文/林貴代子
日本サッカーに「ハラスメント」はあるのか?
ハラスメントは大きな社会課題だ。なかでも、スポーツの現場における「ハラスメント問題」は、たびたび話題になる。
ハラスメントといっても、暴力・暴言・パワハラ・セクハラ・差別など、その種類は多岐に渡る。
例えば、日本スポーツ協会「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」に寄せられた相談件数の推移を見ると、「ハラスメントを受けた」と感じている選手は一定数存在し続けている。
■日本スポーツ協会「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」に寄せられた相談件数推移参照:日本スポーツ協会「スポーツにおける暴力行為等相談窓口」に寄せられた相談件数推移
ヨーロッパで13年目のシーズンを迎えるため、ベルギーリーグ・シント=トロイデンに練習参加をしている岡崎慎司。
岡崎は、長い海外生活でヨーロッパにおけるサッカー、ひいてはスポーツの価値が日本より相対的高いことを感じていた。「それが正しいかわからないけど」と言いながら、そのことが国民の幸福に寄与していると感じている。
そんな視点をもとに、海外と日本のサッカー、スポーツの違いを学ぶコンテンツ「dialoguew/(ダイアローグウィズ)」で、スペインサッカー界でさまざまなカテゴリの監督・コーチを歴任し、現在はWEリーグ理事を務める佐伯夕利子氏と対談を行った。
そこで語られた「ハラスメント」問題。
佐伯氏はスペインと日本の「現場」を知る貴重な存在だ。そこで語り合った、サッカーだけにとどまらないスポーツ全般のハラスメント、それらが生まれる構造、対応策、ハラスメントを生み出さないスペインサッカーチームの在り方とは。
日本におけるハラスメントの要因は「縦社会」にある
岡崎:日本サッカープロリーグの特任・常任理事に選任されて2年間、そこで感じたスペインと日本のサッカーの違いはどんなところにあるのか、海外と日本の現場を知る佐伯さんに話をお聞きしたいと思っていました。
佐伯:これまでも毎年夏と冬に帰国して、そのたびにサッカーをやっている大会などにご招待いただいたり、見学・応援をしたり、サッカークリニックをしたりするなかで目にしてきたものは、スペインとはいろんな意味で違います。
その違いに良し悪しはないと思いつつも、私自身心地がよいかといわれれば、そうじゃない現場もある。特にハラスメントの部分では、日本のグラスルーツレベルにひどい指導者がいて、平気で指揮を執っていることもありました。
私は長年サッカー界にお世話になってきたけれど、日本の少年たちの大会を後にするとき、これがサッカーならサッカー界を引退してもいいって思ったんです。
見ていられないし、聞いていられなかった。でもそれを主催者側にいうと「佐伯さん、残念ながら普通です」っていうんですよ。スペインにはそんな現場はありませんでしたね。
岡崎:Jリーグ公式noteで佐伯さんが記した「スポーツ現場におけるハラスメントとの決別宣言」を見させていただいたんですけど、日本はなんでハラスメントと決別できないのかなって考えるんです。
でも、結局それが日本では染みついちゃってる。
佐伯:日本の学校教育では、自分たちの意見を持つ・考えるっていうことをあまりしてこなかったですよね。日本における人と人との関わり方っていうのは「指示命令型」で、先生と生徒、監督と選手といった縦社会。
スポーツでいえば、監督が思い描く理想のサッカープレーや、今日の試合の対策みたいなものを選手にインプットします。だけれど、監督が思い描く現象が起こらないと、監督は苛立ち、ペットボトルを床に叩きつけ、ベンチを蹴り上げ、ハーフタイムには怒鳴り散らす。
そんなことが繰り返されてきた。これは、人と人とが主従関係にあるからだと考えています。
ところで岡崎さん、スペインの人って、フラットに人を見ていません?
岡崎:そうですね。「友達か?」っていう感じで監督とやり取りしてるんで、ずるいなって思うこともありますね(笑)。
言いたいことをいうんですよね、平気で。スペインでは特にそう思います。
佐伯:平坦ですよね、皆が。誰もが意見を言い合い、共有し、交渉し、和解をし、ひとつの共通理解をつくり上げていく。
そこには縦型の関係や、ただ従うだけの選手・学習者は生まれない。つまりは、学習者に対するアプローチが大切、というところに行き着くと思うんです。
だから今、日本のスポーツ界がやるべきなのは、選手に筋トレをさせることや、食育といっていっぱい食べさせること以上に、指導者と学習者といった人と人との関わり方や関係性の構築を改めて見直してみませんか? というアプローチ。
これを日本全国の指導者に行なうべきだと思っています。
スポーツ嫌いな層が日本にはたくさんいる。その理由は「ハラスメント」
岡崎:2022年から全国小学生学年別柔道大会が廃止になった、という記事を最近見たんです。これに関して、指導者界隈ではサッカーもそうするべきだ、みたいな話もあって。
佐伯さんとしては、子どもたちの全国大会をやることでのメリット・デメリットってどのように感じていますか?
