中世ヨーロッパ風の架空世界の経済活動に光を当て、狼の化身ホロと青年行商人ロレンスの旅を描いたライトノベル作品『狼と香辛料』シリーズ(著:支倉凍砂)。その奥深い世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!
仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。
ロレンスと商人たちのネットワーク
『狼と香辛料』の主人公である商人ロレンスは、ローエン商業組合に所属する行商人である。こうしたネットワークを形成した商人の活動には明確なモデルが存在する。
前述の『狼と香辛料の全テ』には「現実世界と『狼と香辛料』の世界」というコラムがあり、ここで商人たちの活動のモデルは、「ハンザ同盟」であると言われている。
ハンザ同盟という用語は高校世界史にも登場するが、「ハンザ」は北ヨーロッパにおける都市横断的な商人の同盟を指す言葉であり、通常「ハンザ同盟」と言われるときに意味されるのは、14~15世紀にバルト海や北海で活動したドイツ・ハンザのことである。最盛期には100を超える都市が参加し、特にリューベックやハンブルクといった北ドイツの都市は、その拠点として繁栄した。
ドイツ・ハンザの商人たちが主に取引していたのは、北ヨーロッパで生産されるライ麦、ニシンの塩漬けといった食料品や、毛皮などである。『狼と香辛料』の作中でも、毛皮やライ麦はロレンスも取り扱っていたし(それぞれI巻、IV巻)、ニシンの燻製も登場した(I巻)。
後に中世都市についても触れたいが、中世の都市において、人々は自分たちの権利や安全を守るために、様々な団体を組織した。そうした相互扶助の団体が、高校世界史の教科書に出てくる「ギルド」である。
真っ先に団体を形成した職分が、まさに商人だった。ロレンスもところどころでぼやいているが、一箇所に定着せず、各地を移動する不安定な立場の行商人は、相互扶助を必要としていたのである。...