ロシアのウクライナへの軍事侵攻が続いている。全面的な軍事侵攻の開始は2月24日だった。緊張の時間は4カ月を超える。
連日報道される現地の声、各国の思惑、犠牲になる市民……。改めて突きつけられたリアルな世界。
そもそも、戦争は世界でどのくらい起きているのか。紛争、内戦の違い。そして「戦争はどうすれば終わるのか」。
日進月歩で進む技術革新によって「近くなった」と言われる「世界」のなかで、われわれは本当の「世界」をどれだけ知っているのか。戦場カメラマンの渡部陽一氏に聞いた。
「戦場」の真実をどのくらいの人が理解しているか。戦場にある悲惨な現実。犠牲になるのは子どもたち。一方で、戦場にいる人々は「私たちと同じ」日常を持っている。これも「戦場の本当の姿」――。戦場カメラマン渡部陽一が撮ってきた写真の中から、1000枚をピックアップ。写真とともにその背景を知る。「戦場の真実」と「世界の本当」を学ぶ。
リアル1:そもそも「戦争」の定義とは?
世界では今日も、民族や宗教や部族、資源に沿った「戦い」というものが続いています。
アフリカのスーダン(ダルフール紛争※1)、エチオピア(※2)、過激派が絡んだマリ共和国のテロ(※3)。中南米の麻薬が関わったお金にかかわる争い……。
一般的に「戦争」とは、国と国が戦いあうものであると言われています。
「紛争」は国と国に限らない、二者以上の戦い。必ずしも武力を伴ったものを指すわけではありません。「戦争」もこのうちに入ります。狭義においては、国内の中で暮らしている敵対勢力がぶつかったことを「紛争」とすることもあります。
さらに国内でのより密な環境、――民族や、地域の方々が絡み合った衝突を「内戦」とするのが一般的な言い方です。
ただ、これらはいずれも世界情勢が複雑に絡み合っている戦いで「これは戦争」「これは内戦」と白黒の線引きを置くことが、現時点ではかなり難しい。いろいろなものがからみあってその呼称はグレーゾーンになっています。
あえて「ウクライナ戦争」と定義したい
その中で今回のウクライナとロシアの戦いに関しては、主権国家のウクライナに武力でロシアが侵略戦争を起こした。――「ウクライナ戦争」と言っていいと僕は感じています。
この「戦争」が、ここ数十年で起こってきた「戦争」ともっとも違うのは「侵略戦争」であることが挙げられます。
2カ月ほど前の2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を開始した時点で「戦争」と呼ばれるかどうか、微妙な状況でした。その理由についてご説明します。
世界中には軍事同盟(※キーワード1)というものが存在します。「仮想敵国が浮上してきたときには一緒に戦いましょう」という条約を結んだ連携で、世界中にたくさんあるんですね。
その中で、軍事同盟が武力を行使するための、ひとつの線引きとなる言葉が「戦争」になります。内戦や一部の紛争状態では軍事同盟が動けないことがかなり多い。
👉キーワード1
2国以上の国家の間で結ばれる軍事に関する同盟。条約によって第三国の攻撃、そこからの防御に対し相互扶助を結合する。代表例:NATO、日米安全保障条約など
「ウクライナ戦争」となかなか断言しなかった理由
軍事同盟がたくさんある世界において、「戦争」という言葉を大義として表に出したとき、軍事同盟は、武力をもって動かざるを得ないことがあります。
ウクライナは(軍事同盟である)北大西洋条約機構(NATO)には加盟していません。
今回のウクライナに関して、なかなか「ウクライナ戦争」と断言しなかった背景にはそういう理由があります。
NATOに加盟していないのですから、NATOが動くことはない。
しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領は「EUに加盟して軍事同盟の連帯をつくっていきたい」「ロシアから離れよう」という姿勢を持っていました。ロシアの軍事侵攻はこうした姿勢が影響を与えた、という経緯があります。
つまり、NATOという軍事同盟が今回の軍事侵攻に関わってきた。1つのスイッチになっているのです。
ゆえに、ヨーロッパとアメリカ・バイデン大統領は、「NATOに加盟していないからウクライナを助けなくていいのか」ということについて検証してきました。
その落としどころが、直接の軍事介入はせず、武力を提供すること。
アメリカ軍やイギリス軍をウクライナには入れないけれども、航空機の部品や、対空砲、戦車に対する武器といったものをウクライナ軍に渡すことで、間接的にウクライナを支えていくという「グレーゾーンの落としどころ」を選択しました。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、NATOが介入しないとわかった時点で、ロシアとの停戦協議において「ウクライナはNATOには加盟しない」と伝えました。これが戦闘停止のひとつの歩み寄りだったわけです。
しかし事態はそう簡単にはいきませんでした。ロシアの大虐殺(ジェノサイド)が判明したことにより、この停戦協議がほぼ崩壊状態となった。
これらを踏まえた上で改めて「戦争」とは何かに話を戻すと、これからウクライナへのロシアの軍事侵攻が続いていく「ウクライナ戦争」というものを、各国がどこまで「戦争」と断言するのか。
同盟が動く、動かないがひとつの線引きになると言えます。
プーチン大統領と核の抑止力
ではNATOはなぜ動けなかったのでしょうか。
ロシアが侵攻を開始した2月24日、キエフ(キーウ)の空爆、首都陥落が間近になると世界各国の同盟がどう動くべきか、ウクライナ「戦争」と判断し、ロシアの軍事侵攻に対峙できる兵力を出すべきかというつばぜり合いが起きました。
先にも説明をしたとおりNATOは結果的に、グレーゾーンの落としどころを取ります。
決定の背景にはロシアのプーチン大統領の言葉ありました。それは、もしウクライナと同盟を結んでいたとしても同じような対応を取らざるを得ないほどのものでした。
プーチン大統領はウクライナに侵攻する際、世界中の国に向かってこう言ったのです。
我々ロシアは核兵器を保有している国である。ウクライナ侵攻に対して邪魔をする国や組織が存在した場合は核兵器を使う。※4
つまり、侵攻の段階で脅しを抑止力として突きつけた。
この「核の抑止力」は機能として、ロシア側に有利な立ち位置をもたらしました。
大虐殺を起こしても軍事同盟は入ってこない。欧米諸国は軍事介入をしない。
「ウクライナ戦争である」と欧米各国が断言しても、もう介入ができないわけです。
その中で「ウクライナ戦争」という言葉を欧米各国が使い出してきた背景があります。