アジアカップではまさかのベスト8敗退を喫した日本代表だが、まだその期待値は高い。

 大きな要因として挙げられるのが選手たちのレベルアップだ。久保建英、三笘薫といったアタッカー陣、遠藤航、冨安健洋らディフェンス陣はそれぞれリーガ、プレミアリーグのトップチームに所属する。

 そんな中でひとつの課題とされるのが、監督·コーチのレベルアップである。

 例えば、選手と同じように「日本人指導者が欧州リーグで指導」することができればそれは叶いそうだが、現実には高い壁がある。それがライセンス制度。

 欧州サッカー連盟(UEFA)加盟国のトップチームで監督を務めるには、UEFAが発行する「UEFA Pro」(UEFAの最高位)ライセンスを取得するしかない。

 日本でS級ライセンスを取ったとしても、欧州の監督として指揮をとることができないのである。なぜなのか――。

 欧州のトップチームで指導者を目指す元サッカー日本代表の岡崎慎司氏と、オーストリアサッカー協会のコーチングライセンスを保持するモラス雅輝氏が「欧州ライセンス制度」について議論した動画は話題を呼んだ。

 本稿ではその対談動画『【岡崎慎司×モラス雅輝】日本人指導者に「資格」の壁。なぜ欧州はS級ライセンスを認めないのか?』の一部を前後編で紹介する。 「日本サッカー界で語られることのない」、ヨーロッパの「指導者基準」とは?

(文・佐藤主祥)

両思いではない。UEFAが「S級」を認めない理由

 そもそも欧州と日本のライセンス制度の違いはなんなのだろうか。

モラス雅輝「欧州の指導者ライセンスはUEFAが主導権を握っています。国によってライセンスの取りやすさに差はありますが、基本的には指導者としての実績を今まで以上に評価して、ライセンスのレベルを上げることを方針として挙げています。

 なので現役時代に欧州リーグで活躍した選手といえど、ライセンス取得にはそこまで優遇されることはありません。

 例えばオーストリアだと、「UEFA-A」ライセンスで指導できる最上位のリーグで2年以上、それも監督として結果を残さないとプロライセンスを取れません。コーチとしてではコースに参加することもできないんです。

 一方で日本は、監督経験がない人でもコーチとして実績を積めばS級ライセンスが取れる仕組みになっています。

 UEFA基準で考えれば、A級を取ってから日本フットボールリーグ(JFL)で2年以上の監督実績を積まなければプロライセンスを受講できないことになるので、欧州と比較すると明らかに最上位ライセンスが取りやすくなっている。

 この“差”から見ても、S級の互換性を求めるのは日本側の片思いであって両思いになることは難しいのです」

 モラス氏は「UEFAはアジアの複数国のライセンス取得までの仕組みや状況を調査した」と語る。

 その結果として、コースに入る際のハードルの高さ、講習内容やカリキュラムがだいぶ異なるとして、欧州と統一したものとして考えることは難しいと判断したわけである。

モラス雅輝「僕は日本人ですから、アジアでの結果をもっと認めてほしい気持ちはあります。

 けれど、最上位ライセンス取得に至るまでに、あらゆる面で差があることは事実。UEFAが求めている高い基準に日本側が合わせない限り、この現状は当分変わらないのかなと。UEFA側もはっきり“NO”と言っていますから」

UEFA基準に“寄り添い”欧州の壁を乗り越えられるか

 やはり欧州で指導するためには、欧州で指導者ライセンスを取得するしかない。このUEFA側の主張に対し、欧州で指導者を目指す岡崎氏はこう話す。

岡崎慎司「その通りだなと思います。UEFAが求める基準が、例えばJFLの監督として2年以上実績を積むことだとしたら、(日本も同じような仕組みに)今すぐやった方がいい。けれど、それができないなら……今の状況になっているのは仕方がない。認めざるをえないな、と。

 なので指導者として日本でやるのか、欧州でやるのか。そこは区別して考えるしかないと思います。

 でも、欧州出身の指導者は、母国語で取った「S級」を「UEFA Pro」に書き換えができるというのは、すごく羨ましい。

 日本の「S級」は認められていないので、日本語で取れたらなーと、単純に思ってしまいます。それに関しては、日本側に不利な部分はあるので、どうしても羨ましい気持ちが出てしまいますね」

モラス雅輝「そうですよね。でも実は、アジア出身の指導者からすると、日本人が羨ましいと話す人が多いんです。

 というのも、日本の「S級」は互換性のある「AFC(アジアサッカー連盟)Pro」への書き換えが自動的に行われるので、日本でライセンスを取った人はアジア大陸にあるすべての国での指導が可能となります。

 そもそもアジアの中には、国内で最上位のライセンスを取得しても「AFC Pro」に書き換えができる国はほとんどありません。

 極端な例でいうと、モンゴルで「S級」を取り、監督として国内最上位リーグで5連覇を果たしたとしても、モンゴル以外の国で指導することはできないんです。そういう意味では、僕自身、日本でライセンスを取れてよかったなと思っています。

 いずれにしろ、最終的に欧州で指導したいのであれば欧州でライセンスを取得すること。

 米国出身でメジャーリーグサッカー(MLS)で監督経験のあるジェシー・マーシュも、欧州クラブで指揮することは許されず、大陸を渡りライセンス取得に時間を費やしました。

 どれだけ米国で名の知れた名将だとしても、欧州で指導できるわけではない。この現状は、アジア、北米、アフリカ、オセアニアの指導者にとって大きな悩みの種ですね」

 サッカーは各大陸ごとに協会が存在するため、それぞれで取得したライセンスは国を超えることはあっても、大陸を超えて使用することはできない。

 日本がUEFA側に“寄り添う”姿勢を見せなければ、日本人指導者の欧州進出に立ちはだかる「壁」が揺らぐことはないのが現状だ。(後編に続く)

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