中世ヨーロッパ風の架空世界の経済活動に光を当て、狼の化身ホロと青年行商人ロレンスの旅を描いたライトノベル作品『狼と香辛料』シリーズ(著:支倉凍砂)。その奥深い世界観を、西洋史を専門とする研究者が読み解く!

仲田公輔
岡山大学 文学部/大学院社会文化科学学域 准教授。セント・アンドルーズ大学 歴史学部博士課程修了。PhD (History). 専門は、ビザンツ帝国史、とくにビザンツ帝国とコーカサスの関係史。1987年、静岡県川根町(現島田市)生まれ。

2005年に電撃小説大賞銀賞を受賞した支倉凍砂『狼と香辛料』が今年2024年、再びアニメ化されて話題を呼んでいる。 私はこの作品に...続きを読む

『狼と香辛料』の様々な都市

 商人の活動は交易の結節点である都市を中心に展開するため、『狼と香辛料』にも様々な都市が登場する。

 例えばI巻の舞台となるパッツィオは、王から自治権を勝ち取った自治都市であり、商業で栄えている交易都市であることが明かされている。河川から引き込んだ運河を持つ港町で、その歴史は古いらしい。今は使われなくなった地下水路があり、物語で重要な役割を果たす。

 実際の西洋中世においては、初期中世には様々な混乱の中で都市の経済的機能が落ち込んだ。もちろん古代ローマ以来の都市も数多く存在したが、その活動は限定的になった。

 しかし秩序の回復とともに、各地に様々なタイプの都市が発展する。ただし、パリやロンドンなどの大都会を除き、多くの都市の規模は人口数千~数万程度だったと言われている。他方で同時代のイスラーム世界や中国の大都市が数十万の人口を抱えることもあったことには留意しておきたい。

イタリア・ヴェネツィアのカナル・グランデ(写真:© Marco Bottigelli / Moment / GettyImages)

自治と組合

 自治という観点では、次第に活性化する都市に集まってきた商人や職人たちは同業組合(ギルド)を結成し、...