4月。学校、会社など「新生活」をスタートさせた人も多いと思います。
「環境さえ変われば自分の人生は好転するはず」——。
そんな思いを抱いている人も少ないくないでしょう。ただ、残念ながらそうはいかないのです。その理由は「遺伝」。
「遺伝」の影響は、環境に左右されるほど弱くないのです。
ではどうしたら人生を好転させられるのか。行動遺伝学者である安藤寿康氏が「遺伝」がわれわれの人生に与える影響について解説したコンテンツ(書籍『子どもにとって親ガチャとは』(シンクロナス新書))より「環境と遺伝」の関係を全三回でご紹介します。(第一回)
1958年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。『能力はどのように遺伝するのか』『教育は遺伝に勝てるか?』『「心は遺伝する」とどうして言えるのか』など、著書多数。
環境のせいにするのは逃げである
見たくないネガティブな面があるとしても、遺伝がある、ということは認めた方がいいと思います。
環境の影響を絶対として見る環境主義は、環境さえ変わっていれば自分はこうはならずに済んだのだ、と考え、そのようにメッセージします。一方、環境を変えても自分は変わらない、とメッセージされる場合、そこには必ず、遺伝という考え方があります。
今のこの状態は私にとっては実は嘘だ、と考えているとしましょう。
環境主義とは、環境さえ変えれば今の状況を根本から変えられるのだ、という考えから来ています。
それは「より良くなろう」という向上心を支えるものとも言えますが、いつでもそこから逃げようとする姿勢を持っている、ということでもあります。環境主義のその姿勢が向上心、つまり本当の意味で今の問題を解決するいい方向に向いてれば、問題はないでしょう。
逃げるということにも可能性があります。
現状の中で立ち回ってそこから出ていこうというのは、ポジティブな力であると言うこともできて、逃げではなくて攻め、と見ることもできます。
ただし、環境のせいにすると、別の環境へ、そのまた別の環境へということになりがちです。
いまの自分を否定することにつながり、今の自分のままで満ち足りていると思わせてもらえません。これは、自分をそういう風にさせた第三者がいて、その人が悪いのだという、すべて人のせいにする、他虐的な発想に立つということでもあります。
遺伝の影響を認めたうえでどう生きるか
一方、例えば親の嫌な面を見た時、子どもが、これは自分の中にもある遺伝だな、と考えることができたとします。
子どもは、これは遺伝だと考えることで、まずはその状況を認めます。状況を認めたうえでどうしようかと考えます。これがむしろ子どもにとっては良いことなのだと、私はつねづねお話ししてきました。
私の著書である『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SBクリエイティブ)は、《現代社会の格差や不平等の根幹には、知能をはじめとした「才能」が遺伝の影響を受けていることが挙げられる。これはショッキングな事実ではあるが、だとしたら「才能は遺伝がすべて」「勉強してもムダ」「遺伝の影響は一生変わらない」などと思われがちだ。しかし、それは誤解》ということを書いた本です。
この本の読後感想として、「子どもがこれを読み、なんで僕をこんなにしたんだ、と大暴れして困っている」というメールを受け取ったことがあります。
もう一度読んでいただいて、なおかつ問題があると思われるようなら直接お会いして説明します、と返信したところ、その後の応答もなく今まできています。
確かに遺伝の影響というものは、今まさに努力の最中にある人にとって、頑張ってはみても遺伝というものがある、親は実はそれほど頭が良くなかった、といったことがすべて繋がり、今までやってきたこと、今まさにやっていることがすべて無駄になる、と思わせるものでもあります。
これはかなりショッキングなことではあるでしょう。
努力はすべて無駄であるというふうに受け取られてしまうのは本意ではありませんし、 私はもちろん、そういう意味で研究の成果をお話しているわけでもありません。
しかし、科学的事実としてそういう結果となる場合があります。事実を認め難いままにものすごい絶望を経験してしまうフェーズを通過する人もまた、確かにいらっしゃいます。
私は、そういう人は、その絶望に根を張って絶望から立ち上がっていくっていうことになるのではないか、そしてそれこそが世界を素晴らしいものにしていくことなのではないか、と考えています。
立ち上がるというのは、偶然や環境や条件の変化から起こるものではなくて、生命である限り必ず出てくる力だろうと思います。
呑気な話のように聞こえるかもしれません。
何をやっても無駄であるという事実を受け入れることによってそこからスタートする、ということなのですが、スタートする力においてもまたひょっとすれば遺伝の影響が大きいわけです。
したがって、絶望しやすい遺伝子というものも可能性としては存在するでしょう。(第二回に続く)
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著者が自身の本について語ることで、読者が本を読んだ後、その本の魅力や知識を深められるコンテンツ「DOKUGO」。
今回語っていただくのは、「教育は遺伝に勝てるか?」(朝日新聞出版)の著者であり、行動遺伝学の第一人者である安藤寿康先生。
「行動遺伝学から見る教育の形とは?」、「遺伝が格差を生むのか」――
本をより深く理解できる詳しい解説や、この本の読者に伝えたいこと、読者がギモンに思うことの答えを著者自ら語ります。
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