中世ヨーロッパ風の架空世界の経済活動に光を当て、狼の化身ホロと青年行商人ロレンスの旅を描いたライトノベル作品『狼と香辛料』シリーズ(著:支倉凍砂)。その奥深い世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!

仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

2005年に電撃小説大賞銀賞を受賞した支倉凍砂『狼と香辛料』が今年2024年、再びアニメ化されて話題を呼んでいる。 私はこの作品に...続きを読む

『狼と香辛料』の正教会

 『狼と香辛料』において「大遠征」で勢力を広げようとしている正教会とは、いったいどのような存在なのだろうか。カトリック教会をモデルにしていることは明らかである。シンボルこそ十字架ではないが、一神教で、聖典と秘蹟に基づく宗教である。IV巻では聖職者を前にした「懺悔」が行われたし(IV巻p. 128)聖典や註解の書があることも明かされた(IV巻p. 134)。組織は教皇をトップとして大司教、司教、司祭という位階がある。

 教義についても随所で語られる。暴食を7つの大罪の一つとして戒める(II巻p. 55)、清貧を良しとする(IV巻p. 148)など、キリスト教を意識していると思しき教義もあるが、禁断の箱を開けてはならないというギリシア神話のような聖典の言葉もあるらしい。

 教会の構造も興味深い。IV巻には「聖母」の像が置かれていることや、「聖遺物」が教会の最重要物として安置されていることが述べられている(IV巻p. 141)。実際の西洋中世の教会においては、...