SNSやニュースを通してスターの子ども時代や、ご両親の経歴を知ることが容易になりました。
それらを目にして「自分とは才能が違いすぎる」と努力のむなしさを覚えた人も少なくないと思います。しかしこれは「遺伝」の誤解が生んだ先入観です。
本来の「遺伝」とは親から子どもに伝わるものではないのです。
では私たちは才能と努力をどう捉え、向き合っていけばいいのか。
行動遺伝学者である安藤寿康氏が「遺伝」がわれわれの人生に与える影響について解説したコンテンツ(書籍『子どもにとって親ガチャとは』(シンクロナス新書))より「環境と遺伝」の関係を全三回でご紹介します。(第三回)
1958年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。『能力はどのように遺伝するのか』『教育は遺伝に勝てるか?』『「心は遺伝する」とどうして言えるのか』など、著書多数。
カエルの子はカエル、にまつわる様々な誤解
遺伝にまつわる考え方には、多くの人が先入観にとらわれており、そのために生命を生み出す根幹となる「遺伝」に対して、適切に考えることができないでいると思われます。
まず、「遺伝によって決まる」という決まり文句は先入観です。
同時に、そう言ってしまっては子育ても教育も意味がなくなってしまうということからよく主張される「生まれつきなんて関係ない」というのもまた先入観です。
行動遺伝学の第一原則は「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」という科学的事実です。
ポイントは、「遺伝の影響を受けている」のであって、「遺伝によって決まっている」のではない、という点です。
カエルの子はカエル、この親にしてこの子あり、と昔からよく言います。要するに親と子が同じものを持ってしまっている、という現象が遺伝と言われているものです。しかしこれも先入観です。
多くの人が現在の自分について、親がああだから私はこうなってしまったというふうに、遺伝というものを、自分の内側から運命として生まれつき縛ってくるものとして受け止めがちです。自らがおかれている社会環境ということとは別に、そのように考えます。
しかし、遺伝子は、子どもに直に伝わるものではありません。
遺伝が伝わる組み合わせを考える
遺伝子は、たくさんの遺伝子が組み合わさって、バラつきを持って伝わるものです。したがって、親がどうであれ、いろいろな子どもが生まれます。
一家といいますか1組の親に5人や6人、あるいは10人も子供がいるという時代がありました。親に似ているとか似ていないというのは問題ではなく、いろいろな子どもが生まれるのは当たり前のこととして認識されていました。
今は少子化の時代です。2023年6月に厚労省が発表したデータによれば、2022年の日本の合計特殊出生率は1.26でした。合計特殊出生率とは、1人の女性が、いちおう公的に出産可能とされている目安の年齢である15歳から49歳までに産む子どもの数の平均のことを指します。
1組の親に対して、昔の人に言わせればたった1人か2人の子どもというサンプルを相手に、類似しているところだけを見るなら、やはり、この親にしてこの子あり、というような話になりがちです。
しかし、遺伝とは決してそういうものではありません。
私はよくキャッチフレーズ的に、「遺伝は遺伝しない」ということを言います。その意味は、その人自身の内側に遺伝はあるけれどもそれは必ずしも親と同形というわけではない、ということです。
しかし、遺伝は親から子どもに伝わるものだというイメージには根強いものがあります。いくら「遺伝は遺伝しない」ということを強調しても、相変わらず、そのイメージは抱かれ続けているようです。
専門の研究者ではない、一般の人たちが遺伝について抱くイメージや考え方を私は「素朴遺伝観」と呼んでいます。「遺伝とは宿命だ」とする考え方、つまり形質は親から子に伝達され、生まれつきの形質は一生涯、環境をどう変えようとも変わらない、としてしまうのが素朴遺伝観の代表的なものですが、それは決して科学的ではなく、時と場合によって良いようにも悪いようにも解釈されてしまう考え方なのです。
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今回語っていただくのは、「教育は遺伝に勝てるか?」(朝日新聞出版)の著者であり、行動遺伝学の第一人者である安藤寿康先生。
「行動遺伝学から見る教育の形とは?」、「遺伝が格差を生むのか」――
本をより深く理解できる詳しい解説や、この本の読者に伝えたいこと、読者がギモンに思うことの答えを著者自ら語ります。
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