ファイターズにいた5年間がずっとそうだった。やっぱり、毎年面白かった。うちは計算して勝つチームではない。そんな面白い選手の、一番面白い時期を使って優勝するのがファイターズだ。

プロ野球のチームは誰のものか

 野球は「おらがチーム」のスポーツだと思っている。同じ試合でも、どちらかを必死に応援しながら観るのと、どちらを応援するでもなくぼんやり観るのとでは、まったく別物だ。

 野球が、ある意味、文化として残ってきた最大の理由は、そこにあるのではないだろうか。それを地域性や、ローカル性と言ってもいいのだが、個人的には「おらがチーム感」といったほうがしっくりくる。

 そして、プロ野球は、自分の子どもの運動会みたいなところもある。子どもが一等賞を獲るために一所懸命努力していて、その頑張る姿を観に行って、声を嗄からして応援している。

 自分の子どもが出ている試合と、出ていない試合では全然違うように、自分のチームだと思った瞬間、それに近い感覚になって、オフの間も選手の補強とか、練習のことが気になるし、監督に文句の一つも言ってみたくなる。要するに、心の底から「頑張れ」と思える、それが野球の持っている大本質なのだ。

 普通に考えれば、3時間を超えるゲームは長いし、半年以上も続くシーズンは長い。なのに、みんな自分のチームだと思ってくれているから、それをずっと観ていられるし、試合がない日は寂しいと感じる。

 やっぱり、プロ野球のチームはファンの皆さんのものであり、そんな皆さんに支えられて成り立っているのだ。

(『監督の財産』収録「6 稚心を去る」より。執筆は2019年1月)

9月9日『監督の財産』栗山英樹・著。大谷翔平から学ぶべきもの、そして秘話なども掲載。写真をクリックで購入ページに飛びます