遠藤航W杯レポート 2.「本心」後編
カタールワールドカップが終わり2カ月が経つ。ヨーロッパの主要リーグが再開し、多くのワールドカップ選手たちがピッチで躍動している。
先週、再開したブンデスリーガでは遠藤航もそのひとり。2023年の初戦でアシスト、次戦でゴールを決めるなど好調を維持する。
そこには「カタールワールドカップ」の思いがある。では、遠藤航にとってこのビッグコンペティションはどんなものだったのか――。シンクロナス編集部が書く「遠藤航の22日」(前後編の全3回)。
グループステージ(結果と遠藤航の出場状況)
11月23日 vsドイツ(〇2対1)※先発フル出場
11月27日 vsコスタリカ(●1対0)※先発フル出場
12月3日 vsスペイン(〇2対1)※後半87分から出場
決勝トーナメント(結果と遠藤航の出場状況)
12月6日 vsクロアチア(△1対1 PK戦の末敗退)※先発フル出場
これまでの【遠藤航W杯レポート】
『1-1「コスタリカ戦後の+2秒」』はこちら
『1-2 軽い口調』はこちら
『2-1 本心』はこちら
2-2「想像できた1時間後の失望」
スペイン戦に向けた遠藤航の表情は明るいものではなかった。でも、暗さも感じなかった。
脳しんとうに始まり、コスタリカ戦での負傷と敗戦が「明るくない」要因であることは想像ができたが、「暗くない」胸の内についてはわからなかった。
何より、それについて問うたとき、必ず口にする「しゃーないっす」の真意が、気になって仕方なかった。
本当にそこまで割り切れるものなのだろうか、と。
※
劇的な試合、スタジアムの熱量は時計の針が進むにつれて上がっていった。前半11分に先制されたときの――あまりに――重い雰囲気が嘘のように。
スイッチとなったのは堂安律の鮮烈な同点ゴールなのだが、筆者自身が「熱さ」を体感し始めたのは、 真っ黒な髭と、真っ白なトーブのコントラストが印象的な、おそらく地元カタールのサッカーファンのスマートフォンがきっかけだ。
堂安がゴールを決めた直後、後方の座席にいた彼らは、同じ時間にスタートしたドイツとコスタリカの一戦のスコアを我々に向けた。
ドイツが先制している。その情報は当然、前半からチェックしていた。スペインに先制された日本代表は、このままいくとグループリーグ敗退となる。決まったわけでもないのに、1時間ちょっと後の失望が想像できていた。
しかし、「ニカー」と笑った彼らの表情とスマホに映し出されたスコア――ドイツが勝っている――は、その悲観的な未来予想を和らげた。
このままいけばグループリーグ突破だ。
どこからかそんな声も聞こえてくる。すーっと、体に血が流れ始めたような、体温が上がるような感覚を覚え始めた。
スタジアムが最高潮を迎えたのは三笘薫の折り返しから田中碧のゴールが決まった瞬間だ。長いビデオ判定のあと、主審がピッチ中央を指さしたとき、スタジアムが揺れた。
地元のサッカーファンは、このときもスマホを見せてくれた。やっぱり、すごくうれしそうに。
彼らのスマホが必要なくなったのは、この数分後あたりからだったように思う。スタジアムのオーロラビジョンに「グループリーグの順位」が映し出される回数が増えたからだった。
衝撃的だったのは、日本が2対1で迎えた後半25分、ピッチに冨安健洋が投入されたころ。オーロラビジョンには、こう映し出された。
1位 コスタリカ
2位 日本
3位 スペイン
4位 ドイツ
思わず背後を振り返ると、地元のサッカーファンは「コスタリカが逆転した」というゼスチャーを見せた。あの表情は笑顔だったのか、ちょっとわからない。
ここからはもう、本当にドキドキの連続だった。
ドイツがコスタリカに勝ったとしても現状のスコアであれば、万が一日本が「引き分け」ても決勝トーナメント進出の可能性は残っていた。だから引き分けでもOKという安心感があった。そして、コスタリカは堅守のチームだ。そう大差はつかないだろう――スペインとの7対0という試合の記憶を封印しながら祈っていた。
それがコスタリカが勝つとなるとまったく違った展開になる。引き分けたら敗退なのだ。
つまり、日本はもう失点も許されない……。
そんなことを考えていたらまた声が聞こえる。
「ドイツが追い付いた!」
今度は引き分けでもOKだ……とにかく目の前の試合と、ドイツとコスタリカの結果が気になってどうしようもない。
そんなとき、ピッチサイドにビブスを脱いだ背番号「6」が見えた。
3日前、右ひざにギブスをつけ、松葉づえをついた遠藤は「仲間を信じる」と言った。はっきりと「(スペイン戦は)無理っす」とも。事実、その後の全体練習にも参加していない。
なのに、この日の試合前の練習で走り、ボールを蹴っていた。「もしかしたら」の思いはあったが、……実際にその姿をピッチ脇で見たとき、心が定まった。
「勝てばいいんだ」
この1点を守り切れば、コスタリカもドイツも関係ない。
遠藤の背中がそう教えてくれていた。
実際のピッチ投入は、ビブスを脱いでからしばらくしてからだ。ボールが途切れず、遠藤は数分をピッチサイドで眺めていた。実はそのとき、ドイツが逆転をしていた。でも、関係なかった。...