吹奏楽部員たちが部活に燃える日々の中で、書き綴るノートやメモ、手紙、寄せ書き……それらの「言葉」をキーにした、吹奏楽コンクールに青春をかけたリアルストーリー。ひたむきな高校生の成長を追いかける。

第3回は千葉県立幕張総合高等学校(千葉県)#3

もう一度、あのステージに

 2024年9月7日、3年生の「マオ」こと茂木麻央(もてぎまお)は相棒のホルンを手にし、54人の仲間たちとともに栃木県の宇都宮市文化会館のステージに出た。
(この東関東大会を抜けられたら、全国大会でもう一度ここに立つことができるんだな……)

 楽器を持つ手にギュッと力が入った。

 去年まで「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部の会場は愛知県の名古屋国際会議場センチュリーホールだった。だが、今年と来年はセンチュリーホールが改修工事のため、宇都宮市文化会館で開催されることになっていた。そして、今年は東関東大会も同じ会場で行われるのだ。

 麻央は1年前の全国大会を思い出していた。

 入学したときから才能がきらめいていたという、まさに「黄金世代」の先輩たちとともに出場した至高のステージ。先輩たちは「自分の翼」で思う存分に羽ばたいていた。

 私たちも、もう一度——。

 いよいよマオたち幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部55人にとって運命の12分間が始まった

茂木麻央さん(3年生・ホルン) *写真中央

寄せ書きに記した「根拠のない自信」

 マオが幕総オケ部の部長になったのは昨年、高2の7月のことだった。オケ部では7月の定期演奏会を機に3年生から2年生へと幹部が代替わりし、部活も2年生が中心となって活動していくのだ。

 マオは中1のとき、松戸市立第四中学校吹奏楽部のメンバーとして全日本吹奏楽コンクールに出場したことがあった。中学校からホルンを始めてたった6カ月ちょっとで全国の頂点のステージに立ったのだ。結果は銀賞だったが、貴重な経験だった。

 高校はオーケストラに憧れて幕総に入学した。近くでヴァイオリンやヴィオラ、チェロが鳴っているのは、吹奏楽部とは違う音楽体験だった。弦楽器の音や響き、弓の動きがマオの中にしみ込んできた。
「これから吹奏楽でオーケストラ曲を演奏するときに強みになる」とマオは思った。

 高1ではジュニアだったが、高2では晴れて55人のAメン(コンクールメンバー)に選ばれた。7月から部長として200人を超えるオケ部のリーダーに就任した。全国でもトップクラスの規模の部活を率いていくのは未知の経験だったが、先輩たちからアドバイスをもらいながら部長の役割を覚えていった。先代の部長の木戸舞梨亜が同じホルンパートだったことも救われた。

 昨年、幕総オケ部は吹奏楽コンクールの千葉県大会を突破し、全国大会出場をかけた東関東大会に挑むことになった。9年間、いつもそびえ立つ「東関東の壁」に跳ね返され続けてきた。
 この年、顧問の伊藤巧真先生が部員たちに与えたテーマは「自分の翼で飛ぶ」ということだった。つまり、先生の指揮や指導で引っ張るのではなく、メンバー一人ひとりが主体的かつ自発的に音楽をつくり出すことを求めたのである。

 マオたちAメンは苦しみながらも課題曲《行進曲「煌めきの朝」》と自由曲《バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲より 夜明け、全員の踊り》の練習を重ねていった。

 そして迎えた東関東大会当日の朝、Aメンは伊藤先生に寄せ書きを贈った。そこにはメンバーそれぞれの決意が記されていた。

 全国に行きます。

 全力で表現して、全力で頑張ります!

 幕総で全国行くためにこの学校に来ました。
 

 そんな熱いメッセージが並ぶ中、マオはブルーのペンでこう綴った。...