パ・リーグ制覇も日本一を逃した前年、2年目を向かるキャンプで。写真:高須力

 侍ジャパンの監督として2023WBCで世界一を奪還、大谷翔平の二刀流を押しすすめ、ファイターズの監督としては歴代1位の勝利数を積み重ねた。

 不可能と思えることを可能にしてきた指揮官・栗山英樹。

 約12年の監督生活で知り得た「経験知」を後世に遺したい――そんな思いが結集した一冊は、『監督の財産』と題されて9月9日に刊行される。

 「監督と選手」「監督と人事」「監督の役割」など、監督という仕事に必要だった知識から、大谷翔平、近藤健介、中田翔らスター選手とどう接し、彼らから何を学んだか、その秘話までを余すことなく綴った「監督としての集大成」となっている。

 その『監督の財産』の一部を発売までの約2週間、連続で配信。

 第2回は「2年目、新シーズン前」に綴った「若手選手たちへの講義」。今や押しも押されもせぬ球界の顔となった天才打者・近藤健介の反応とは?

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本業から離れた思考や感性を伝える

(『監督の財産』収録「3 伝える。」より。執筆は2013年1月)

 日本シリーズが終わったとき、このチームに足りないもの、これから必ず必要になる3 つのものをはっきりと感じた。

 そこで僕の講義では、それらにつながる話を中心にした。その3つとは、

 一、さらに身体の強さを求めること
 一、野球脳をさらにレベルアップすること
 一、人間力を上げること

 ここにいる若い選手たちも、全員、十分に一軍でやれるだけの力は持っている。特に状態が良いときは、間違いなく活躍できる。

 では、実際にシーズンを通して一軍で活躍している選手と、彼らはどこが違うのか。

 それは状態が悪いときに、どういう結果を残せるか。一軍に定着している選手は良いときと悪いときの差が小さく、定着できない選手はその差が大きい。

 次に、状態が悪いのはどうしてかを考えてみる。その要因を探るとき、我々が第一にチェックするのが生活習慣だ。コンディションを維持するために、栄養、睡眠、休息……、あらゆる面に気を配ることができているかどうか。

 そしてもうひとつ、結果が伴わないときには、思考の方向性も重要になってくる。どんなことを意識してプレーするか、その方向性を変えるだけで、間違いなく結果は変わる。

 では、思考の方向性が適切ではないとすると、その要因はいったいどこにあるのか。

 それは人間力にある、そう我々は考える。思考を適切な方向に導くには、豊かな生活を送るための知恵を得て、人としてより成熟することが求められるのだ。

2年目のキャンプ、ホテルにて。本はいつも栗山英樹の「先生」だった、写真:高須力

若き近藤健介のリアクション

<中略> 講義に出席していた中で、特に印象的だったのは、2011年に横浜高校から入団したキャッチャー、近藤健介だった。

「人間力を高めなければ野球はうまくならない、この考え方に疑問を持つやつはいるか?」

 そう尋ねたら、たったひとり、近藤だけが手を挙げた。

 19歳の若さで、たいしたものである。ここで手を挙げられるということは、彼には自分なりの考え方があるということだ。もし、まだその考えがまとまっていないとしても、考えようとする姿勢はうかがえる。意識レベルが高い証拠だ。

 そんな近藤には、こう伝えた。

「近藤、そう思っていていい。ただ、もっといろんなことを勉強したら自分のプラスになるんだって、そんなふうに思ってくれればオレは嬉しい」

 そして、3日間の講義の最後に、僕はある「禁句」を口にしてしまった。

 思えば、1年前はみんなの前でこう言った。

「現役の10年、20年というのは長いシーズンで、オフは休みでもなんでもない、自分の好きな練習ができる期間だと捉えてくれ。野球人生が終わったらずっと休めるから」

 それに、今年はこう加えた。

「10年、20年、頑張らなきゃいけないとは思わないでくれ。2 、3年頑張って、自分のポジションができたら、好きなことができる。ウチのレギュラーを見てくれ。オレは練習もさせないし、好きにさせている。

 でも、みんな自発的に練習に取り組んでいる。好きなように、好きなだけ練習ができたら、野球なんて楽しくてしょうがないんだから。稲葉だって、日本シリーズのあとに1日だけ休んだら、翌日にはもう練習に出てきた。楽しくてしょうがないから、出てくる。いま、頑張れば、将来が見えてくる。必ずいい人生になるはずだから」

 そして、ずっと必死に話していたから、少し興奮していたのかもしれない。最後に、絶対に言わないと決めていた、ある思いを口にしてしまった。

「いいか、野球は学問なんだ。野球学なんだ。だからプロは、野球学の教授にならなきゃダメなんだ」

 いまは「休職中」という扱いにしてもらっているが、縁あって、僕は大学の教授という肩書きをいただいている。そんな僕が「野球学の教授になれ」だなんて言い方をしたら、不遜に聞こえてしまうかもしれない。だから、その表現は使わないと決めていた。

 にもかかわらず、なんとか思いを伝えようとするあまり、勢いでそれが出てしまった。

 でも、たぶん嫌味な感じではなく、言葉通りに伝わった気がする。

 野球を学問だと思って勉強して、自分なりのセオリーを身に付けたら、それが人との差別化になって、自信も生まれる。

 そしたら、野球がうまくできるようになるはずだ。そのきっかけを作ってあげるのが我々で、勉強するのは選手でしかない。

(『監督の財産』収録「3 伝える。」より)

本原稿が収録された『監督の財産』は9月9日刊行される。(クリックで詳細ページに飛びます)