僕個人としては、そういった大会があったからがんばれた部分もあったし、でも、もしなかったらどうだったかなと、正直わからないんですよね。
佐伯:私としては、日本中で全国大会の是非が議論になっていることが少し残念に感じていまして。
結論からいうと、指導環境がどのようなものであるかが問題であって、全国大会の有無が問題ではないと思っています。
全国大会という枠組みがあるから、ハラスメントのような指導があり、試合に出られない子どもが生まれ、罵倒され続け、それに耐え忍んだ子たちだけが生き残るサバイバルの場、ということにつながるのではなくて、あくまで指導環境のせいだと思っています。
サッカーも、全国大会をやるか否かが問題ではなくて、そこにある日常の指導環境の改善こそ、早急に日本サッカー界が取り組まなければいけない重大案件だと思っているんです。
岡崎:サッカーだけでなく、スポーツ全体を通してですもんね。スポーツを嫌いになる子は、大体そういう過去がありますんで。
佐伯:そうなんです。そういった経験からスポーツにアレルギー反応を示す人が、スポーツ応援をするわけがないんです。
スポーツに関心がない層ではなく、スポーツを嫌いな層が、日本にはたくさんいるということを、スポーツ指導関係者が改めて認識しないと、日本のスポーツの発展はないと思います。
正直な話、岡崎さんは全国大会を撤廃したところで、この問題って解決すると思います?
岡崎:いや(笑)、まあ、スペインにはそういうハラスメントをするようなコーチっていないんですかね? もしいても、はじかれるような仕組みになっているんですか?
佐伯:そうですね、周りが許さないですね。親たちはコーチの出待ちをして、すぐに抗議します。
組織のガバナンスで、ハラスメントを変えていく
岡崎:日本でも、そういうコーチに対して「あれ、あかんやろ」って皆思っているはずなんです。だけど、保護者や子どもたちはそれでも行くんですよね。
要は、保護者や子どももそれを受け入れている。だから指導者だけの問題じゃなくて、結局それに需要があること自体も問題で、ある意味本当に根深いなと思うんですけど。
佐伯:だからこそ、そこに組織の“ガバナンス”があるはずで。クラブと指導者は雇用関係にあるわけですよね。
本来なら組織のガバナンスは、そこで効いてこなければいけないんです。なぜなら、それこそが組織やクラブの健全化につながるからです。
これは日本だと良し悪しの意見が分かれるとは思いますけど、スペイン・ビジャレアルのオーナーは、手を抜く人や、怠け者が大嫌いで、バサバサ首を切っていましたね。
そうすると、ハラスメントをする指導者はどんどんいなくなる。組織側にも選ぶ権利はある、ということだと思います。
岡崎:日本だと、組織、親、子どもを含め、いろんな要因がつくり上げてしまっている。ハラスメントをしている人だけの問題じゃないですね。
こういったことが長年続いてきたなかで、僕も最近までは「いや、厳しくやった方がええやろ」って思っていたんです。
けど、苦しいことを我慢して成長するみたいな日本的な考え方のために、結局(自分は)海外で苦労しているというか。本来はもっと楽しいのかな? みたいな。
佐伯:スペインの子たちって「エンジョイ、エンジョイ! ディスフルーター(楽しもう)!」って、ずっとエンジョイのシャワーを浴びせられているんです。そういう子たちがトップ選手になったとき、最後の最後でやっぱり強いなって思ったんです。
アスリートの強さは、がんばりシャワーを浴びた子よりも、エンジョイシャワーを浴びてきた子の方が強いって。これ、なにか確信に近いものを感じたんですよね。
日本人は「歯を食いしばれ! がんばれ、がんばれ!」とか「これを乗り越えたら強くなれる、成長できる」っていう文脈の中で育てられてきてるんですよね。
相手が30周走るなら、俺は31周走るみたいな根性論だったり。でも、試合などで最後の力をふり絞るとき、やっぱりそこではエンジョイっていわれ続けてきたアスリートには敵わないのかもしれないと私は思いました。
岡崎:それはやってて思いますね。まあ、日本も少しずつ変わってきてるとは思っていて。例えば五輪のスノーボード選手とか、ちょっと違うなぁって思う。
佐伯:スペインでは、指導者も大人も、子供たちに「楽しんでるか? 楽しい?」って聞くんですよね。
個人的には、これが大切なんだと思っていて。人のパフォーマンス力が最大化される時って、勝負のまさにギリギリの時だと思うんだけれども、そこでなにが効果を発揮するかっていうと、やっぱりエンジョイだと思うんです。
本当のアスリートの強さは、どんな環境で育ってきたかに左右されていると、私はこれまでの経験上、感じています。
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🔰シンクロナスの楽しみ方
日本サッカー、スポーツには世界に誇るべきポテンシャルがある。けれどそれはまだまだ世界に認められていない――岡崎慎司は欧州で13年目のプレーを迎え、その思いを強く持つ。胸を張って「日本サッカー」「日本のスポーツ」を誇るために必要なことは何か。岡崎は言う。
「新しいサッカーやスポーツの価値を探し、作っていくアクションが必要」。
「欧州にあって日本にないもの」「新しい価値を作るためのキーワード」をベースに、海外で活躍する日本人指導者や各界の第一人者たちと語り、学び、交流し、実行に移していく実験的場所!
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