2024年6 月にシンクロナス(SYNCHRONOUS)にてスタートした連載「〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら」。執筆者の仲田公輔氏(岡山大学文学部/大学院社会文化科学学域准教授)に、創作と歴史学の関係、歴史学が果たす役割等について、3回にわたり伺った。

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仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

名作『葬送のフリーレン』を読んで、西洋中世の専門家が感じたこと

――記事執筆にあたって初めて『葬送のフリーレン』をお読みになったとのことですが、なぜ、『葬送のフリーレン』だったのでしょうか。

仲田:編集者さんから推薦いただいたことが直接的な理由ではありますが、大人気の作品だということは、周囲の西洋中世史の学者仲間や学生からも聞いていました。ですから、初見の私が多くの読者を獲得している作品を「題材」としていいのだろうかという迷いがあったのも事実です。

 ただ、「中世風ファンタジー」の代表作の胸を借りることで、人々が「西洋中世史」にどのようなイメージを持っているのかを考えたり、歴史学に興味を持つきっかけを提供できるのではないかと思い、チャレンジすることにしました。

――実際読んでみて、どのような印象を受けられましたか。

仲田:コミックをまとめて購入して一気に読ながら感じたのは、一風変わった設定をベースに物語が描かれているということです。たとえば、一般的な冒険ものであれば、敵との戦いで仲間が傷ついたり、場合によっては命を落とすことは珍しくありません。その点、『葬送のフリーレン』は、そもそも「魔王」討伐以後の話であり、主人公たちは敵が太刀打ちできないほどの力を持っていて、たとえピンチに陥ってもなんとか切り抜けることができます。

 個人的には、メインを張っていたキャラクターが熾烈な戦いの末に倒れ、退場するストーリーは得意ではないので、『葬送のフリーレン』は安心して読み進めることができました。

 あと、これは仮説ですが、若い世代に対しては「異世界転生もの」で慣れ親しんでいる「西洋中世風の世界観」は相性がよさそうだと感じた一方、RPG(ロールプレイングゲーム)を意識した流れになっていることが、子どもの頃にRPGが流行っていた私を含めた30代以降の世代にも受け入れられている要因なのではないでしょうか。

――RPGというのは、たとえば、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』などをイメージするといいでしょうか。

仲田:そうですね。あとは、『ゼルダの伝説』も代表格の1つだと思います。

 ただ、私が当時はまっていたのは、『クロノ・トリガー』です。主人公の少年(クロノ)と友人たちが中世にタイムスリップしてしまうというストーリーで、ファミコン版、プレーステーション版、ニンテンドーDS版と、発売されるたびにプレイしました。今でもアイテムがどこに落ちているかわかるくらいやり込みましたね。パーティを組んだり、魔法が使えたり、王国があったり、魔王が出てくるなど、『葬送のフリーレン』とも共通する要素が多く、懐かしい気持ちで読み進めることができました。

なぜ、日本人は「西洋中世」をイメージできるのか

――今回の連載について、どのような反響がありましたか。

仲田:すぐにキャッチできたのは、SNSでつながっている人たちの反響です。歴史学の研究者だけでなく、歴史学に興味がない人たちからもメッセージをもらいました。個人的におもしろかったのは、私とは知り合いだけれど、何をしているかを今回の記事で初めて知ったという声ですね。

 歴史学の観点では、私も翻訳に参加した『中世ヨーロッパ:ファクトとフィクション』(平凡社)の監修を担当された大貫俊夫先生からご連絡をいただき、「これからもフィクションを題材に、中世の受容、すなわち人々が中世をどう見て、どう受け入れているかの考察、さらには、なんとなく持っている中世のイメージを再考するアプローチは続けていきましょう」というようなお話をしました。

――現時点では、日本人の「西洋中世史」の捉え方についてどのように感じていらっしゃいますか。

仲田:まず、前提として、日本人にとって「西洋中世」は縁もゆかりもないというのは言い過ぎですが、遠い異国の、しかも古い時代の話です。にもかかわらず、多くの日本人はなんとなく「中世ヨーロッパ」をイメージできるのは興味深いことだと思います。

 たとえば、海外の西洋中世史の研究者に「日本の鎌倉時代はどんなイメージですか」と聞いたとしても、正しいとか間違っているとかではなく、なんのイメージも出てこない可能性が高いのではないでしょうか。

 その違いの理由の1つは、日本では「世界史」の授業が充実していることが挙げられます。日本のように中等教育段階で世界史をしっかりと教える国はそこまで多くはありません。また、今回取り上げた『葬送のフリーレン』や「異世界転生もの」、RPGなどで「西洋中世風」の世界観が取り入れられていることも大きいのではないでしょうか。

史実に忠実な創作がおもしろいわけではない

――連載は始まったばかりですが、今後、どのような読者にどんなふうに読んでほしいですか。

仲田:まず、創作も好きで、歴史も好きという人はたくさんいると思いますので、そういった方々に読んでほしいですね。

 歴史学の観点から考察するといっても、私は創作を否定するつもりはまったくありません。そもそもフィクションに限らず、歴史の概説書、教科書を書くときでさえ、ある程度、デフォルメしないといけない部分があります。

 もちろん、歴史の一部だけ切り取った間違った内容が流布するリスクはゼロではありません。ただ、「史実」に忠実であればおもしろい創作ができるわけでもありません。ですから、「ここが違う」「本当はこうだった」と目くじらを立てるのはフェアではないと私は考えます。

 そのうえで、創作に対して「歴史学」の観点を付与することで、西洋中世に興味を持ってもらえたり、創作をより一層楽しんでもらえるように、引き続きさまざまなフィクションを題材に記事を書き進めていきたいと思っています。

(編集協力:池口祥司)

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🧭〝中世ヨーロッパ風〟ファンタジー世界を歴史学者と旅してみたら

 毎回さまざまなフィクション作品(ゲーム、漫画、アニメ、ドラマ、映画等)を1本取り上げて、歴史の専門家の目線から、面白いところ、意外なところ、ツッコミどころ等を解説するシリーズです。

 すっかりイメージが定着しているアレは、実は中世のものではなかった!? 一方で、ファンタジーだと思っていたコレには、実は元ネタのような似た話があって……?

 この連載を読めば、物語を見るのがもっと楽しくなる、さらには、史実や歴史研究をもっと知りたくなる! オススメの本や文献をたっぷり紹介するブックガイド付き。

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