中世ペルシア風の異世界を舞台に、王太子アルスラーンと仲間たちの活躍と成長を描いたファンタジー小説『アルスラーン戦記』(著:田中芳樹)。その壮大な世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!(第2回/全7回)

仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

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パルス国の伝承

 『アルスラーン戦記』の物語の核となっている要素の一つが、パルス王の先祖である英雄カイ・ホスローによってダマーヴァンド山に封じられた蛇王ザッハークの存在である。筆者未読だが、原作8巻以降の第二部では、より重要な役割を果たすことになるという。

 ザッハークは両肩から蛇を生やし、人間の脳を喰らう恐怖の象徴であり、パルスでは知らないものはいないという(1巻p. 208)。この出で立ちや、人の脳を喰らうという設定、そして英雄によってダマーヴァンド山という実在の山に封じられたという逸話は、実際のペルシアの伝承にある蛇王ザッハークと同様である。

 ただし、実際の伝承では彼を封じたのはカイ・ホスローではない。なお、「カイ・ホスロー」もまた、ペルシアの半神話的時代、「カイ王朝」の王である。

ダマーヴァンド山(イラン)(写真:Mansoreh Motamedi / Moment / Getty Images)

 強大な悪が封じられているがいつか目覚めて災いを起こすという設定は、ファンタジー作品でもよく見られるものだが、古くから印欧語世界の神話にも数多く見られるものである。

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ペルシア語世界最大の叙事詩

 蛇王ザッハークをはじめとするペルシアの様々な伝承の集大成である代表的叙事詩が、10~11世紀の詩人フェルドウスィー(934~1025年)による『シャー・ナーメ』である。...